優しさ評議会










「あ、あ、あ、入れすぎ入れすぎっ!」

「…っ…すまん」

「ちょっ、あ、ダメっ、汚しちゃうからもう少し優しく…」

「……っ……すまん」
















「あぁもう僕がやるから貸して!」

「………………」


前述のやりとりだけを聞くと妙な会話かもしれないが、そう色気のある事はしていない。
お前のプリンは美味い、なんていう金剛の言葉が発端と言えば発端なのだけれど。
要は、簡易版お料理教室を開いているのである。










「………………はぁ」


散らかったキッチンの惨状やら、壁に飛び散ったプリンの残骸を何処か遠い目で見つめつつ、秋山は海よりも深い溜息を吐いた。
アルバイトの一環で料理教室のアシスタントもした事があるが、ここまで物覚えの悪い生徒は見た事がないと言っても過言ではないだろう。
こめかみに指先を当てながらちらりと目を動かせば、いかにも落ち込んでますと主張する背中に、ドン底まで落ちた肩が見えた。


(…ちょっと考えてみれば、ある意味当然の結果かも)


その巨躯に見合った腕力に、日頃の豪胆さを思い出す。
ボールに注いだ液体を溶いてくれと言ったら、全力で掻き回した為に中身は殆んど飛び散った。
中身のなくなったボールの中は引っ掻き傷のような跡までつく始末。
これまでなんとなく、という防衛本能から包丁を握らせた事がないという事実に今更ながら胸を撫で下ろしたのは言うまでもないだろう。
とは言えこの場を片付ける身としては、口を開くとあてつけがましいイヤミが出てきそうで気が引けてしまうのだが。
結局は溜息という遠回しな表現をイヤミとしたが、そのイヤミすら気にする余裕もないのか、広い背中にはこれでもかと哀愁が漂い、その頭上には暗雲立ち込めていてもおかしくはないテンションの低さである。
最終的にはあんまりにもあんまりな作業過程を見ていられずにボールを奪い取ってしまったのが失敗だったのかもしれない。
かと言ってあのまま放っておけばボールの底が抜けていただろう事など考えるまでもない訳で。
そう考えれば一概に失敗と言い切るのも躊躇われた(しかし賢明な判断とも言えなかった事は否めない)
大体、平時はもう少し力の加減というものができているのだから、事料理に関してのみ加減ができないなどというのも考えにくい。
大好きなプリンに対しての愛情が空回りしていると言えば多分にその通りなのだろう。
単純な話、力みすぎなのだ、彼は。


(…仕方がないなぁ)


本来自分の作ったプリンを美味いと言うのならこれからも自分に作らせれば良いだけだと秋山は思う。
しかし秋山が考える以上に秋山を想っている男の事だ。きっと作ったプリンを食べさせてやりたいとでも考えているのだろう。
一昔前の秋山なら、それを馬鹿馬鹿しいと一笑に伏したかもしれない。
少なくとも、ほんの少しは嬉しいかも、なんて思いはしなかっただろう。
金剛晄という男と出会ってから、甘っちょろい思考が増えた事は否めない。
立場から考えるとそれはおそらく良い事ではないのだろうけれど、悪くないと思っている自分も確かに存在しているのだから仕方がないと諦める事にした。


「金剛、こーんごっ、もう一回やってみよう?」

「…………良いのか…?」

「ここまで汚れたら一回も二回も変わんないよ」


肩を竦めて笑ってみせる。
呆れられた、とか怒られる、とか、多分そんな風に思っていたのだろう金剛の表情が僅かに明るくなったので、秋山はそっと安堵の息を漏らした。


「じゃ、とりあえずこっちのは片付けようか」

「…使わないのか?」


引っ掻き傷は正に激しくドリフトを受けた地面のように荒れ放題だから、おそらく今後使用される事はないだろう。
目の前で捨てると気にするだろうからと、秋山は敢えてボールを洗い場に置いた。
しかし新しいボールを出すでもなく戻ってきた秋山に、金剛が首を傾げてみせる。
まるで幼い子供のような仕草に自然と零れた笑みをそのままに、秋山は食器棚からマグカップを二対取り出した。


「いつも作ってるのとは違うけど、もう少し簡単なの教えてあげる」

「簡単なの、って…プリンのか?」

「そりゃ、それ以外に何があるんだよ」


少々混乱気味な金剛にマグカップを差し出す。
おずおずと受け取ったそれを金剛が覗き込んだ。
当然、まだ何も注いでいないそれは空っぽで、カップの底しか見えない。
何してるんだか。
苦笑したい所だが、あまり茶化すのも気の毒なのでどうにか堪えた。


「卵と、砂糖は…これ位。でね、スプーンで混ぜて。あ、ちゃんと優しくね」

「あぁ…優しく……」


金剛の手にあるマグカップに卵と砂糖を投下する。
お約束とばかりの忠告にも、金剛は生真面目な顔で頷いてみせたがやはり力加減に難があるのかなかなか手が動かない。


「普段はできてるだろ。んー…金剛が意識して力を抑える時とか思い出してさ」

「意識して……プリンを食う時」

「うんうん」

「…飯食う時」

「うんうん」

「…秋山を抱き締める時」

「うんう、んん?!」


食べるのばっかりだなぁ、と内心微笑ましい気持ちになっていた所へ不意打ちの如く投下された核兵器にもはや手も足も出ない。
ほんのりと赤くなった秋山に気付かず、金剛は尚もブツブツと呟きながらクルクルとスプーンを回している。


「秋山を押し倒す時…秋山に触れる時……」

「ねぇそれわざと?わざとだろ、おいっ!!」


黙って混ぜろと半ば叫びに近い声をあげ肩を叩く秋山だが本人的には必死に力の抑制に努めている金剛からすれば横やりでしかない。
暫くは放っておいたものの、いつまで経っても真っ赤な顔で抗議し続ける秋山の腕を遂に引き、その腕の中に抱き抱えた。


「こ、ここここ金剛?!」

「ちょっと黙ってろ」

「だ、黙ってろって…」


体勢的には、胡座をかいた金剛の上に乗っているようなものであり、その距離の近さに秋山は瞠目するしかない。
甘ったるい匂いが金剛の身に付けたエプロンからして、秋山は目眩がしそうだと熱い頬を掌で覆った。


「……」

「……」

「……どれ位混ぜるんだ?」

「…………」

「…………秋山?」

「っ、ぎゅ、牛乳!牛乳入れるんだよ!」


沈黙に次ぐ沈黙。
流石に不審に思った金剛が秋山の顔を覗き込んだ。
真っ赤な顔をした秋山はそれを見られまいと金剛の顔を押し退ける。
大袈裟なまでの声量もさりげなく受け流し、内心疑問符に首を傾げつつ言われるまま牛乳を足した。
適量に至ったのか、秋山がストップと声をかける。


「もう少し混ぜて」

「解った…………優しく、だな?」

「っ〜!解ってて言ってるだろ君…!」

「…何の事だ?」


本気で解っていないのなら大した天然タラシだと感服する。
再び注意してマグカップをスプーンでかき混ぜる金剛の顔は真剣そのものだったから、高確率で天然なのだろうけれど。


「…混ぜたぞ」

「じゃあレンジに入れて、温めたら冷蔵庫に入れて終わり」

「…本当に簡単なんだな」

「時間がない時はこっちの方がすぐ作れるからね」


何だかんだ言いながらもちゃっかり金剛の上で寛げてしまっている自分もどうなんだろうと微妙な事を考えつつ、秋山はとりあえずもう少しだけこのままでいたいかも、と思ったとか思わなかったとか。






























優しさ評議会

(…………レンジ爆発させるとかどこのドジっ子だよ…)
(…………すまねぇ)
(………怪我してないならいいよもう(怪我とか絶対ありえないなうん))
(…秋山(感涙))



































二萬打御礼企画、表での第三弾です。

■リクエスト内容
金剛×秋山
一緒にプリンを作る

調べてみたら本当にこういうプリンの作り方あるみたいです。
手早く簡単美味しく、は主夫(秋山)が求めるものですよね(笑)
表の方はこれがラストリクになります。
ありがとうございました!




あきゅろす。
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