ま、悪くないね
肌や髪、目の色。
人間はそんなもので決まるものじゃない。
解っているつもりで、実はあまり解っていない事。
大事な事は、きっと少し考えれば解る事なのだろう。
「Excuse me. 」
聞き慣れない言葉に振り返ったその瞬間、居合番長の眉間に皺が刻まれた。
振り返ったその先に立っていたのは黒髪黒眼詰襟の日本人ではなく、金髪碧眼長身の男だったのである。
日本語に訳せばちょっとよろしいですかに等しい言葉を受け取り振り返った居合番長を見て、当の外国人は居合番長の眉間になど注目せずほっとしたように、けれどほんの少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「I have hesitated now. Please show the road to the station to me. 」
「っ…………何を言っているのか解らんのだが」
正直、居合番長は異人というものが苦手である。
日本の文化や伝統に対して愛着を持っている彼は、例え異人といえども日本に来た以上は日本語を話すべきだと思っている。
その為といえるのか、とにかく英語の教科書に書いてある呪文のような言葉を口にする異国の人間に対し、居合番長の対応は少々冷たかった。
いいや、英語に明るくない日本人であるならば当然ともいえるその反応は、しかし本来なら完全に話しかけられる状態になる前にすべきものである。
質問をしたというのに答を返してこない居合番長に男もいい加減言葉が通じない事に察しがついてきたのだろう。微笑みは困惑に色を映していった。
「Well, Will you understand what I say? If it isn't Japanese, is it useless? 」
「だから何を言っているのか解らんと言っているだろう……!」
いい加減にしろ、と。
解らない言語で話しかけられ続ける居合番長と、ただ無闇に睨みつけられる男のどちらがよりそう言いたいと思っているのか。
常ならば冷静でいて物静かともいえる居合番長であるが、事が女性に相対した時であったり己の常識を超えていたりすると癇癪ともいえる混乱を起こす事がある。例えば女性に相対した時には過剰に過ぎるなら鼻血を噴くだとか、例えばどこぞのマスクをつけた胡散臭い男に言葉遊びで弄られた時には己の腰に差した刀に手をかけるだとか。
今回は相手が男性である為に鼻血を噴くという事はなかった。
そもそも女性に話しかけられた位ではそこまでの反応にも至らないが。
そして現在の状況からすると、これは某胡散臭い男とのやりとりに近しいものがある。よって結果はといえば、己の腰元にある刀に手をかけるという暴挙であった。
いくら何でも一般人に対して斬りつけるような事はしないでも、威嚇して追い払うという考えはあるのかもしれない居合番長の思考は功を奏したのか否か。ともかく男は慌てた。まさか話しかけただけで斬られるような土地だとは思うまい。
そもそも日本はそこまで危険な国ではないのだから尚の事だ。当然宥めにかかる。
「Oh no! Please, please settle down. I don't have a mind to harm you! 」
「日本に来たのならこの国の言葉を話せ!」
とはいえ、宥めにかかる為の言葉がそもそも異国の言葉であるのだから現状が良くなる筈もなく。
理不尽に襲いかかってきた恐怖をその身に受け、段々と涙目になってきた男だが桐雨は気づかない。
むしろ碧眼が更に色を濃くしたように映り、益々もって警戒心も顕になっている。
そろそろ警察が駆けつけて来てもおかしくはないと思いがちではあるが、居合番長は日本政府が取り仕切る23区計画の参加者であるので男を助けに来る警官の存在は期待できそうになかった。
だが。
「Are you some orders in him? 」
オーマイゴッド神様日本は怖い所です、とばかりに男が己の神に助けを求めたのも束の間、天の助けかそれとも時の悪戯か、現れた救いの手はマスクを着けた胡散臭い男、卑怯番長だった。
マスクだけならばまだちょっと新しいファッション位で済むだろうが、腹筋はおもいっきり丸出しで、見るからに変な人臭が漂っている。
日本へやってくる前に日本やそこへ住まう人間をある程度知識として学習してきた男は、目の前に立つ変な人が本当に日本人かと疑わしい目で見てしまう。
しかしそれがある意味正しい反応だ。同じ日本人でも正直おもわずガン見してしまうスタイルである事は否めないのだから。
しかし日本人にしては流暢な母国語を話す人間を前に、男が安堵したのもまた事実である。
とにかく話が通じるならばと、居合番長を視界の隅にしながらも少々言いづらそうに口を開いた。
「Well, Ah... Becaues I had lost my way, it asked him. However, because the word in my country doesn't run. I am embarrassed. 」
「Where do you want to go? 」
「I meet the friend at Tokyo Station. Therefore, I want to know the road to the station. 」
何だこの呪文のやりとりは。
居合番長の眉間は未だ寄ったままであるが、彼のこの表情は学校でも英語の時間に間々見られるものだ。
そんな居合番長を目線だけで宥めつつ、卑怯番長は大仰な仕草で頷いて見せた。
「Indeed. It goes out to the Main Street when advancing straight on this road. Please turn the street right. It arrives at the station when walking for a while. It takes about 15 minutes from this conduct oneself to the station walking. 」
「Oh! Thank you. 」
「You're welcome. 」
先程まで顔面蒼白、とまではいかずとも目に涙を浮かべてさえもいた男の表情は数回のやりとりで破顔した。
心底助かったとばかりに微笑む姿を見ると、何某か危害を加えるつもりではなかったのだと知れて、居合番長の表情にも些か変化が見えてくる。
男はそんな居合番長に気づくと、至極申し訳なさそうに、しかし話しかけても言葉が通じない事はもう嫌という程解らされていたので卑怯番長にほんの少し会釈してみせた。
「He has been done apologizing. I'm sorry. 」
「No, you need not worry about him. Taking care. 」
「Thank you very much. Goodbye, Phantom and The peach boy. I was glad to meet genuine you. 」
「ぶはっ」
「何だ?……おい」
手を振りながら通りを歩いていく男の最後の言葉にだろう、卑怯番長が突然噴き出した。
男の背中はもう遠い、日本人と違って長い手足を持っているからだろう、歩みが軽いのもあるからか、彼はもう振り返る事なく歩いていく。
その背中を見送るでもなく、一度噴き出した途端肩を震わせてまで笑い続ける卑怯番長ははっきり言って奇妙だ不審だ気持ち悪い。
先程の呪文のやりとりも含めてよく解らない状況に、首を傾げるという可愛らしい反応をする居合番長ではなかった。
肩を震わせ腹を抱え時には自身の肩まで叩いて笑い続ける卑怯番長に、おもわず刀を抜きかけて制止される。
「待った待った。君ってすぐそうやって武力行使に訴えるよねー」
「黙れ!貴様が訳の解らぬ事をするからだろう」
「だってさー、だって……っぷ、も、桃太郎っ……!」
「桃太郎?」
「ちょっ、待って、こっち見ないでっ、ぶっ、クハハハハハハッ」
「っっっ何なんだ貴様は!!?!?!?」
見るなと言うクセに笑いが治まりかければちらりと見てはまた笑い出す。
なんという失礼な奴だと肩を怒らせる居合番長だが、そろそろ本気でやばいと思ったのだろう卑怯番長は笑いをどうにか抑えて目尻を指先で拭った。
はー、と息を吐いて改めて居合番長に向き直ると、卑怯番長は些か呆れたように目を細める。
通りを歩んでいく主婦が非常に物言いたくなるような目線をちらりちらりと送ってくるので居合番長としては早い所立ち去りたい所だが、卑怯番長からあのさー、と正しい日本語を骨の髄まで叩き込んでやりたくなるような間延びした声をかけてきた為にそれも無理な事となってしまった。
「君、ちょっと冷たいんじゃないのー?」
「…………は?」
「道に迷って困ってる人に、怒鳴って、その上抜刀しようとするとかさー」
「……道に、迷って…?」
駅までの道を聞きたかっただけだよ?あの人。と。
あっさりと述べられた言葉には開いた口も暫くは塞がらないとまでは言わないが。
言わないがしかし、パクパクと開閉を繰り返す姿は水から引き上げられた魚の如く忙しなく、必死である。
居合番長は確かに異国に対していい印象を持ち得てはいないが、相手が困っている人間だというなら話は違う。
困っている人間に対して、しかも異国の街中で迷うなど不安この上ないだろうに、そんな人間に、怒鳴り、しかも刀を抜きかけた。
居合番長が自己嫌悪に陥るのは当然の事といえよう。
そしてそれを放っておく卑怯番長でもない。
「かなり惨い仕打ちだよねー、っていうかひとでなし?」
「っ……返す言葉もない。ないが、貴様に言われる筋合いではないのではないか…!?」
待て待て、当事者ならばともかく何故第三者にここまで言われなければならないのかと。
文句を言うのが異国からの訪問者であるのならばともかくとして、相手は突如介入してきた変態マスク男だと。
正論の回すだけの気力はあったのだろうか。
どうにか言い返した居合番長に卑怯番長は怒るでもなく、おやおやとばかりに片頬を緩ませた。
まぁそうだねぇ、と笑う。
気を損ねた風ではない。むしろ気を損ね続けたのは居合番長の方である。
もう此処には用はないと言わんばかりに踏み出した居合番長に、卑怯番長はまたもタイミングよく声をあげた。
「あ、そうそう」
「まだ何かあるのか!」
今度は何を言い出すのかと、肩越しに振り返った居合番長に対し、卑怯番長の表情は明るい。
先程まで気になっていた主婦はもう居なくなっていた。
元よりそう人通りの多い所ではないのだから当然といえば当然だが、周囲に人の気配はもうない。
そんな中で卑怯番長と二人きりであるという事には少々気が向かないが、反射的にといえども何かあるのかと聞く姿勢に入ったのは自分の方なので立ち止まるしかなかった。
もう何を言われても怒鳴りはしまいと、心を落ち着けようとした心を見透かしたように涼やかな風が髪を靡かせる。
鼻先にかかるその髪を指先で除けていると、卑怯番長が何事かを口にした。
何だと問えば、だからね、と返される。
「さっきの人が、君に悪い事をしてごめんだって」
「…………は」
「謙虚な人だよね。怒るんじゃなくて謝るなんてさ」
いい人で良かったじゃない。
紡がれた言葉は柔らかい響きを帯びていた。
何故だかよく外国人に話しかけられる事が多い(おそらくは髪の色から日本人とは思われていないという線が濃い)居合番長は、逆ギレのように癇癪を起こす異人も居る事を知っている。
それ故に、卑怯番長の言いたい事も理解できた。
相手が日本人だったならばあのような対応をしなかっただろう。
相手が外国人でなかったなら穏やかに道を案内できただろう。
しかしその根本にあるのは差別である。
「君もたまには、異国の文化に触れてみたら?」
居合番長から何がしかの反応を返される前に、卑怯番長は無理にとは言わないけどねと切り上げた。
余計なお世話だと断じられるとでも思ったのだろう。
しかし卑怯番長の予想は大きく裏切られた。
居合番長は反論などせず、むしろ怒りは身を潜めたようにその顔には困惑がありありと浮かび僅かに俯いている。
それを見て、卑怯番長は踵を返そうとしたその身を留めた。
「…………卑怯、番長」
「うん?何だい」
「いや…………その…………」
ぽつりぽつりと零れ落ちていく言葉は、どこか頼りない。
それでも急かす事なく、茶化す事もなく。
待ち続ける卑怯番長に、居合番長は意を決したとばかりにばっと顔をあげた。
「さ…先程は……助かった」
「―――――……ククッ」
「……な、何だ!!」
「いーや?馬鹿みたいに真っ正直なのは君の美点だなぁと思っただけ」
「ばっ……!」
言いたい事を全部言ったのか、そのまま踵を返して去っていく卑怯番長を、敢えて追いかける事はせず、居合番長は暫し揶揄された為かそれとも照れからか、赤く染まった顔でその背を見送った。
それから幾日と経たずして、英語の教科書を親の仇のように睨みつけながらも、にやにやと笑う卑怯番長に教えを請う居合番長の姿が教室で見られたとか。
ま、悪くないね
(だーから、違うってば。君って日本語以外はとことん駄目な訳?)
(無礼なっ…!)
(あっれー、相互理解に努めるんじゃなかったけ?)
(くっ……貴様は、本当に性根が悪いな)
(It is as you say.ってね)
(は…?)
(さて、今のを訳してみようか?桐雨君?)
(いっと…ゆー…?それ、あなたは…いう…?っ〜〜このような呪文解るか!!)
■リクエスト内容
卑怯+居合
外国人に道を尋ねられる居合。
居合が外国人を毛嫌いして警戒していたら、卑怯が横から助けてあげる。
と、言う訳で。企画第二弾です!
英語はあまり信じないでください(突然)
もはや殆ど使っていない脳みそをフル活用し、ちょこちょこ翻訳に手伝って貰ったりもしたので文法おかしいかと思われます。
ちなみに最後の言葉は「おっしゃる通り」って意味です。
PCの方はカーソルを当てると訳が出ますが、携帯の方には優しくないですね、すみません(汗)
卑怯と居合のかけあいは個人的にとても書きやすいです!リクエストありがとうございましたv
title/確かに恋だった
無料HPエムペ!