絡めた指が愛になる










ダンスなんて踊れる程お互いに高貴じゃない。

それでも繋いだ手のひらに、繋ぐ手のひらに、意味があるのならば。


それはきっと下心であったり真心であったりする。

それはきっと恋であったり愛であったりする。



だからどうかこの手をとって。






















常の、番長としての自分にはやけにつんけんした態度をとる彼女は、此方を睨んだり、かと思えば顔を赤らめたりと百面相している。
どんな態度をとるのが正解なのか解らないのだろう彼女の奇行は卑怯番長という名の通り卑怯で姑息な男と、秋山優という気の良い酒屋の店員とが同一の人物であると知ってからはよく目にするそれだった。
それも前述の通り、帽子やマスクを身に着けていればまだいつもの態度でいられるらしいのだが、配達であったり外で偶然にであったりという時は此方も不可抗力というやつで素顔の状態なものだから偶発的に彼女の複雑な心境を目の当たりにする事となる。
だがしかし、今回に限ってはおそらく自分と彼女が顔を合わせたのは偶然ではなかった。


「僕は金剛番長から呼び出された筈なんだけど、そっちも?」

「ち、違うよ!あたいは…!」

「うん?あぁ、解ってるよ」


我ながら意地が悪いとは思いつつ、常ならどっしりと構えている彼女が過剰に反応するのは見ていて面白い。
そもそも前日に金剛から誘われた時点で妙だとは思っていた。たまたま手に入ったとかで手渡されたチケットの券面には、男二人で行くには寒過ぎる、いかにも子供やカップル向きなプラネタリウムの無料鑑賞という文字が走っている。
誰か女の子でも誘えば良いと言えば、都合がつかないと断られたのだと金剛は言った。
それもまた怪しいのである。金剛が異性と二人きりで何処かに出かけるなど世界が七回連続で滅んでもありえないと言い切れるし、むしろ彼の場合は桜姉妹にでもこのチケットを譲るという選択をする筈だ。


『…とにかく、だ。それはお前が持ってろ。必ず行けよ』


誘っておいて、行けとはどういう言い草か。
これではほぼ自白しているようなものである。
これはいよいよ何かあるぞと思ったが相手は金剛なのだから大した害はあるまいと深く言及はせず当日を迎え、待ち合わせの場所である駅前に着いた時になってやっと事態の全貌を把握するに至ったのだ。


「そっちは白雪宮さんと、陽奈子ちゃんあたりだろ?」

「……何か文句があるのかい」

「別に、単なる予想だよ」


いつもはかなりの大食らいで、重量のある武器を元気に振り回す少女も、やはり年相応に恋愛の話となれば頬を染め楽しそうにしていたなと思い返し、次いで彼女と仲のいい女子高生の名を付け加えれば完璧に図星だったらしい。
大体、目の前で身の置き場に困っている彼女が自ら金剛に根回しを頼むとは想像もできなかった。
おそらく金剛も、最初は仲間を騙すなんてスジが以下略と言ったものの恋の応援団と化した二人に彼女の為だとか何とか言い包められたに違いない。女子供には(喧嘩以外では)甘い男だから、籠絡するのはそれはそれは容易だった事だろう。
さて、何はともあれ二人きりとなった訳だが、ここからどうしたものか。
個人的な意見としては、別に彼女と過ごす事に対して異論はない。
チケットはもしかしたら本来は無料でなかったのかもしれないが(多分白雪宮財閥の系列か何かだろうからある意味無料には違いないので)此方に請求される事もない筈だ。
何より自分とて、彼女に少なからずの好感は持っている。
しかし彼女はどうなのだろう。彼女が「秋山優」に好意を抱いているのは不可抗力とはいえ彼女自身から聞かされていたが「卑怯番長」にはむしろその逆ではなかったか。


「どうする?」

「え?」

「チケット。無駄にするのもあれだけど、僕と行くのも嫌だろ?だから、」

「嫌だなんて誰が言ったんだい!!」


磊君とでも行く?という言葉は最後までは言わせて貰えなかった。
先程までぎこちなく声を漏らしていた人間と同一人物だとは思えぬその大声は、念仏番長程ではないとしても肺活量が無駄にありそうである。
反射的にかそれとも制止の意味を持つのか、掴まれた腕は地味に痛かった。痛かったが、今はそれよりも周囲から注がれる視線の方が気になる。


「…ぁ、ご、ごめんよ!」

「や、別にいいけど」

「……っ…」

「………えーっと」


暫し微妙な間を開けて、彼女もそれに気づく。
慌てて離れた彼女の頬は真っ赤だった。
こうも素直に照れられると自分まで恥ずかしくなってくる。
心なしか非常にファンシーなピンク色のオーラが宙を舞っているような気もするが、敢えて気づかないフリをする事にした。
これでは彼女にリードを任せても結果はあまり期待できないと判断し、ひとつの提案をしてみる。


「とりあえず手とか繋いでみる?」


一応それなりにしてみようと思って言ってみたのだが、色恋ごとに関しては初心者であろう彼女は口をパクパクと動かすだけ。まぁ予想通りといえる反応だ。
顔も赤いから、金魚みたいだなぁと思いながら、今度は彼女にお伺いを立てるまでもなくその手をとった。
振り解かれない自信は、彼女には悪いがそれなりにはあったのでそのまま歩き出す。
いくら無料券と銘打ってはいても、あんまりモタモタしていると上映時間を過ぎてしまうのだ。
プラネタリウム自体はやはり子供向けの施設であるから一日の上映回数は少ないし終了時間も速い。
これが映画ならまだレイトショーという手もあるが、夜まで遊び歩いていられる程お互いに暇じゃない事は解っていた。


「あ、あのさっ」

「うん?」

「……さ……サングラス、とか」

「サングラス?」

「っ〜〜!とにかくこう、どうにかして顔を隠してくれないかいっ」

「………は?」


ピタリと立ち止まって振り向くと、だから、と彼女がたどたどしく言葉を切る。
かと思えば半ば睨みを利かせるように恨みがましい目で此方を見て、けれどすぐに逸らして。
一体何が言いたいのかと成り行きを見守っていれば、彼女は先程の威勢はどこへやら、ボソボソと声を落としていく。
これが関東レディースの二代目総長だというのだから、女性とは解らないものだ。


「見てられないんだよ、その顔……落ち着かなくなるんだっ」


言葉の通り、落ち着きのない仕草で自身の襟を指先で弄ぶ姿はまるっきり恋する乙女。
何だ、卑怯番長と知っても秋山優の外見には弱いままなのか。
得心すると、今度は笑いたいという衝動が湧き上がってくる。時季外れの花粉対策にマスクでもつけてくれば良かったかと戯けても良いが、おそらく彼女は本気。だからこそ余計に面白い。
今時こんなに初心な女性もあまり居ないだろう、そして初心故に、天然ともいえる言葉の数々が不意を打って此方を揺るがす。
僕がとことん嫌な奴で、君の事なんかなんとも思わずに利用できるような男だったらどうするんだろうか。


「…な、何笑ってんだい!」

「ん?いや、そうだね。じゃあちょっと寄り道しようか」


目隠しを買いにね、と。
ほんの少しの揶揄を込めるも、彼女はそんな婉曲的な言い回しにも気づかないのか、どこかほっとしたように頬を緩めた。
そんな風に微笑まれたら、意地悪なんて早々できやしないじゃないか。














思えば「秋山さん」と「卑怯番長」が同一人物だと知ってから、初めてまともに二人きりになった気がする。
配達は今まで通りこの男が来ているけれど、殆どが事務的なやりとりで済んでいたから。
繋がれた手は、鍛えていても男女の差というものがあるのか相手の方が骨っぽく、ごつごつしている。
急遽購入したサングラスをかける男はさしていつもと変わらないように見えて、それが少し悔しかった。
面と向かう事がなくなった為マシにはなったが、手を繋いだままな所為で心臓は一向に正常にはならない。
卑怯番長としての彼を知らず、秋山さんに多少なりとも好意を自覚していた頃は、この手に触れるだなんてそれこそ支払いの時しかなく、こんな風に手を繋ぐ日がくるとは思ってもみなかったのだから当然だ。
今日の事を話していた時に陽奈子ちゃんと剛力番長がやけに強く勧めるものだから、自分の普段着の中では異質ともいえるワンピースなんか着ている。肩が出るタイプだから淡い色をした薄手のカーデガンを上着にしたのは良いが、全体的に何だか乙女チックというか少女趣味というか。
生前、愛子さんがたまには女の子らしいモンも着てみなと言ってプレゼントしてくれたものなのだから、嫌だとは思わない。思わないが、似合わない格好をしている自覚をしてしまうと肩身が狭くなった。


「あ、そうだ。ねぇ」

「な、何だい」


手を引いて歩いていく男は此方の気も知らないで笑っている。
無意識の内に愛想のない応答をしてしまったが後悔するよりも早く男がまた口を開いた。
名前どうしようか、とまるで明日の天気知ってる?と尋ねるような気やすさで投げかけられた問いの意味が解らず、何がだい、とこれもまた無愛想に応える。


「サソリ番長と、児玉さん。どっちで呼んで欲しい?」

「っ、そんなのアンタの好きにしたら良いだろ」

「そ?まぁ今日は番長っていう雰囲気でもないよね、可愛いし」

「かわっ……!!?」


目元は見えずとも、にっこりと笑みを象る唇から突如として飛び出した単語には幸か不幸か免疫がなかった。
この男と顔を合わせてから、今日はもうずっと顔が熱い。


「いきなり変な事言うんじゃないよ!」

「何で?良いじゃない、女の子なんだから」


誰かに可愛いと言われたのは愛子さん以来で、普通に生活している上では滅多に聞く事のなくなった台詞が次から次へとやってくれば、そういった事に不慣れでどうしたらいいかも解らない己の体温は上昇していくばかりだった。
繋いだ手のひらがじんわりと汗ばむ。それを理由に放してしまえばいいとは思うのに、困った事に放したいと思っていない自分も居て余計に混乱してしまう。


「で、名前だけど。今日限定にするから遥さんで良いかい?」

「何でわざわざ下の名前なんだい」


別に名前位どうって事ないじゃないさ。
微妙な投げやり具合で羞恥は見なかった事にしておいた。
過剰に反応した所で男には何の意識もされていないのだから此方が気を揉むだけ無駄な事である。
多少ヤケになっているのは否めないが、心の中で整理がつけば言葉を交わす事もそう難しい事ではなかった。
そう、思ったのに。


「だってその方が恋人っぽいだろ?」

「――――――な、っ」

「あれ、これってデートだよね?」


僕はそのつもりだったけど?なんて。
落ち着いたと思った矢先の不意打ちなど卑怯だ。
疑問符を浮かべながらもその表情は全て解っているとばかりの微笑み。
芝居がかった仕草でサングラスをずらし、ちらりと此方を見据えられてもどう返せばいいのか解らない。
反射的に力がこもってしまった手を痛がるでもなく、男は今気づいたとばかりに汗かいちゃったね、と笑った。


「仕切り直し、しよっか。今日はデート、オッケー?」

「へ?あ、ぇ、あぁ?」


何やらとんでもない質問ではあるが深く考えずに頷くと手が放れる。
呆気なく手放されていい気分にはならないが、気を損ねるよりも前に逆の手のひらが差し出された。


「?」

「改めて―――お手をどうぞ?遥さん」

「っ……!」


サングラスはずらしたまま、覗く瞳は悪戯に片目を閉じて。

ウインクだなんて、変な所でキザで見方によってはチャラチャラした男の微笑は、けれどやはり己が好意を抱いていた「秋山さん」のそれで。
あまり役割を果たしていなくともとりあえず少しは隠れた目元に安堵しながら、熱くなる頬は一向に冷めやらず。


「……しょうがない男だねぇ」


差し出された手に、今度は自分から、そっと己の手を重ねた。





























絡めた指が愛になる

(ところで帰りにスーパー寄ってもいいかな)
(何当然の事言ってんだい、今日は大感謝セールだよ!)
(遥さんならそう言ってくれると思ってたよ)






























■リクエスト内容
卑怯×サソリ(優×遥)
卑怯から「とりあえず手とか繋いでみる?」という似非デートシチュエーション。

と、言う訳で。企画第一弾です!
ひゃっはー、姉御偽物警報を発するべきですかね(汗)
姐御は卑怯に対してはいつも通りでも秋山さんの前だと乙女になりそうだなという認識の元に書いたものなので割と偽物です。
これの更に0,5倍位文章がこの後続いたのですがだらっとしたので潔く消しました…これでもまだだらっとしてるけど、うん(汗)
デートなんてもう○年もしてないので最近のデートってどこ行くのかよく解りません…でも卑怯と姐御なら、なるたけ無駄金は使わない方向なのでしょうね(笑)
楽しく書かせて頂きました!ありがとうございますv


title/確かに恋だった




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