君に教えてあげてもいい










頬に切り傷。

手のひらの皮も破れて。

勝気な表情はあの時見せた『少女』のような顔とは極端に違って。



気づいた時には、手を伸ばしていた。

























「ちょっと時間くれる?」


話をする前にと、獄牢の言葉を遮った僕を、彼女は訝しんだ。
その目線を完璧に無視し、何か?と首を傾げる獄牢に、救急セットはないかと訊ねれば、長年執事という役職に就いている彼は察しが良く、心得たように頷いた。
そんな場合かと、彼女からの反論は容易に想像できていたから、こういう時だからこそ万全にしておくべきだと、反論される前に理論武装しておけば、何か声をあげる者もいない。
肝心な時に傷が原因で動けなくなっては元も子もないと、自身で解っているのだろう。
白雪宮自身はそこまで怪我らしい怪我をしていないので、近場に居た念仏番長の手当と、栄養剤なる物を獄牢から受け取る為に暫し場を離れる事となった。その後に、気絶してしまっている磁力番長をドリル番長が運んでいく。
となれば、彼女の手当は僕が、僕の手当は彼女が、となる訳で。
そう決まった時の、彼女の顔をいったら。


「そんなに嫌そうな顔しないでよ。手当位できるからさ」


おもわず笑ってしまった僕に、彼女の視線はとてもじゃないが嬉しそうには見えなかった。
白い肌を幾多の傷跡が鮮明な色を以て彩る。
ドリル番長との戦いを彼女が引き継いだとは、状況から察する事ができたが、きっと壮絶なものだったのだろう。小さな擦り傷から、腕に風穴まで空いているものだから、これでは本当に応急処置でしかない。
それでも、金剛へ想いを託すと言った彼女は、正に風穴の空いている腕を差し出したのだから、神経の方には今の所だと問題ないのだろう。
かといって放っておいて良いという訳でもないが。
学ランを脱ぐと、サラシを巻いただけの上半身が惜しげもなく晒される。
僕はこれでも一応、思春期の青少年な訳だけど、そこに色気を感じていられる程、今の状況に対して暢気に構えられる訳もなかったので、手当に集中していた。
風穴部分はどうにもできないから、とりあえず白布をあて出血の有無を確かめてからゆっくりと包帯を巻きつけていく。
戦いの最中に解けてしまいでもしたら意味がないので、少し強めに巻きつけていった。
彼女は痛いと口にする事もなく、しかしその眉は僅かに寄っている。


「…痛むかい?」

「平気だよ、こんなもん」


揶揄の色を持った声ではないからか、彼女も何の他意なく受け答えをした。
それが何だかおかしくて、笑ってしまいそうになる。
先程までは僅かながらでも敵意を抱いていた相手に対し、一転して無防備な彼女はどこか危ういが、純粋なのだろう。
白雪宮とはまた違った、純粋さを持っているのだろう。
それはもはや、僕にはないものなのだが。
不必要な感傷は、手当を終えた事で中断された。
巻ききった包帯を見やり、彼女は意外だといわんばかりの目を向ける。


「上手いもんじゃないか」

「まぁね」


小さな傷なら、弟妹達で慣れていた。逆に大きな傷なら、自分で慣れている。
子供というのは、性格にも依るが目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう自由奔放なタイプが多い。
しかもその行先が危険だとも知らずに、無防備に自由奔放に、駆けて行ってしまうから、小さな傷を負う事が多い。特に、男の子ならば尚の事。
逆に言えば、慎重であると自負している僕とて、やっている事がやっている事であるし、昔は「仲間」なんてものがなかったから更に酷かった。
他人を貶める事や脅迫めいた行為は、成功すれば大きな利益を得るが失敗すればそれよりも大きなしっぺ返しを食らう事になる。
弟妹達の目を掻い潜った上でその傷を癒すには、病院などには行っていられなかった。
だから、何にしても手当という事に対して自分は慣れているのだ。


「次はアンタの番だよ」

「君のはまだ終わってない」


頬にも何かが掠めたのか切り傷ができているし、手のひらに至っては皮が捲れている。
それを指摘すれば、何だそんな事とばかりに彼女が肩を竦めてみせた。
手のひらは手当をしなくて良いと言う。
蠍殺道という戦闘術は指先を多用する為、包帯を巻きつけてしまえば戦いにくいのだと。
確かに現状からして彼女が欠けてしまうのは手痛い事である。
仕方なく手のひらは見逃すとして、頬の傷は消毒だけでもしておくべきだ。
しかし彼女は譲らない。顔の傷など些細な事だと言って頑なに拒む。


「君だって女の子なんだから、顔に傷が残ったらどうする気だい」

「別にアンタが心配する事でもないだろ」

「『秋山さん』だって、心配してくれるんじゃないの」

「っ……アンタ、何言ってんだい!?」


ああ言えばこう言うとはこの事だ。
女の子扱いに対して何か思う所でもあるのか、彼女の表情はまた警戒というか、嫌悪を滲ませてしまう。
ついつい悪戯心から、彼女が好意を抱いているのだろう『秋山さん』を引き合いに出すと、彼女の頬は見る間に赤くなっていった。
もしも、彼女を心配したのが『秋山さん』ならば、彼女はきっと控え目に微笑みこそすれ、拒否なんぞしないのだろう。


「別に?君がいい男だって褒めるから、そういう人なら心配してくれるんじゃないかなって思っただけ」

「アンタの言い方はややこしいんだよ!全く……そりゃ、心配はしてくれるだろうさ」


優しい人だからね、と。
照れたように、彼女が小さく笑った。
彼女にとっての『秋山優』とは、一体どのようなものだろうか。
好意を抱く位だから、それはそれは善人であるという認識なのだろうけれど。
そんな善人が、帽子とマスクを身につけた途端モラルを打ち捨て、悪事にすら手を染めていると知ったなら、彼女はどうするのだろうか。
多分、抱いた好意は萎びて、代わりに嫌悪が顔を出すのだろう。
別に構わない。構わないが、なんとなく納得がいかないとも思った。


「とにかく、その『秋山さん』に心配かけたくないなら大人しく手当されなよ」


焦れたような声になってしまったのは気にしないでおく。
彼女もそう不審がる事なく、仕方ないねと妥協を見せてくれた。
『秋山さん』の効果はどうやら絶大だったらしい。
頬に手を伸ばすと、彼女は非常に嫌そうな顔をする。
別に手当以外の事をする気はないのだが、やはり彼女には未だ信用が薄いのだろうか。
一時は彼女にとって仲間と認識されたらしいが、それもどこまで確かなものか解ったものではなかった。
これ以上敵意を抱かれてもいい事など何一つないので、消毒液を染み込ませたガーゼをそっと頬にあてる。
ピクリと小さな震えがそこから伝わって、少し気持ちに余裕が出てきた。
表面を撫でるようにガーゼを僅かにずらすと、伸ばした腕に彼女の髪が触れる。
波を描くその髪は、手入れもしていないのだろう、どこか傷んでいた。
巻き上がった土煙りの所為か砂や小石が髪に纏わりついている。


「……」


無意識、だった。


「、…何するんだい」


彼女の、険を含んだ声が聞こえた瞬間、僕は彼女の髪に触れている事に気づく。
綺麗だと思った訳ではない、ただなんとなく。
なんとなく、伸ばしたのだ、己の手を。
それに理由などないのだから、言い訳は難しい。


「…傷んでるなぁと思ってね」

「…さっきから、女みたいな事を言う奴だね」


アンタには関係ないだろう、と。
彼女はまた僕を突き離す。
これが『秋山さん』なら、恥じらいを含んだ眼差しでもするんだろうに。
同一人物だと知らないからとはいえ、対応に差がありすぎるのではないか。
意地の悪い考えは、止める必要もなく、また止める声もなく、実行するだけだ。


「でも、僕はこの髪、好きだけどな」


指に絡めた髪に、そっと唇を押し当てる。
彼女の表情が、変わった。
嫌悪が身を潜めたその一瞬、彼女の顔に恥じらいが浮かぶ。
ただ、一瞬だけ、彼女は『少女』になった。
『秋山優』を想い語った、あの時の表情と同じ。


『少女』の、顔に。


「なっ…!」

「――――――なーんてね。冗談だよ」


何事かを言われる前に、離れる。
指先からさらりと流れ落ちていく髪を何気なく目で追うと、


「ひょっとして僕に…キュンと来ちゃった?」


先程も彼女に送った言葉をそのまま口にする。
今度も馬鹿と言われるのだろうか、それとも今度は違った反応をするのだろうか。
彼女が『秋山優』にではなく『卑怯番長』に対しての反応を知りたかった。
彼女は『秋山優』を知ってはいるけれど『卑怯番長』の事は知らないから。
知って欲しいと、何故だかそう、思った。


「アンタどこまで本気なんだい」

「ん?…ま、どうだっていいじゃないそんなこと」


どことなく呆れたような声を零す彼女に、僕はにっこりと笑って、そう返した。
まずは軽く挨拶から。
彼女に気にして貰う事から始めよう。
彼女が僕を気に掛け始めたらそこからは押して引いてもっと彼女の気を引こう。
そうしていつの日か、彼女が僕を、そう『卑怯番長』としての僕を知りたいと言ったなら。




























君に教えてあげてもいい

(別に唇奪った訳じゃないんだし良いじゃないか)
(そういう所がちゃらちゃらしてるって言ってるんだよ!)
(顔赤いよ?まさかそういう免疫がないとか?)
(っ〜…手当するから余計な事言ってるんじゃないよ馬鹿!)




































旦那から一周年記念に頂戴した漫画へのお返し作品です。
リクエストは『卑サソリ(今の本誌状態)(卑怯帽子なしサソリ髪おろし)で、サソリに「アンタどこまで本気なんだい」って言わせて欲しい』との事で。
上手く使えなかった気もしますが今はこれが精一杯(ルパ(ry))
卑サソじゃないよね、というツッコミは右から左へ受け流す!!(貴様)
こんなんで良ければ、お返しとして貰ってやって下さい……(いきなり低姿勢)




あきゅろす。
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