今はそれでもいいけど










兄として尊敬しているし。

兄として敬愛しているし。


でも家族としての愛よりもずっと不埒なこの情は。


きっと兄に抱いてはいけないもので。

それでも、確かに自分の一部だから。


家族として兄として人として。

好き、だから。
































大学受験を間近に控えた秋も中頃。
長時間見下ろしていた文字の羅列から目を離して、幾らか言葉を書き込んだ紙面に筆記具を軽く放る。
煌々と光る蛍光灯をぼんやりと見上げてから、目をぎゅっと閉じて開いた。
首をコキリと音をたてつつ傾げながら、凝り固まった肩を解して一度休憩の為に部屋を出る。
食器棚からそうっと取り出したカップにティーパックを放り込んで、未だ稼働中のポッドからお湯を注ぐと暫くして緑茶の匂いが香った。
身体からいい具合に力が抜けて小さく息を吐きつつ居間のソファに腰掛けて、カップに口をつけながらチラリと逸らした目には時計の単身が日付の変更をとうに告げていて、先程漏らしたものとは違った種類の溜息を零す。
時刻は深夜2時過ぎ。弟妹達は11時頃に床へ就いたが、我らが長兄は未だ帰宅の兆しを見せていなかった。
大手企業会社に勤めている長兄、秋山優は先日大きな仕事を終えたとかで本日は同僚や上司と飲み会だと言って家を出ている。
季節がら冷えているからと、くどい位防寒の必要性を説いて家から送りだしたのはつい数時間ほど前の事だった。
幸太は過保護だなぁ、と兄らしい微苦笑で頭をぽんぽんと撫でられたのを思い出し、額を指先で撫でてみる。が、当然そこに兄の温もりはなかった。


(…あんまり遅くならないようにするって言ってたのに)


別に待っていると言った訳でも、待っていてと言われた訳でもないが、知らず知らず溜息は零れる。
誰も返事をする事のない暗い家の中に兄を迎えるのは、小さい頃に何度も経験していた自分が嫌だった。
他の弟妹の中でも自分だけが、幼い頃兄の秘密を知っていて、けれど何もできずに兄を黙って送り出し、何も知らないフリをして迎えていたから。
今では多少の夜更かしも受験勉強だと言い張ればむしろ褒めてくれる位になった訳で、その状況に大手を振って兄を待っている訳だけれど。
兄の遅くならないという言葉は、自分や他の弟妹達がもっともっと幼い頃には確実な約束だった。
今ではすっかり口約束のようになっているそれは、つまり自分達を信頼しているのだと受け取る事にしている。
むしろ、今やすっかり自己の意識やら思春期やらを迎えている自分達が兄を心配して何やかんやと口を出す事が多くなってきた。
それを兄がどう思っているのかは知らないが、きっと悪くはないのだろう。
ちょっと困ったように、眉をハの字にして笑う兄は自分で言うのもどうかとは思うが、どこか幸せそうに見えた。
昔から散々自分達の為に頑張っていた兄を、少しでも楽にさせてやりたいと思う。
それは弟妹達全員の願いだった。
勿論、自分とてそれは同じ事だった。
少しだけ違った感情が混じっているのは否めないなとも思うのだけど。

ガタン、っ


「…………兄ちゃん?」


不意に玄関の方での物音がして、カップをテーブルに置いて席を立つ。
薄暗い廊下の灯りをつけると、玄関で壁にへばりついている兄の姿があった。
いつもなら適度に健康的な色合いをした肌は真っ赤で、その顔は何が楽しいのかへらへらと緩みっ放しだ。
これは相当飲んだな、と思いつつ玄関先に歩み寄ると足音に気づいたのか至極気だるげに顔をあげた。


「あー。こーたー、たーだいーまー」

「うん、おかえり。楽しかった?」

「んー…たーのしかったー…ぞー」


話しながら、片腕を引いて身体を抱える。
数年前ならともかく、成長期に入って大きくなった身体ならある程度重い物も運べるようになった。
とはいえ身体の造りが逞しくなった訳ではなく、未だ成長過程の身体は縦に伸びただけで筋力的なものは微妙な所だ。
当然、すっかり成人男性となった兄を抱えるのにも一苦労ではある。
アルコール独特の臭気に、明日の兄がどんな顔をするかと考えた。
きっと青白い顔をしてこめかみを指先で押さえながらげっそりとしているのだろう。
そうしたらなるたけ胃に優しいものを出してあげよう。
ついでに頭なんか撫でても許されそうだ。
大きくなってからはすっかり交代制になった食事当番を、嫌だと思わないのはこういった嬉しいサプライズがあるからである。


「兄ちゃん、水飲んで、寝ちゃいなよ」

「んー、あー…こーたはー、なんで、起きてる…」

「受験勉強。もうすぐだからね、試験」

「ん、そうかそうかー!こーたはまじめだな!いーこいーこ!」

「…兄ちゃん、声でかいから」


腕を伸ばしてわしゃわしゃと頭を撫でられるのもそのままに、とりあえず形ばかりの注意をしたのは所謂照れ隠しというやつだ。
出かける時のもそうだが、相変わらず兄は自分や他の弟妹の頭を撫でたり抱き締めたりする。
スキンシップが過多な事に気づいたのは、中学にあがってからすぐの頃だったか。
同級生のいう兄弟や姉妹の関係が、いまいち自分の家とは違う事に違和感を覚えたのが最初。
それから同級生の家に遊びに行って、兄弟同士のやりとりを見て、余所とは少し違うのだと認識した。
そもそも、普通の家庭とは随分と元からずれている我が家であるのだから、当然といえば当然ではあるが、兄や弟や妹、とにかく家族の温もりを感じないとは勿体ないものだと子供心に思っていた気がする。
兄や姉が鬱陶しいと言っていた同級生には、口で言いはしなかったが馬鹿な奴だなぁとも思っていたし。
子供の頃から別段不服に思った事はないし同情を買いたい訳でも無いが、恵まれた人間というのは自分が恵まれているという事に気づき難い。
事実、自分や他の弟妹達は今や泥酔状態に陥っている目の前の兄に全ての生活を支えて貰っていた。
それも金銭面だけではなく、確かな愛情を、温もりを、惜しみなく与えて貰っていた。
だから自分も、他の弟妹達も、兄の事を敬愛している。
思春期というやつに入っても反抗期というものもなければ鬱陶しいと思った事などない(ただ、反抗期というものは迎えておかないと後で爆発し易くなるらしいが)


「あんまり、むりはー、するなよー」

「はいはい。ホラ、此処座って」


居間まで引き摺って、ソファに座らせる。
薄手のコートを脱がせてハンガーにかけるついでにコップに水を並々注いで居間に戻ると、先程までの元気が嘘のようにくたりとソファに横になる兄の姿があって、つい息を吐いた。


「兄ちゃん、こんな所で寝たら風邪引くよ」

「んー…ぅー…」

「兄ちゃん…兄ちゃんってば」

「……んー…」


これじゃあどっちが子供だか解ったものではない。
とはいえ、自分が兄よりも子供なのは年齢という現実的な数字からして仕方がない事実なのだが。
しょうがない、どうにかして部屋まで運ぶかと改めて肩を解してから兄の脇に手を挿し込み身体を抱え直す。
コートを脱いだ分抱え易くはなったがやはり全身から力を抜いた人間というのは重い。
これが、異様な巨躯を持ち三本角をした、兄の昔馴染みならばもっと軽々抱えてしまうのだろう。
受験が終わったら力仕事でも何でもしてもっと身体を鍛えようと決心を新たにしたのは言うまでもない。
足元がふらつかないように注意しながら、またも兄を引きずるようにして寝室へ運ぶ。
服は皺になってしまうだろうけれど、下手に脱がして服が着れなかったとなったら本当に風邪を引いてしまうだろうし、酒が抜けかけならそれこそ早く身体を温めさせながら寝かせた方がいいだろう。
なるべく身体を揺らさないように(下手に揺すって吐き気でも覚えたら大変だ)横にさせた。
掛け布団をかけると、薄く開いた兄の目が至極幸せそうに緩められる。


「こーたは、いーこだ、なー……」

「…………いいから、もう寝ちゃいなよ」


ポンポンと、兄がしてくれるように頭を撫でると、兄はゆっくりと瞼を下ろした。
その瞼に口づけたいだとか。
出来るならばその唇にキスしたいだとか。
兄の寝顔を見てそんな風に思う自分のどこがいい子なのかと思う。


(いい子、か)


これでももう思春期を迎えた青少年なのだから、いくら兄弟だからってそんなに無防備にしないで欲しい(いや、兄弟だからこそだとは解っているしその特権を喜んでもいるのだけれど複雑な矛盾というのはいつになっても生じてしまうものだ)
すっかり眠りに浸りきった兄の頬に、掠めるように口づけた。




「……いつまでも子供扱いしないでよ」



いつか大人になったなら、その時には、自分のこの、家族愛にしては不埒に過ぎる感情を伝えて見てもいいだろうか。































今はそれでもいいけど

(覚悟しててよ?兄ちゃん)






























■リクエスト内容
幸太*優
(幸太中学生〜高校生ぐらい)で「いつまでも子供扱いしないでよ」的な幸太

と、言う訳で。企画第三弾です!
「×」というより「→」な話になってしまったような……す、すいません!(汗)
幸太はいい男になるよ既に有望株だよ!!
優兄ちゃんも安心して飲みに行けるってもんですよ(笑)
遅くなりましたがリクエストありがとうございましたv


title/確かに恋だった




あきゅろす。
無料HPエムペ!