平行線をたどる日々










「君は本当に、しようのない男であるのだねぇ」


やれやれと溜息と共に吐き出された言葉を踏み躙って投げ捨てて放置してやりたいのはやまやまだったのだが、脊髄反射はそうもいかなかったようでビキリと手にしていた茶筒が嫌な音を立ててへこんだ。
へこんだだけで済んだのはよしとして(下手をしたら潰れかねない)茶を淹れろと急かされいくらか口論をした後に結局は淹れている最中、藪から棒に何を言うのかとねめつければ、ゴロゴロとだらしなく畳に寝転がっていた男が至極呆れたと言わんばかりの表情で此方を見た。
次いで開いた口が、刀也君ならば言わずとも茶を淹れてくれたものだと感慨深げに呟く。
今話題にのぼった人物と男の現在関係を見るにつけ、親しかった頃があるのかどうかすら疑わしいものだがどうやらその口調からして昔はそれなりに仲が良かったらしく、過去を懐かしむように細められた目はどこか遠くを見ているにもみえた。
ジグリと胸のあたりから広がる嫌な痛みに眉を顰めると、それを見咎めた男がおやまぁとばかりに瞬いた。
しまったと己の失態に気付いたのも時既に遅く、次には満面の笑みでもって迎えられたじろぐ始末。


「…何だ、気色の悪い」

「んっふふ、何だね、随分と機嫌が悪いようではないか」

「…お前は随分と機嫌が良さそうだな」

「そうかい?まぁ悪くはないとも」


笑いながら転がる男の姿は、はっきり言ってしまうと気色が悪い事この上ないし奇妙である。
話を逸らすのも難しかろうと、それ以上は何も言わずにまた茶を淹れる作業に戻ろうと茶筒に手をかけた。
最初は渋っていた行為が逃げ道になるというのも皮肉な話であるが背に腹は代えられない。


「何だい何だい、小難しい顔をして」

「…黙って寝ていやがれ」


こういう時に限って嫌になる程嗅覚の凄まじい男はにこにこと笑みながらその身を起してわざわざ寄ってきた。
常ならば起きろどけと言ってもゴロゴロゴロゴロと寝くさっている男とは思えない行動力である。
溜息を吐きたい衝動を堪えて無視を決め込むと、暫くして突然腰に何かが巻きついた。かと思えば、ぴたりと寄り添う体温におもわず茶筒を落とす。
落下したそれは折よく蓋を外した所であったので、ゴトン、ゴロゴロゴロと転がりながら細かい茶葉を盛大に撒き散らかしてくれた。
あぁ畜生、誰が掃除すると思ってやがると悪態をつけたのも思考のみであって言葉にはならない。
言葉にしようと思いながらも口はパクパクと地上に打ち上げられた魚の如く開閉を繰り返すのみである。


「っ…な、に……」

「刀也君は柔らかかったのだがねぇ」


ピシリッ、

君は硬いなぁ、と此方の思惑など丸っきり無視して男がしみじみとそうのたまった。
不覚にも騒いだ胸に尚も不快な鈍痛が広がる。
ついでに空気も壊れたような気がするが互いに気にしない。
というよりも相手の男がそんな事を気にするような繊細さを持ち合わせていないのをよくよく知っていたので己も気にするのを止めにしたという方が事実に近い気がした。


「…いつの話だ」

「小生が師事した頃であるから、もう随分と前になるかな。あの子は可愛い童子であってね」

「…ガキなら大抵柔らかいだろうよ」

「いやいや、刀也君だからこそあれ程愛らしかったのだと小生は思うがね」

「……おい、いつまでそうしてるつもりだ」


ぴっとりと擦り寄る男を肩越しに振り返るが身長差の所為で肩越しに首を捻ると少々厳しいものがあった。
視界の隅にちらりと映り込んだ男は悪戯小僧にも似た憎たらしい笑みを浮かべており、それを見た瞬間身体中から力が抜けてしまいそうになったが努めて堪える。
離れろ熱い鬱陶しいと口で訴えるが相手は非常に楽しげで人の話を素直に聞く性分であるとも思えないのもあってか此方の諦めがつくのは早かった。
腰に巻きつけられた腕も抱きついてくる身体もそのままに放置して掃除機を取りに歩き出す。
ずるずると畳の擦れる音にも関知する事は諦めた。


「……地味に重いぞお前」

「おや、閨ではそのような事は言わないだろうに」

「……太ったんじゃないのか」


クスクスと笑う度に背中に布が掠め、笑みの気配が擽るように空気を震わせる。
布一枚分を隔てたその感覚は、ひどく曖昧で、しかし何故だか心地良く、けれどもどこかもどかしいと思った。
心地良いとは、もどかしいとは、一体自分は何を考えているのだろうか。
余計な事は考えるなと小さく頭を振り、思考を男の体躯に逸らす。
以前は骨と皮だけのような身体だった事を思うと、聊か健康的な肉付きになってきたのではないだろうか。
それも己の涙ぐましい世話の甲斐あってというものであるのだが、男はそれをどう思っているのか未だに感謝らしい感謝をしてきた事はなかった。とはいえこの男から恭しくも感謝の言葉なんぞ聞かされた日には己の耳が腐るどころか天変地異が巻き起こり、生きとし生ける者達が死に絶え世界が崩壊するのではとすら思えてしまうあたり己も男に感謝を求めている訳でもないのである。
求めるだけ無駄である事はとうに知っていたというのもあるが。
悲しい事ではあれど、学習能力というものは大切だ。


「照れなくともいいではないの、恭也君」

「…………貴様に名前を呼ばれる筋合いはない筈だが」

「いやなに、刀也君と響きが似ているなぁと思ってね」

「……」


もはや必然とばかりにその名を紡ぐ男はごろごろと背中に懐いたまま、つい今しがた男自身が何を言ったのかも覚えていなさそうな、能天気な姿がそこにはあった。
鈍い痛みは止まない。
ジクリジクリと広がり、果てのない沼のように濁った水面がザブリザブリ荒波を立ててうねりを帯びる。
四苦八苦しながらもどうにか手にした掃除機を放り捨て、己の腰元に回された男の両腕、そこから徐々に細くなっていく筋の間接、手首を前触れも加減もないままに掴む。
元々禍々しい渦のように暗く馬鹿でかい男の眼は更に見開かれた。
それが視界に入った瞬間言いようもない優越が鈍い痛みを緩和させたかと思うと、自然に動いた己が身体は先程からやかましい男の口先を塞ぎにかかる。
勢い余って歯先が掠めたのか、プツリと浅く肌が切れ薄らと赤が浮かんだ。
それごと覆うように唇に噛みつくが男は抵抗らしい抵抗などせずにされるがまま、いや、自ら招き入れるように舌先を差し出した。
暫しの攻防の後、唇を離せば互いにひとつ息を吐く。細く。長く。息を吐く。
口端に残る赤を親指の腹で乱雑に拭うと、男なりの痛覚はあるのかほんの僅かに唇が震えた。


「…………」

「……何だい、そんな辛気臭い顔をして」


人と接吻した後にそのような顔をするなど失敬ではないの、と全く気分を害したようには見えない表情で言われ自分がいくらか暗い表情をしていたのだと知る。
別段男との口づけが悪かったという訳ではないが、普通同性との口づけで気分を害さないのもある意味まずいのではないかと…そうではなく、だ。何故だか自分が大人げのない事をしでかしてしまったような気がしてならないのである。
鈍い痛みは無くなれど、今度はよくも解らない罪悪感というか居た堪れなさというかとにかく良くはない感情が薄暗い底に埋没していった。
そんな己の内情など知らぬまま、男は失敬と言ったその口をにたりと緩ませて見せる。


「しかし、刀也君ならばもう少し柔らかい唇をしているのだろうねぇ」

「…………言ってろ」


もういいと溜息を吐く。
何せ相手はこの男なのだから、気にした所でおそらく己の為になる事ではないのだ。そうに決まっている。
結局の所、この唯我独尊常に快楽主義者の殺人狂いに対して自分ができる事といえば。




嵐が過ぎるのを黙って待つのみ、である。





























平行線をたどる日々

(おら、掃除するからどっか行け。それとも自分でやるか?)
(おお怖い怖い。都合が悪くなるとすぐこれだ)
(誰の都合だって?)
(……存外君も無垢な男だよ。まぁ、それが面白いと言えば面白いのだけれどねぇ)
(あぁ?)






























■リクエスト内容
王狼*憲兵
刀也君だったらあーだこーだと居合の話ばかりする剣司君に、自分じゃ認めないが嫉妬気味なわんこ。
面白いのでからかって遊ぶ剣司君。

と、言う訳で。企画第六弾です!
ワンコは都合が悪くなるとがなるよりも黙り込みそうだなぁと思いました。
そんでもって自分じゃ認めないってのは、気付いてないのかなと。
そもそもワンコの公式設定的に情婦は居ても恋人は居なさそうだなとか思ったので(お前)
剣司とのこれが恋かは解りませんがね、まぁ色んな意味でワンコにとって剣司とは「はじめて」な事が多いんじゃないかなと(エロでもシリアスでもどっちとも受け取って頂けれb(殴))
遅くなってしまい申し訳ありませんです、リクエストありがとうございました!

title/確かに恋だった




あきゅろす。
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