ささやかな温もりにキス










外で待ち合わせる約束をした時から気が進まなかった。


「あの、お一人ですかぁ?」


つけすぎの香水。

厚塗りの化粧。

媚びたような猫なで声。




あァ、鬱陶しい。
























「誘って貰って悪いけど人を待ってるから」


待ち合わせの場所である駅前に着いてから、これを言うのは三度目だ。
もう少し遅く来れば良かったのだが、久しぶりの二人きりという事で多少浮かれていたのか時間配分を間違えて待ち合わせの7分前に着いてしまった。
何気無く雑踏を見渡しても、周辺に待ち合わせ相手の姿は見えない。
こういう場合、この場を一旦離れて携帯に連絡を入れるのが定番だが、生憎相手はとんでもないアナログ派。
何度も買えと言っているのに買わないので、此処に留まり待つしかない。


「でもぉずっと此処で立ってるじゃないですかぁ」

「待たせる子なんて止めて、私達とお茶しましょうよ」


ずっと、という言葉に、此処へ着いた時から既にチェックされていた事に気付き嫌気がさす。
自分達の前にも二組失敗しているのを見ていたのに声をかけたのなら、相当ルックスに自信があるのだろうが。
正直、ゴテゴテの化粧をした香水臭い女よりも、リップ位しか塗っていないようなちゃんこ大好き少女の方が、傍に居るには断然良いに決まっている。


「ごめんね、また誘ってよ」


待ち合わせ時間はもう2分もオーバーしている。
7分前に来てしまった事もあり、半ば八つ当たりのような苛立ちが顔を出し始めた。


(…あと5分待っても来ないなら帰ってやる)


そう心に決めて、内心でのみ苦々しく吐き捨てながらもニコニコと微笑み、さりげなく女性二人から距離をとる。


「えー、そんな事言わな、い……、…っ…」


表面上にこやかにしながらも尚も食い下がろうとする女性の顔色が変わっていく。
見る見る内に青白くなる女性の視線が、自分ではなくその向こうを見ている事で、すぐ合点がいった。


(…全く。今日の昼は奢って貰わないと割が合わないな)




「遅かったね」


物凄い勢いで走り去った女性達を見送って、後ろを振り返る事なく歩き出す。
重い足音で、着いてきている事は解るが、どんな顔をしているのやら。


「悪いな、遅くて」

「……何で機嫌悪いの」


明らかに不満げな、もしくは拗ねた子供みたいな言い方と声に、思わず足を止める。
結局は振り返ってしまうと、見慣れた自分でも一瞬驚く位顔つきが恐ろしい事になっていた。


「……ナンパの事なら半分は君の所為だよ」

「…解ってる」

「それに、ナンパされたって嬉しくないし」

「…解ってる」

「……」

「……」


何が、解ってるだか。
あァ、頭では解ってるって事なのかな?
…それって、もしかしなくても凄くタチの悪い怒り方なんじゃないの。


「…はぁ」

「…今日は止めておくか?」

「やだ。せっかく貰ったタダ券なのに、映画今日までだし…まァ、君が不機嫌なのにも慣れたし。良いよ、気にしてないから」

「…すまねぇ」

「昼奢ってくれれば良いよ」


だって嫉妬なら、少し嬉しい気もするしね。
こうやって甘やかすから余計独占欲を強めさせてしまうのかと不安にもなるけど。
まァ、それはそれとしてまた今度考えれば良い。
暫くお互いに忙しくて、漸く確保できた時間なのだからつまらない事は考えないようにしよう。


「映画の始まる時間までまだあるし何か飲み物でも買っていこうか。金剛、何飲む?」

「…何でも良い」

「…それ、一番困るなァ」

「お前は何にするんだ?」

「……何でも良いかなァ」

「…………困るな」

「…………困るね」


改めて、こういう風に出掛けるのは実際初めての事だ。
いつもは、何となく(偶然が多い)会って何となく一緒に居るからか、改めてとなるとお互いにどこかギクシャクしてしまう。
不自然な会話。
不自然な歩調。
映画を観て、それからの予定だとお昼を食べて…なんて、ありきたりなデート。


(今更ながら…大胆だったかなァ)


バイト先の先輩に貰った無料試写券。その映画自体の上映期間が今日までで、貰ったのは一昨日。
彼女でも誘えと言われ、すぐ金剛を誘ったあたり目も当てられない。
いや断じて金剛は彼女だなんて可愛いものじゃない。むしろ役割的には…これ以上考えるのは止めよう、うん。


「…」

「…」

「…適当に買っていこうか」

「…そうだな」


気まずいなァ…と思いつつ、首に浮いた汗を拭う。
8月半ばのこの時期は、暑いなんてものじゃない。
弟妹達が外に飛び出して熱中症になんかなったりしなきゃ良いけど。
…いや、うん、今日は、その…デートみたいなものだし。幸太からも、楽しんで来てねって言われた訳だし。
こういう時に相手の事以外を考えるのって失礼な事なんだろうし。集中集中…


「……」

「……」


とは言っても、会話が無い。
普段僕らはどんな事を話していたんだっけ。








結局、会話も少ないまま、ジリジリと陽射しが照らすアスファルトを歩き続け、途中コンビニで持ち込み用の飲料や菓子を購入し映画館に入る。
冷房の効いた館内、真ん中列の後ろ寄りな座席に落ち着くと、つい嘆息が零れた。
やっぱり暑い中に居るよりは涼しい所に居る方が快適なのが夏らしい。


「はい金剛。お菓子真ん中に置くね」


買ってきた飲料(結局悩んだ末にお茶を買った)と手慰み程度のスナック菓子を肘置きの細長いスペースに何とか乗せる。
肘置きは引き出し可動型なので、金剛は二人分のシートを使っていた。それでも小さな椅子に大きな身体を詰めている姿は微笑ましい。


「結構空いてるな」

「…今日までだからじゃないのかなァ」


彼は気付いていないようだが実際の所観客は沢山入る予定だったのではないだろうか。
彼が観る映画を、チケットを差し出すと共に言った瞬間、チケットの払戻しを申し出る人間がドッと受付に押し寄せていたのだが…まァ、空いているに越した事は無い。


「…今更だけど、観るのこれでも大丈夫だった?」


貰ったチケットは彼女と行けと勧められただけあって先日テレビやら雑誌やらで話題になっていたラブロマンス系。誘っておいて何だが、金剛ならばアクションや極道の方が良かったかもしれない。


「…大丈夫、だと思うが」

「…凄い不安げだねェ」

「映画自体あまり観る機会がねぇからな」

「あ、そうなんだ」


何だかんだ言って、僕もお金払ってまで映画を観たいとは思わないけど。
ただ、画面がでかいと少し得した気分にはなれる気はするけど。


(あ、始まった)


いつの間にか暗くなった館内にビーッと効果音が流れた。
長い予告を終えてから、漸く本編が始まる(どうでも良いが何で予告に15分もかけるのか)


(あー…ありきたりな出会い方だなァ)


(…ぇ、そこでライバル?)


(あー、意地張っちゃって)


何だかんだと言いながらも、しっかり楽しんでいると隣の席が僅かに軋んだ。
何かと思い横を窺うと金剛がこちらを向いている。
暗い館内ではスクリーン以外何も見えない。金剛の顔も、本当に朧気で…何故か不安になった。


(ぇ、)


距離が徐々に近づいてくるのは気の所為だろうか。いや、気の所為じゃない。


(こ、金剛…?)


スクリーンでは、ライバルの女優が捨て台詞を残して走り去っていく所だ。
何処にも盛り上がる要素なんて無い筈なのに、これはまさかまさかのキスに至る距離。


(ちょ、ぇ、わっ…)


えぇい、ままよ!とあまりの近距離に目を瞑った…












ら。


トサッ


(………………へ?)


恐る恐る目を開けると、肩のあたりに金剛の顔。
流石にこれだけ近ければどんな顔をしているかも見える。


(………ね、寝てる)


アレか。寝返り打っただけ?


(っ…うわ、何してんだろ)


あんまりな現状に、先程目を閉じた自分をブラックホールに放り込めたらと思う。
暑い所から涼しい所に来て、リラックスした身体には暗い室内や単調な恋愛模様が眠気を誘ったのだろう。
仕方がないけどさ、でもさ、ちょっと、空気ってものを…


(……まァ、いっか)


少し重いが、敢えてこちらに倒れてきた訳だし。


(…ちょっとだけ)


自分の肩に寄り掛かる金剛に自分からも寄り掛かる。
額に一瞬触れるだけのキスをしたのは、秘密の意趣返し。




スクリーンでは、こちらとは違ってしっかりとキスをする男女がエンドロールに消えていく所だった。












ささやかな温もりにキス

(…金剛、金剛ー。終わったよ?ねぇ、あーもうっ)
(くかーっ)
(お、重くて退かせないっ!金剛!金剛ってば!!)










…もう卑怯はオトメンで良いです(修正利かないよもう)



あきゅろす。
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