ごめんね、ありがとう










「交渉は決裂だね。まさか君がこんなに馬鹿だとは思わなかった。頑固なのは知ってたけどね」

「卑怯番長、俺が言いたいのは」

「聞く必要なんかないよ。君にとって僕は戦力外、そういう事だろ?」

「誰もそんな事言ってねぇだろ。俺の話を聞け」

「解らないかな、聞きたくないんだ。暫く君とは口も利きたくない、もっと言うなら顔も見たくないんだよ。お解りかな?」


でも君は聞かないだろうから僕が此処から居なくなるよ、と。
いつもならばよくいえば賑やか、悪くいうなら煩い放課後だというのに、シンと静まり返った教室の空気は張り詰めていて、そう大きな声でもない僕の言葉はこの場の全員に伝わるだろうとさえ思えた。
自分でも冷たいと思える声に、金剛が僅かに眉を寄せたのが解る。
これは怒ったフリでも何でもない、本気で怒っているのだと漸く理解したのだろうか、幾ら何でも鈍すぎだ。
それだけ自分に対する興味がないとも受け取れて、通常よりもずっと苛立った神経が余計に荒れ狂った。
宣言通りに踵を返し教室から出ていく。
誰一人として止める者は居ない、止められても聞きはしないけれど。一番止めに来そうな金剛も黙ったきり。
それが何だか悔しいというか悲しいというか、自ら断ち切ったのに勝手だと、あまり性質のよろしくない笑みが浮かんだ。結局そういう事なのだ。あの男に、自分は必要とされていないのだ。




















事の発端は、23区計画そのものとでもいえるだろうか。


他区の番長も残り僅かという今、必要なのは確かな情報と踏んで、ありとあらゆる手を使い、奔走し、情報を集めた。
子供みたいに褒めて貰えるだなんて考えもしなかったし、期待もしていない。ただ彼の役に立って、少しでも早く自身の目的を果たしたい一心だった。
まさか、金剛に責められるだなんて、それこそ考えもしなかったけれど。
何で一人で全部やろうとするのかと、自分から危険な所へ飛び込むようなものだと、彼は苦々しい表情で僕を責めた。
僕は男で、それなりに腕っ節もあるし、頭だって回る方だ。
街中で迷子になって不安から泣き出すような幼い子供でもなければ、男に絡まれ恐怖に震える女の子でもなく、庇護を要求した覚えすらなかった。だというのに、彼は僕を責めたのだ。
予想もしていなかった反応に、理不尽な責めに、余計な世話だったのかと問えばそうではないと言う。ならば何故?戦いは情報戦だ、呑気に構えていては不測の事態に対応できなくなる、だから僕はと、自分なりの言い分を金剛に伝えた。
けれども彼だって譲らない、引かない、折れない、果ては何かあったら俺がどうにかするから安心しろと、見当違いの事を当然のように言い放った。
話はどこまでも噛み合わない。元より考え方が違うのだからそう易々と一致する訳もないが、こうも真っ向から衝突するのも珍しかった。
僕は金剛の役に立って早く計画を制したい。金剛は僕を守りたい…他の人間と同じ、僕は彼にとって庇護の対象だったのだ。彼に責められた事よりもずっと悔しく、ずっと悲しいその事実に歯噛みする。
だけど僕は子供でも女でもないのだから簡単に泣いたりはしない。代わりに彼を目一杯の皮肉で詰った。
あれも大概みっともない対応だったと思うが、過ぎた事なのだから気にするのも馬鹿馬鹿しい。
グルグルと巡る思考のまま歩き続けて通りを抜けた所に架かる橋で足を止めたのは、行き交う人の中では異彩の存在を目にしたからだった。園児服を着たその少女には大変見覚えがあり、また姉の迎えを待てずに出てきてしまったのかと苦笑しそうになる。帽子とマスクを外して少女の隣に歩み寄り、あからさまに足音を止めると、少女は此方を見上げた。


「こんにちは、月美ちゃん」

「あ、優お兄ちゃん」


不思議そうだった顔が、目が合った途端ほんわりと緩む。
育った環境もあるのか子供は嫌いではない、むしろ好きな部類なので無邪気な笑顔に毒気などすっかり
抜かれてしまった。
身長差からしてこのまま見上げさせては可哀相だと思い、屈んで膝をつく。
お姉ちゃんは?と訊くと、迷子になっているから月美が探してあげるの、と明朗に返ってきた。
意地っ張りな子供が迷子になると親が迷っているのだと言い張るが、月美の場合は本気でそう思っているのだろう。それにしては随分と立ち呆けていたようにも見えたが、それを口にする前に無邪気な攻撃が放たれた。


「金剛お兄ちゃんと一緒じゃないの?」

「………うーん…」


何が「うーん」だか。
笑って誤魔化せれば苦労はしない。せめて言い訳でもできれば良いのだが、無垢な子供に嘘を吐くのも気が進まなかった。そもそも少女の中で自分と金剛はセットなのだろうか。
金剛にも同じ調子で尋ねられたらと思うとゾっとする。あの男はきっと馬鹿正直に全部話してしまうのだろう…ついでに相談までするかもしれない。というか、パッと見現状もそれに当て嵌まるので人の事も言えないのだが。


「ちょっと、ケンカしちゃってね」

「けんか?」


軽い調子で言ってはみたが、少女にはどう伝わったのだろう、月美の顔が明らかに曇った。
何でと訊かれないだけマシだが、やはり子供に言う事でもなかったのかもしれない。なんとなく気まずくなって、項を掻く。
かといって謝るのもおかしな話なので、何か別の話題を提示しようかと考えていたら小さな手のひらに遮られた。


「だめ」


屈んだ自分の膝に添えられた手が、キュッと衣服越しに力を込める。
見上げてくる大きな目は今にも泣き出すのではないかと疑ってしまう程に潤み、けれど零す事は許さないとばかりに強い光を宿し見開かれたまま。


「けんかしちゃだめだよ」


月美もマシンお兄ちゃんとケンカして凄く悲しかったもん。
その手は震えこそしなかったが、月美の言葉にはひどく重みがあった。当然だ、彼女は事実、大事な存在を目の前で失ったのだから。
詳細は自分も知り得ない、それだけ、あの時は切迫した状況だった。本来の敵こそ討ち果たしたものの、限りなく人間に近しかった機械は、最期には人よりも人らしくその身を月美の為にと散らせた。
守りたいものを、月美を守る事ができて、彼は満足したのだろうか。
さようならと告げた彼は、終わりを口にしながらも最後まで月美を守る事だけを考えていた。
幼い彼女の泣き伏す姿を思い出すと、胸の奥底で鈍い痛みがじわりと広がる。


「マシンお兄ちゃんひどい事したし、マシンお兄ちゃんにひどい事言っちゃったけど、でも仲直りしてとっても嬉しかったよ」


難しい言葉を知らない月美がそれでも一生懸命に訴えてくる言葉は、飾らないからこそ暖かく、せつなく胸に染み込んだ。
手袋を外し、小さなその手をとる。
柔らかくて暖かい、生きているという証。
線引きを忘れ親しくなってしまった今ではこの少女が冷たくなってしまったらと思うだけでぞっとする。
彼女は多くのものに愛され、彼女も多くのものを愛しているから。


「ごめんね、月美ちゃん」


彼女には、言うべきではなかったのかもしれない。
彼女にこそ、言うべきだったのかもしれない。
平穏な日常からつい忘れがちになってしまうが、繰り返されている日々が実はとても尊いのだという事を。
本当は大人よりもずっと、子供の方が大事な事を知っているのかもしれない。
未だ大人にもなりきれなければ、子供とも言い切れない自分が思うのもおかしな話だが。


「ちゃんと仲直りするから」


ね?と微笑みかけると、くしゃりと歪んでいた表情が途端に明るいものになったので、やはりこの少女には笑顔が一番似合うなと自然に己の頬も緩んだ。
とはいえ、と内心でのみ溜息を吐く。
先程あれだけの啖呵を切っておいて、どう仲直りに持ち込めば良いのやら。
口も利きたくない顔も見たくない、とまで言ってしまった相手に、エヘッ、ごめんね。また遊ぼうね、はきつい。
色んな意味できつい。
ううん、と人知れず思い悩みつつ、ちゃっかり少女を抱き上げているあたり問題を先送りにしようという魂胆が見え見えだ。
とりあえず、とりあえずは彼女を家に送ってから考えるとして、だなんて、そもそもからしてその考え方が誤りだったようである。
地を響かせるような、所謂怪獣登場間際の如き足音に無意識の内に頬が引き攣った。しかもその足音は歩行というよりも走行というに相応しく、徐々に音は近付いてくる。
これは間違いない。何故こう都合よく自分の居る方へやってくるのだ、よもや発信機でもついているんじゃないか、等々、無関係な方向に力ずくでも思考を追いやりたくて堪らなくなった。
仲直りすると言ったクセに今すぐ逃げ出してしまいたくなる。


「あ、金剛お兄ちゃん!」

「…あぁ、やっぱりそうなるよなぁ」


が、自分よりも先に事実を視認した少女の声にもはや逃走は難しいなんてものではなく、ほぼ不可能と化した。
諦めて音源に目をやると、拍子抜けしたような顔の金剛と出会う。
何だその顔は。
無視するとでも思ったのだろうか。
失礼してしまう。


「……卑怯番長」


妙な間は、何で月美が一緒なのか、といった所か。
それよりもまず自分に声をかけたのは、口を利かないという言葉が引っ掛かっているからだろう。
もういいと、そう言うべきなのだろうか。僕が悪かったと言えば済むのか。
仲直りとは、片方が自我を抑えてするものではないだろう。
金剛と仲直りするのは、まず此方の意思をちゃんと金剛に伝えてからではないとならない。
時間はかかるだろう、けれども。


「…………こん、」

「訊き忘れた事があったから、悪いとは思ったが追いかけてきた」


呼びかけを遮り、訊いてもいいかと問う声はどことなく硬質な響きを帯びていた。
つられたように、どうぞと返す己の声も硬いものになる。
月美だけが、これから「仲直り」が行われると思っているのか笑みを浮かべていた。
通り過ぎて行く人の視線は大半が金剛に向けられているというのに、何故だか奇妙な居心地の悪さを覚える。対して当の金剛本人は他者から注がれる視線に慣れているのか気にしていないのか、はたまた気付いていないのか、平然とした体で口を開いた。


「…さっきの事だが」

「……」


まさか掘り返してくるとは、予想もしていなかっただけに反応は鈍い。金剛の性格を、来る者拒まず去る者追わずという性質と考えていた分、驚愕は増した。
一体何を言うつもりだろう。もしかして謝罪でも?いや金剛は訊きたい事があると言ったのだ。ならばそれは一体。
困惑は顔に出ているだろうに、金剛は何に必死なのか眉を情けなくひそめて口をモゴモゴとさせている。
何だろうこの珍事は。
言い淀むような、何かとんでもない質問なのだろうかと思わず身構えてしまう。


「…あの、こんご」

「いつまでだ」


またもタイミングを遮られた。少しは空気だとか行間だとかを読んでくれと思いながらも、漸く投げかけられた質問は主語もなく曖昧に過ぎて意図を掴めない。
しかしそれを問う前に、金剛は先述の一言で決心がついたのか今度は口をもごつかせる事もなく、


「暫くってのは、いつまでだ」


と、言った。
広がったのは沈黙で、おそらく皿のようになっているであろう己の目と金剛の目がぴたりと合わさる。
常に強い光を宿した鋭い瞳は情けなくひそめられた眉同様、らしくなく請うような色をしていた。
暫く、とは。おそらく、自身が言い放った皮肉の事を言っているのだろうが。
いつまでと、問う男の意図を朧ながらにも掴んだその瞬間といったら、恥ずかしいなんてものじゃなかった。
絞り出そうとした声は喉元で引っ掛かって掠れた上にどもる。


「っま…待ってる、つもり?」


やばい顔がにやける。
忠犬の如き一面に頬肉が不自然に引き攣った。力を抜くと今にも笑ってしまいそうだ。追いかけないという行為が、見放すのでなく待ち続けるという姿勢だったというのなら、それは多分、彼にとってある程度は自分が必要だと思われているからではないかと、淡い期待は、金剛が肯定してくれた。


「俺だってお前の考えを否定したい訳じゃねぇ。けど、お互い譲らない性格だしな。こういうのは納得できるまでぶつかるしかねぇだろう…なるべくどっちも冷静な状態でな」

「……」

「……?…おい、秋、あ、いや、卑怯番長?」


馬鹿正直に呼び直す金剛は、先程の珍事を除けばいつも通りで、結局怒っていたのは自分だけなんじゃないかと悔しいような気もする。
するけれど、それよりも何よりも、彼が此方の言い分をちゃんと聞く気でいてくれたのだという事実の方が嬉しくて、適当な同意ではなくぶつかり合ってでも互いを理解し合う事を選んでくれたのだと、嬉しくて。
月美の小さな手が、きゅっと腕に添えられる。
満面の笑みに返した己の其れは、ひどく不格好だったかもしれない。


「……ほんっと、バカだね、君って奴はさ」


頬の熱を誤魔化すように軽口を叩くと、金剛は目を丸くしてからお互い様だと微笑んだ。






























ごめんね、ありがとう

(で、月美はどうしたんだ?)
(お姉ちゃん探してるの!)
(…だってさ?陽奈子ちゃんに電話してみよっか)
(そうだな、頼む)






























■リクエスト内容
金剛*卑怯+月美
喧嘩して一人になった卑怯が月美に「けんかしちゃだめだよ」な感じで諭される

と、言う訳で。企画第四弾です!
当初はこんなシリアス要素はなかったのですが、そこはまぁ書いている時の心理状態があれだったので…ね(苦笑)
喧嘩しないようにするんじゃなく喧嘩しても仲直りできる関係っていうのはいいですね。
お待たせしてすいませんでした(汗)
リクエストありがとうございました!


title/確かに恋だった




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