ロマンスまでの距離










特に任務も何もなく、休日故に武器やマスクを外し自室で過ごしていた、その時。
ゴンゴンッ、と。
おそらくノックしている本人からすれば控え目なそれは、盛大な音を響かせた。
壁に掛けたカレンダーと時計を見やり、もうそんな時期かと思いながらドアを開ける。


「…すまねぇでやす」

「気にする事はないモグ」


ドアの向こうには大きな巨躯をどこか居づらそうに、小さく丸めた男が立っていた。






















気にするなと声をかけ、中へ招く。
その際、周囲の確認を怠る事はない。
左右を見回し、廊下に他の人影がない事を確認してから室内へ戻ると、男はすっかり定位置となった長いソファを占領していた(本人に占領しているという気はないのだろうが、何せ体格が規格外だから致し方がない)
そのソファはドアを開けた時点では死角となっているから、最初は自らそこを勧めていたが、今では男も遠慮する事なくそこに腰を下ろしている。
そうなると自分は真向かいに椅子を引いてくるしか座る所がないのだが、今の所不便を感じた事はないので構わなかった。


「…今日も大変だな」

「いつもの事でやすから…」


声をかければ僅かに疲労を滲ませた返答も、もはやいつも通り。
暗黒生徒会内でも上位に目される男は、噛噛番長と呼ばれている。
そんな彼の武器は、名前の通り両の手にはめ込まれた歯と己のそれであり、頑丈さも鋭さもまるで刃物のそれと似通っていた。
それを『あの男』が見逃す訳もなかったのである。
『あの男』とは、これもまた暗黒生徒会の中で群を抜いて強い、憲兵番長の事だ。
強いは強いが、人格的な問題もあってか、多々問題を起こす事が多い男である。
愛刀・金糸雀で敵を斬り倒す際の、肉を裂き骨を断つ音に酔い痴れる姿はとてもじゃないが近寄り難い。
求めるのは戦いの場とそれに相応しい相手。
相手は強ければ強い程いい。
暗黒生徒会内部でも、裏切り者が出れば喜々として戦うとすら公言している男だ。
そんな男が、噛噛番長の武器に目をつけない筈がなかった(ついでにいうなら体格からしても斬った時にいい音が出そうだと言っていたとは噛噛番長本人には言わないでおく)
週に一、二回の頻度で噛噛番長に死合いを求める姿はまるで求愛にも似ている。
内実を考えると非常に血生臭い求愛の為、噛噛番長も流石に辟易して逃げ回っていた。
その逃亡先に選ばれるのが、大抵己の部屋である事には首を傾げるが、憲兵番長と大して交流のない己ならばというのも解らなくはないので言及した事はない。


「何か飲むモグ?」

「気を使わなくて良いでやすよ」

「遠慮するな。丁度俺も喉が渇いていた所モグ」

「…ありがてぇでやす」


隠れ家と時間潰し先として選ばれた以上、そしてそれを受け入れている以上は、きちんと持て成さなければ失礼だと、腰をあげたその時。
コンコンッ、と。
噛噛番長とは違った大人しいノックに、しかしだからこそ緊張が駆け巡った。
おそらくは己よりもずっと厳しい緊張状態に陥っているのだろう噛噛番長の顔色は掴めないが、解りやすい者なら蒼褪めていたに違いない。
黙視で動くな喋るなと訴え、それが伝わった事を確認してからドアまで歩いた。


「噛噛番長は、此処に来てるか。ん?」


開けた途端、物凄い勢いでドアの間に腕が差し込まれる。
閉められないようにという対処なのだと、気づいた時には偽装番長がその身を室内へ滑り込ませていた。
憲兵番長ではなかった事にほっとしながらも、どこか肩を怒らせた偽装番長にまたかと溜息を吐きたくなるのも、最近では日課のようである。
ツカツカと遠慮なく奥に進んでいく偽装番長の姿に、制止の声をかけるのも、飛び火が来そうでどうにも気が引ける。
結果、易々と侵入を許す事になるのは当然の事だった。


「噛噛番長!!」


第一声は呼びかけ。


「こっちに実害が来るんだ!どうにかしろ!んん?!」


第二声は被害報告。というか怒り混じりの訴え。
噛噛番長を取り逃した憲兵番長が、次の相手に選ぶのは大抵が文学番長か偽装番長である。
前者ならばまだ憲兵番長も大人しいものだが、後者、つまり偽装番長が相手である場合は、よくよく本部内に怒声が木霊するのは日常的な事柄であった。
初対面では随分静かな男だと思っていたが、初めて彼の怒声を耳にした時は驚くよりも先に同情心が芽生えた事を覚えている。
憲兵番長の場合、下手に相手をしなければいいだけの事なのだ。
事実として、文学番長が無事なのは彼女が憲兵番長をガン無視しているからであるし、自身が憲兵番長に絡まれにくいのは過剰反応を示さないからである。
しかしそれは偽装番長には無理な事なのだろうとも解っていたので敢えて提案はしていない。
自己顕示欲はそこまでないと思うが、意外と気の短いタチなのだろうか。憲兵番長の言葉尻の一つ一つに過剰な反応をしている。それが憲兵番長を楽しませているのだと、おそらく本人は気づいていないのだろうが。
とはいえ、偽装番長もある意味切羽詰まっていた。
逃げたいと思っている自分自身が、他の人間には逃げるなと言っている矛盾した理不尽さを認識していないあたり、今日もそれなりに遊ばれたのだろう。


「……偽装番長、とりあえず落ちつけ。噛噛番長だって好きで逃げてる訳じゃないモグ」

「んん………そうだな。つい気が昂った」


すまない。
素直な謝罪に、噛噛番長もオレの方こそすまねぇでやす、と頭を垂れた。
こうなると、自室は被害者の会の集まりとなる。
もはや手慣れた動作で棚から人数分のカップを取り出し、珈琲を入れる事に疑問はなかった。
常時高温を保つポットからカップに湯を注ぎ、珈琲を運ぶ頃にはすっかり意気投合している。
自分が座っていた椅子に腰掛けた偽装番長を言及するでもなく、簡易テーブルに珈琲を置いた。
流石にもう椅子はないので、黙ってテーブルを囲むように立つ。
憲兵番長への文句というか愚痴を言うのは主が偽装番長だが、噛噛番長も異論はないから頷いて肯定していた。


「…大体、暗黒生徒会内部で格付けする必要もないのに何であの男は所構わず戦いたがるんだ。突っ掛かられるこっちはいい迷惑だぞ、ん?」

「まぁ、あれが無ければまだ付き合いようってモンがありやすがねぇ…こればっかりはどうにもいきやせんなぁ」


人格にまでは口が出せないものだと、噛噛番長は諦め気味である。
諦めてしまいたくなる気持ちはあまり解りたくないが憲兵番長の性格やら日頃の行いを思えば嫌でも解ってしまうというもので。
苦く笑いながら、珈琲を口に含む。
愚痴を言って気が済むなら、それが一番いい。
これがもしリベンジに燃えて食ってかかるようならそれこそ暗黒生徒会は内部崩壊を起こしてしまうだろう。
だがそれを伝えてしまうと、どちらにしても現状に甘んじているという事に気づきかねないので黙ったまま。
珈琲の湯気が消える頃になれば鬱憤も一通り晴れたのか、それとも愚痴ばかりを口にしている事に居たたまれなくなったのか、偽装番長が腰をあげる。


「そろそろほとぼりも冷めたろうから戻るぞ。ん?」

「…………そうでやすな」


一緒に戻ろうと言っている訳ではないのだろうが、噛噛番長もゆっくりと腰をあげた。
応じる声はどこか動きたくなさそうだ。


「?噛噛番長、何か…」

「じゃあ邪魔したな、ドリルばん…」


何か心配事でもと問おうとしたが、偽装番長の声がそれを遮る…かと思えば、明らかに中途半端な所で止まった。
何事かと偽装番長の方を見れば、ノックも何もなしに開かれたドア、そしてにっこりと笑う憲兵番長。
成程、この男がノックなんぞする訳がなかった。


「「「…………」」」


一瞬の現実逃避。
そして次の瞬間、偽装番長が素早く踵を返す。
憲兵番長が居る出入口とは真逆、自室奥の窓を開け外へ身を投げる姿は腕から吊り下がった飾りも相俟ってか鳥が飛び立つように見えた。
憲兵番長はそれを暢気に見送り、緩やかとも思える歩調で室内を歩み窓から外を見下ろす。
くるりと振り向き、自分から噛噛番長へ視線を移した彼の顔は微妙なものだった。
楽しいような、楽しくないような、微妙なものだ。
嬉々として噛噛番長に勝負を挑みそうなものだと思っていたのだが、予想が外れてついボケッとしてしまった。


「―――――噛噛番長」

「な、何でやすか」


ビクッと、憲兵番長よりも体格のいい噛噛番長が肩を震えさせる光景は奇妙なものである。
コツコツ、靴音を響かせ、噛噛番長に歩み寄った憲兵番長は、間近で何事かを囁いた。
小さなその声は、自分には聞こえないが噛噛番長には届いたのだろう「けっ、憲兵番長っ?!」と驚きの色を滲ませた声をあげている。


「…?」

「ではね、ドリル番長。君も少しは人の気持ちを察したまえよ」


自身が首を傾げている間に、憲兵番長は己の肩を叩きよく解らない事を言いながら部屋を出て行った。
偽装番長を追うのか、それとも文学番長にチョッカイをかけに行くのかまでは定かでないが、とりあえず今日の所は噛噛番長も難を逃れたようである。


「噛噛番長、良かったな」

「…………」

「……噛噛番長?どうかしたモグ?」

「っ、あ、いや、何もありやせん!何もっ!!」

「だが顔が赤いモグ。風邪でも引いたんじゃないか」

「だ、大丈夫でやすっ!」

「そうか…?」


よく解らないが、大丈夫だと本人が言っているのだから大丈夫なのだろう。
そんな、暢気な思考に至っているドリル番長を尻目に、噛噛番長は先程憲兵番長から投下された爆弾発言に気を取られていた。
ドリル番長に赤いと言われたその頬は、特にいつもと変わりがないように見える。
だが暗黒生徒会の他のメンバーよりも長い事顔を合わせているドリル番長には変化が解った。
偽装番長のノックで蒼褪めていなかったのは、憲兵番長に対して恐怖を抱いていないからであって、つまり元々噛噛番長の表情に変化などなかったのである。
その事にドリル番長は気づいていない。
噛噛番長も、気づけば天にも昇る気持ちに浸れるだろうに、己が抱く感情が視界に霞をかけていた。


(…まさか憲兵番長に気づかれていたとは…恐ろしい男でやす)


憲兵番長が噛噛番長に落とした爆弾。
それは噛噛番長の思念を見透かしたもの。




『小生をダシにするのは結構だが、いい加減進展するべきではないかね?』




最初は本当に困っていた。
ただそこへ助け船を出したのがドリル番長だっただけで。
それが自分にとっては嬉しい誤算だっただけで。


(進展…進展でやすか…)


そんなもの、できるならば自分だってしたいと、暢気に珈琲を飲んでいるドリル番長を視界の隅に置きつつひっそりと溜息を吐く。
噛噛番長の想いが報われるのは、一体いつになるのやら。
そう思ったのは、噛噛番長だけでなく、しかし廊下を歩む憲兵番長は噛噛番長とは違った楽しんでいるような笑みを浮かべるのだった。
































ロマンスまでの距離

(今日はもう隠れている必要もなくなったな)
(そ、そうでやすな…(もう少し一緒に居たいが居座る訳にもいきやせんな…))
(お前が良ければ買い物に付き合って欲しいモグ)
(ぇ…勿論行くでやす!!)

































帰れって言われるかと思ったガウリンとナチュラルに受け入れるモグタン。
絵茶で旦那のガウモグ見てみたら、書きたくなったので書いてみました…書いちゃったよモグタン受。
いやまぁうん、全く後悔はしてない(貴様)
楽しかったのでまた書くかもです(笑)




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!