鈍感鈍行ピクニック











「あら」

「ぇ」

「げっ」



あがった声は三者三様。























天気は快晴。
生い茂る木々の隙間から射し込む光は柔らかく地上を照らし、僅かに吹く涼やかな風が太陽と調和し人によっては無意味な上機嫌を作り出す。


「なんていい天気なのでしょうね!貝裏鬼」

「えぇ、本当に」


そんな無意味な上機嫌にすっかりご満悦状態なのか、にこにこと微笑む少女は大きな大きなリュックサックをその背に背負い、その斜め後方では少女よりもずっと大きな、一般的に見ても異常な巨体の男がその身には小さなリュックサックを背負っている。
傍から見れば異常な光景ではあるが、当人達は至極楽しそうだ。
都会からは少し離れた、大きな自然公園で、剛力番長こと白雪宮は予てより舎弟である貝裏鬼とのピクニックを計画していた。
百発百中の気象予報士にいつ頃が一番いい日取りかを調べさせ、専属の料理人と共にお弁当を作り、貝裏鬼が楽しめるようにと規模の大きな公園を選んだのである。
土日ならば家族連れで人が沢山居ただろうけれど奇しくも今日は平日であり、祝日と言えど週の真ん中であるからその分人は少ないだろう。
地元の子供達が遊びに来ている可能性は大いにあるが、貝裏鬼は一見した大人には恐れられても子供にはなつかれる事が多かった(例えばそれが強制怪獣ゴッコの怪獣役で子供達によってたかって襲われていようとも、白雪宮の目には微笑ましいものとしてしか映らないらしい)
貝裏鬼は子供達によってたかって襲われる事よりも白雪宮が楽しそうにしている事の方が大事だからか同じくにこにこと笑っている。
傍から見る分では強面の大男が愛らしい少女を誑かそうとしているようにしか見えないのだが、お互いにその事には気づいていないのか、もしくは気づかないフリをしているのか。
考えるまでもなく二人の性格からして限りなく前者に近い事は間違いなかった。
木漏れ日の輝く道を進む二人の足並みは緩やかであり、平時の騒々しい日常から解放されすっかりまどろんでいるようでもある。


「何だか、時間がゆっくり流れていくようですわね。空気も何だか違いますわ」

「そうですね。やはり自然の量が違いますから」

「つまり樹の皆さんが頑張って下さってるんですわね!」

「そうですよ。だから今度からは無闇に蹴り倒さないで下さいね」


些か揶揄の混じった言葉に、白雪宮がほんのり頬を染める。
かと思えば次の瞬間にはぷくっと膨らませ、意地悪ですわね、と文句を零した。
金剛番長こと金剛晄との戦いを経て、白雪宮は現在己の思う番長というものへ近づこうと日々切磋琢磨している。
しかし生まれた時からの体質を突然改善するのも難しい話で、力加減を謝ってしまう事もしばしばであった。
先日も、ひったくりを捕まえようと飛び蹴りをして謝って街路樹を蹴り倒してしまったのだ。
寸での所で運よく蹴りから免れたひったくりは、その場で腰を抜かしながらも必死に謝りひったくった物を返してきたのだが、満足そうに仁王立ちでそれを見ている白雪宮の後ろでは、貝裏鬼がその大きな身体を出来得る限り屈めて周囲の人々に謝罪したのは言うまでもない。
その後、植物も生きているんですよ、と白雪宮の執事である獄牢と共に彼女を指導したのは記憶に新しかった。


「もうあんな事は致しません」

「そう言って、先日は街灯を蹴り倒しましたね」

「そ、それは…そうですわ!街灯は植物ではありませんもの!」

「植物でなくとも、あんなに大きな物が倒れたら、最悪の場合けがをする方が出るんですよ」

「…………き、気をつけますわ」


ごめんなさい、と素直な謝罪に貝裏鬼の頬が緩む。
以前は舎弟である自分の言葉にすら耳を貸さなかった白雪宮だが、今やすっかり耳を傾けてくれるようになったのは、少なくとも貝裏鬼にとっては嬉しい変化の一つだった。
腕力では到底敵わなくとも、白雪宮が耳を貸すのならば外見はともかく中身は常識的な貝裏鬼に分がある。
言語は人間の持つコミュニケーションの手段であり、互いがそれを成そうとするならば効果は絶大なものだ。
最初の勢いはどこへやら、すっかりしょげてしまった白雪宮の小さな頭を貝裏鬼の指先が撫でる。
体格が規格外なので、指一本で常人の掌の感触を与えられるその貝裏鬼の指を、白雪宮は好んでいた。
能力的には白雪宮が勝っていても、心の強さは貝裏鬼の方が上だからか、近頃は頼る事や甘える事に慣れ切ってしまっている気がする。
それを悪い事だとは思わない。
守る者がある者は、きっと今よりずっと強くなれると、白雪宮はそう思っているのだ。


「行きましょう、貝裏鬼」

「はい、剛力番長」


気分は再び上昇したのか、にこりと笑う白雪宮に、貝裏鬼も笑って返した。
改めて歩き出す。拓けた広場には地元の子供達が何人か遊んでいた。


「……あら!」


広場にはベンチが何台も設置されている。
その中の一つに見知った顔を見つけて、白雪宮は声をあげた。
白雪宮の声を聞いて顔を上げたその人物は、慌てたように己の被っていた帽子の鍔を引き直し、改めてベンチから腰を上げて足を向ける。
麗らかな日差しの中、自然公園だなんて場所に最も縁のなさそうな出で立ちのその人物を、貝裏鬼は不思議そうに見下ろした。


「こんにちは、君は白雪宮さんの舎弟、だよね?」

「は………はい。舎弟の貝裏鬼と申します」

「はじめまして。僕は卑怯番長。本名は必要ないよね」


人好きのする笑みを浮かべながら見上げてくる男は白雪宮と同じ番長らしい。
しかもどうやら自分の事を知っているようだと、貝裏鬼はその事実に不審を抱く事もせず、舎弟として恥ずかしくないよう、改めて挨拶をする。
生真面目だねぇ、と返されて白雪宮を見下ろせば、にこにこと嬉しそうに笑っていた。
仲が良いのだろうか、と貝裏鬼は首を傾げる。
といっても、白雪宮の口から卑怯番長という名を聞いた事はなかったので、すぐにそれもどうなのかと疑問になりかわったのだが。
それにしても、白雪宮を見下ろす目は優しいというのに、自分へと向けられる目がなんとなく物言いたげに見えるのは一体どういう事だろう、と貝裏鬼は内心でのみ首を傾げた。


「卑怯番長さんも、ピクニックですの?」

「ぇー、あー、まぁ、うん」

「?」


曖昧な返答は答を濁したいが為。
あまり追及はされたくないなぁ、と卑怯番長こと秋山はそれと解らぬよう笑ってみせる。
実は、番長としての情報収集にこの広場の近辺に来ていたのだが、それを金剛に漏らしたら後で弟妹達を連れて合流すると言い出したのだ、なんて言える訳もなく。
滅多に遠出させてやれない分、金剛の提案は正直助かると思ったけれど、何もこんな所で白雪宮とその舎弟に合流しなくとも良いではないかと思う秋山である。
金剛自身は持っていないので、弟妹達に持たせた携帯電話から連絡が入るのを待っていたのですっかり油断していた。
素顔を見られる前にどうにかマスクをつけ直せたのは本能的なものが働いたのだろうか。まぁ今更素顔を見られようとも、相手がこの二人なら大した問題にはならないのだが。
それにしたって神出鬼没も甚だしいと、責任転嫁にも等しい考えに至り、秋山は一人苦笑する。
此方を呆然と見ている白雪宮の舎弟である男にアイコンタクトで早く連れて行けと伝えるがそれもどこまで伝わっているものか。
せめてもの願いは、金剛がとことん遅れてきてくれる事だけである。
自分も少しは努力するかと、すっかり集中する二人の目に手をヒラヒラと振ってみせた。


「ちょっとね、情報収集に遠出してきただけ。僕なんかよりそこの舎弟さんと楽しんできたら?」


ちょっと急かし過ぎだろうか、とは思いつつ暢気に会話を長引かせると、余計な時間を食うし何よりも間違って誘われたりでもしてみろとも思えば致し方が無いと言える。
断るのも手間だし何よりのんびりしていたら金剛がやって来てしまうのだ。
にっこりと微笑みかけながら、その実内心はすっかり脂汗やら冷や汗に塗れている秋山である。
が、そんな心中を察する白雪宮でもなければ貝裏鬼でもない。
そうなんですの、お疲れ様です。とすっかり秋山の言葉を信じきって労う白雪宮の後ろでは、番長という者に対する尊敬の念をその目に宿した貝裏鬼の姿。
この二人はどう言ったら早く先へ進んでくれるんだろうかと、秋山の頬は聊か引き攣り気味である。
そんな秋山に構わず、いや意味合い的には構いに構っているのだが、とにかく白雪宮は名案を思い付いたとばかりに小さな両の手のひらをポンッ、と打ち鳴らした。


「そうですわ、よろしければ卑怯番長さんもご一緒にピクニックしませんか?」

「……ぇ、いや、ありがたいけど遠慮、」

「私の事は気にしないでください」


秋山の言葉を遮るように、はたまた白雪宮の援護に回るように、貝裏鬼の声が重なる。
それもわざとではないのか、すみません、と一言の謝罪が後に付け加えられた。
白雪宮を見下ろす。にこにこと笑っている。
貝裏鬼を見上げる。にこにこと笑っている。
どうしよう物凄く断りにくいぞこの空気。
どちらも善意で申し出てくれているのは解る。だからこそどうにもやりづらく、秋山は困惑に眉を寄せた。
正直、金剛との仲はあまり仲間といえど他人には知られたくないと秋山は思っている。
わざわざ休日にまで会っていると知れたらどんな勘繰りをされる事か。白雪宮はせずとも、彼女がぽろっと学校で漏らせば誰かしらが疑問に思うに決まっているのだ。
何かしら適当な理由をでっち上げてこの場を離れるべきだろうか。
そう秋山が考えたその時、懐に忍ばせていた携帯電話が震え、着信を報せた。
一言断りを入れて携帯電話に耳を当てると、弟妹達の元気な声をバックに金剛の低音な声が聞こえてきて、秋山は自然と眉をひそめる。
タイミングが悪いのだ、この男は。
一言文句でも言ってやろうかと思えば、公園に着いたという言葉が先を制する。


『広場に居るんだろう、そろそろ着くぞ』

「は?ちょっ、待っ……」

「「「兄ちゃ―――ん!」」」


時既に遅し。弟妹達の大合唱に、秋山はもはや逃げる事を諦めた。
諦めが早い訳ではない。ただ状況的要素からして不可能だという結論に至っただけである。
秋山の脚に勢いよく抱きついてきた子供達を見て、白雪宮と貝裏鬼の目がこれでもかと丸くなる。無理もない。
秋山が仕方なくマスクを外した所で、他の弟妹を連れて金剛がやってきた。
益々目を丸くする白雪宮と貝裏鬼の顔は、状況が状況でなかったら笑う価値のあるものなのだが。
生憎と、暢気に笑ってもいられないな、と。
秋山は溜息をひとつ、それと解らぬように吐き出したのだった。


(舎弟の彼には邪魔をしてしまって悪かったなぁ…)




鈍感なのが相手だと大変だよねお互いに、だなんて。

同族認識されている事など露知らず、貝裏鬼と白雪宮は二人仲良く笑顔で挨拶を始めたのだった。





























鈍感鈍行ピクニック

(賑やかで楽しかったですわね!)
(そ、そうですね…………)
(…貝裏鬼?)
(いぇ…また、来ましょう。今度は二人で、ゆっくり)
(―――えぇ!)
































24000番を踏まれた月蜘蛛様に捧げます

リクエスト内容
『貝裏鬼×剛力でピクニック、行った先で(金剛待ちの)卑怯と遭遇』




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!