名前代わりのキスマーク











自分がいけないなんて事は、言われなくとも解ってるさ。

だから悪いとも思ってるし、お説教だって黙って聞くべきだと思ってたから静かだっただろう?










朝は新聞と牛乳の配達。
昼はコンビニ。
学校なんてそう毎日行かなくても独学で何とかなるし、試験さえパスすれば教師は何も言わない(というか、言わせない)
金剛に宣言した手前、出来る限りマトモなバイトをして、生活費を稼ごうと頑張ってはいるが、世の中はそう甘くはなくて。
だから、仕方なくというか。
これでも、アウトライン寸前ギリギリの所というか。


「…何か言いたそうだな」

「いや全然。君の言う通り全面的に僕が悪いよね、うん」


ジロッ、と睨み付ける眼差しには大人しく降伏。
下手な反論なら、しない方がマシだというのは、既につい数時間前に実体験として学習済みだ。
新聞配達とコンビニのバイトだけじゃ厳しく、もう一つ位何か探そうとしたのがそもそもの原因だった。
朝昼は前述の通り無理だからと夜に出来るバイトを探していた所、知人からいい話がきたのだ。
その話、というのが目の前で明らかに不機嫌オーラを醸し出している男の、不機嫌の、理由なのである。








「アキちゃん、二番のお客様に氷持っていって」

「はい」


ウェイター用の黒服を着る男性からの言葉に頷きつつ、注文された酒を作っていた手を止め氷を運ぶ手筈を整える。
知人である男が経営しているバーでのバイトは、オーダー取りや皿洗い等、ファミレスのバイトと大して変わらない業務内容でありながら時給が良く、それに加え客からチップを貰える事もある。
男が経営しているバーがゲイ専門な事を差し引けば、大変待遇の良いバイトだ。
そもそも、男と知り合った経緯も殺伐としていた。
男同士のカップルがホテルから出てきた所を盗撮し、家庭を持っていた片割れを脅迫して金をとった…ら、その片割れはそれはもう暴力的で別れようにも別れられなかった男は青アザのついた顔で破顔してお礼を言ってきたのだ。
結果的にとはいえ、助けてくれた事に変わりはないと。
今回の事もそうだがそれ以来随分と良くして貰っている。給料だって、よく解らないが多分相場より高いのだろう。


「あぁ、そうだ。二番、例の奴だから気を付けてね」

「…また?、…ですか」


仕事用の敬語が抜けてしまい慌てて取り繕う。
無理して敬語を使わなくても良いのに、と微笑まれるが、公私はキチンとしたい。


「…オーナー、僕未成年なんですよ。知ってると思いますけど」

「うん、多分あっちも解ってると思うんだけどねぇ。まぁ若い子専門みたいなのも居るから。あんまりしつこいようなら追い返しちゃって」


氷届けたらすぐに帰ってきて良いから、ちょっとだけ頼むよ、と言われてしまえば断りづらく(そもそもの話自分は雇って貰ってる側なのだ)仕方なくトレーに氷の詰め合わせを乗せる。
この店では、店員には手を出してはいけないという暗黙のルールがあるらしい。それを聞いたからバイトも安心してできるのだが、中にはルールを破る者も居る訳で。
二番の客はそういった類いの中でも少々、というかとてもしつこい。テーブルに向かう前から『アキちゃん』を登場させた、卑猥な妄想を連れと語っているのが聞こえてゲンナリするのだ。
あァ、気が重い…と、内心で溜息をつきつつフロアに向かう…と。


(…珍しく静か、だ……な)


「……」


状況1
フロアの隅で気絶してる例の客とドン引きの他の客。


「……」


状況2
学ラン姿のままの金剛。
多分いや訂正。絶対滅茶苦茶怒ってると思われる。


「……」


結論

金剛にバレた
(しかも多分いや絶対にあの客のセクハラ発言を聞いた)


ヤバい。これはヤバい。
ゆらり、金剛が動く。
後退りしてしまったのはほぼ無意識というか不可抗力というか…なんて、そんな言い訳が通用すれば楽だけれどそうはいかない。


「どういう事か説明して貰おうか」

「えっと…きゅ、給料が良いから…」

「未成年がこういう店で働くのは犯罪じゃねぇのか」

「それはっ…知り合いの店だから名目上は手伝いって事になってるし」

「…つまりお前は一度言った事を曲げると言うんだなそいつはスジが通らねぇぜ大体こんな時間に家を空けて弟妹達はどうする気だ何かあってからじゃ遅いんだぞそれに」

「ごめん僕が悪かったからとりあえずマシンガントークで詰め寄るの止めて」


そもそも彼はどこでこの話を掴んだのか。バレないように最大限注意は払ったつもりだったのに。
そんな心の恨み言が伝わったのか、それともまだ言い足りないのか、金剛はやれやれと溜息をついた。


「幸太がな、兄ちゃんがまた夜に出掛けてるって心配して俺の所に来たんだ」

「……あ、そう」


呆気ない種明かしに脱力。


(幸太…心配してくれるのは嬉しいけど、よりにもよって金剛って…!)


気の所為か頭が痛むような…あァ、足元がフワフワする。地に足がついてないよ…う、な………な、なななっ!


「ちょ、ちょっと金剛?!」


地に足がつかないのも納得。米俵のように抱え上げられ、足がつく距離は遥かに下だ。


「帰るぞ」

「いやあの僕まだ制服のままだしそれに仕事がまだあってだからその」

「知るか」


横暴にも程があるんじゃないかな!
というか此処まだ店内だよ!


「オ、オーナーっ!」


助けを求める意味で肩越しにどうにか男を見る。
すると、それはもうニコニコとした顔があった。その顔を自分はよく知っている。
ちゃんこ大好きな少女も、こんな顔をして、全てを自然に受け入れていた。


「制服なら明日返してくれれば良いから、彼氏のご機嫌、治して来なさい」

「かっ!?か、かかっ、彼氏なんかじゃ」

「許可が出たな。行くぞ」


ちょっと待てお前等!
これって拉致じゃないのか?誘拐だ誘拐!!
誰か止めろいや止めて!!
そんな心の叫びは、見事に誰にも届かなかった…










と、いう訳で。
現在ははろばろの家のリビングにて対面の上に正座の体勢でお説教タイム絶賛実施中。
あァ、どうしよう。
ぶっちゃけてしまうならば、バイトができない今は、早く寝たい。明日は新聞も牛乳も配達は無いけど、昼からコンビニ入ってるし。
でもそんな事を言いようものなら、不機嫌オーラが増すのは必至だ。


「大体お前は無防備過ぎる」

「うんごめん」

「気絶してた野郎なんざ、今夜こそ持ち帰るとか言ってやがったんだぞ?」

「うんごめん」

「……聞いてねぇな」

「うんごめ……いやっ聞いてます聞いてました!!」


つい本音がポロリと…危ないから、暫く上の空になるのは止めておこう。
しかしそろそろ反撃しなければ、睡眠不足は仕事をする時一番支障を来す原因だ。


「金剛」

「何だ」

「この件に関しては君に嘘をついた事になってしまって、僕が悪かった…でも、実際、ああいうバイトでもしないと、弟妹達や僕は生活していけないんだよ。それは、解って貰いたい」

「……別に俺はだな、」


金剛は真摯な態度を示して、正論を述べられれば多少なりとも気圧される(ちなみにそれは多分僕限定だ)


「………あのバイトを辞める気は無いんだな」


…よし、ちょっとだけ勢いが弱まったぞ。もう一押しって所かな。


「うん……ごめんね?」


申し訳なさそうな顔をして、金剛を窺う。目が合った途端の金剛は明らかに動揺していた。


「……解った。好きにしろ」


(よっし!勝った…!)


はぁ、やれやれやっと寝れるのか。あ、その前に制服皺にならないようにハンガーにかけとかないと…と、あれこれ考えていたら金剛が


「ただし」


と、口を開いた。
次いで、ガシッと痛い位に両肩を掴まれる。


「…えーっと、こ、金剛?」

「あの店で働くのは正直の所許せないがたまに俺が様子を見に行くから良いとしてだ。問題はさっきみたいな客だ」

「え、ぁ、うん?」


何だろう物凄く嫌な予感。
今すぐこの腕を振りほどいて逃げろと本能が告げている。


「だから、虫除けはさせろ」

「む、虫除けって…」


殺虫剤持っていけって事じゃ…ないよね、うん。もしかしなくても、もしかしちゃうのかなまさか。


「あ、あの金剛っ!これ店の制服で、借り物だしっ」

「嫌ならあの店は駄目だ」

「っ〜〜〜!」


選択権を与えているようで、その実選択肢は無いに等しい…悪質な脅迫じゃないかっ!どっちが犯罪者だか。


「…さて、どうするんだ?」

「っ………君、最低最悪」


既にネクタイを解きにかかっておいていけしゃあしゃあとよく言うものだ。




自分がいけないなんて事は、言われなくとも解ってるさ。

だから悪いとも思ってるし、お説教だって黙って聞くべきだと思ってたから静かだっただろう?


なのに、なのにこの仕打ちは無いじゃないか!












名前代わりのキスマーク

(オーナー、あの、制服なんですけど…)
(うん?クリーニングに出したのかな?)
(え!!な、何でそれを…)
(だと思って新しいの用意しておいたよ!うわぁ、首凄いねぇ。何回したの?)
(こ、これは、違くてっ…!(金剛の、金剛の馬鹿!))












多分途中で気絶して、覚えてないんじゃないかna(殴)
名前代わりのっていうのは、ホラ自分の持ち物には名前を書くじゃないですか。あんな感じです…よ…?(汗)
アキちゃんの服装はギャルソン系だと思ってください。
秋山って、黒系着たら凄くカッコよさそうですね。



あきゅろす。
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