遭遇した二人










「お疲れ様でしたぁ」

一仕事終えて制服から私服に着替えて更衣室から出ると、同じ夜の時間帯に出勤していたバイトの女子高生が入れ違いに入っていく。
間延びした声と共におざなりな会釈を受けたが、彼女の手にはビーズ類でゴテゴテに装飾された携帯電話がしっかり握られていて、そしてその視線も光り輝くディスプレイに注がれている。
バイトの直後に手にするには早すぎるそれは、おそらく制服のポケットに忍ばせていたのだろう。
これが店長に見つかると口煩いのは目に見えていたが幸か不幸か、彼女が店長に怒られている所を見た事はない。好妙な手口があるのだろう。
女とは強かなものだな、とまで考えるのは大袈裟だろうか。
此方もおざなりな労いの言葉を返しつつ更衣室を出て休憩室を抜ける。
狭い休憩室に詰めこむように設置された小汚いテーブルでは、休憩時間に浸っている大学生の男が煙草を吹かしつつやはり携帯電話を弄っていた。
昨今の日本では随分と普及された電気機械に、若者は魅了されたかのようにそれこそ文字通り虜になってしまっているようである。
大抵の調べ物はインターネットで行えるようになり、読書や音楽鑑賞までもがそれで賄える。
弟妹達に付き合って時折足を向ける児童館内にある図書館は、随分と人気がなくなってしまったような気もするが、おそらくは大半の理由が情報の流通に便が立ってしまった事であろう。
幼い弟妹達を持つ身としては、テレビに然り、携帯電話など長時間目にしていては視力が落ちると口うるさく言ってやりたい所だが、今目の前に居る相手は他人なのだ。
そして責任を持つ事のできる大人だったり、その大人になる一歩手前だったり、要は己で善悪の判断ができる歳の相手なのだからそこまで秋山が口にする必要性は皆無である。
ただ、ひとつ言うのであれば、煙草は吸っている人間よりもその周囲に居る人間の方が被害を被っているのでその点に関しては苦言を呈してもいいかもしれない。
どちらにしても相手は他人であり、自分が心配する必要もなければ教育する対象でさえもないので黙したままでいるが。


「秋山君、お疲れ様」

「お疲れ様です」


休憩室の真横、開け放した扉から愛想良く覗く顔には今度こそこちらも笑顔を見せる。
仕事中は恐ろしく厳しい店長だが、仕事を終えると隣接したコンビニの店長と顔見知りだとかで、にこにこと笑って弟さん達にどうぞといくらか物を見繕ってくれる(コンビニで貰ってきてくれる)割と優しい人だ。
ただ今日は月初めも過ぎた頃で、賞味期限切れ間近のものはそんなにないからか、手渡されたビニール袋の中には缶コーヒーが二本入っているだけである。
それでも自分の分の飲料費が多少でも浮くのは大助かりなのだ。


「いつもすみません」

「いや、秋山君はキッチンにも入ってくれるから助かってるんだ。ボーナスとかはバイトだから出してあげられないけど」

「いぇ、十分助かってますから」


ビニール袋を僅かに掲げれば、ガサリと音をたてて存在を主張する。
店長は人の良い笑みを浮かべたまま、気を付けて、と言って背中を向けた。
店長室、と言っても狭い小部屋であるそこには、机が隙間なく壁にぴたりとくっつけられていて、電源の入っていないパソコンが置かれている。
店長の手元には何のデータか解らないが線グラフの書かれた紙の束がファイリングされている冊子があった。


「お疲れ様でした」


改めて一声かけて、漸く従業員室を出る。
そうなると今度はキッチンを通る事になるのだが、此方の場合は忙しなく人が行き交っているし、時には誰かの叱責が飛んでいたりするので会話をしている余裕などない。


「お疲れ様でした」

「はーい、お疲れ様ですっ」


誰が振り返る訳でもないが、言葉には言葉がきちんと返ってくるもので。
誰がとは認識もできないがとにかく相槌を耳にしたのでそのままフロアに出る。
店内はそれなりに賑わっていて、家族連れよりはカップルの方が多い。ファミリーレストランであるのに妙な話だが、高校生が働ける時間限度一杯となれば家族で居るには遅い時間かもしれない。
暖かい店内を出ると、時間も日付が変わるまで二時間という所だった所為か、随分と寒く感じられる。
一度ぶるりと震えて、歩きながら缶コーヒーを一本手にした。
少々ぬるくなっているが、掌に握ると空気に冷えそうになっていた指先がほんのりと温もる。
大通りに面している為、車の行き来はそれなりにあった。
街灯の淡い光を打ち消さんばかりに車のヘッドライトやレストランから洩れる明りが自身を主張する。
隣のコンビニの前を通ろうとした時には、少々ガラの悪そうな学生が三人店前でしゃがみこんでいた。
こちらをちらりと窺うその視線に、面倒だなと思いながらゆっくりと視線を外す。
こういった手合いには、目を合わせない事が一番であるがそれもすぐさま逸らすと逆効果というもので。
敢えてそのまま目を流してしまうのが一番いい。
ただ、それも例外というものがあるのだが。


「おい、そこの兄ちゃん」

「…………何でしょう?」


あぁなんて面倒くさい。
例外というものは、大抵が絡む側に『カモ』として認識されるか否かである。
言うなれば『弱そうな奴』…少々脅せばすぐに金を渡しそうな相手に目星をつけて声をかけてくるのだ。
弱そう、という認識には少々辟易してしまう。
寒さ対策に重ね着をしている所為で、鍛えた身体のラインが浮かばないからか、傍から見ればひょろっとしたやさ男に見えるかもしれないとは思う。
それにバイト直後で疲労困憊した姿は弱そうに見えるかもしれない。
だからと言って、番長を務めている秋山をカモろうとは、ある意味見上げた根性である。


「ちょっと金貸してくれよ」

「すいません。今日財布持ってなくて」


三人揃って歩み寄ってくるのは何のプレッシャーのつもりだろうか。
生憎と、全くもって怖くないのだが。
愛想笑いを浮かべて返す。
腰ぬけと言われようと、暴力で排除はしない。
実際、簡単にこの三人を倒す事は出来る。
だがそれをするにはアルバイト先が近すぎた。
何某か問題が起きてしまったら迷惑がかかるだろうし何より喧嘩が得意だなどと知られては後々困ってしまう。
一、二発殴って気が済むなら殴らせてやるのもやぶさかではない。
ただ、その後の報復は恐ろしいものであると断言してやるが。


「兄ちゃん、俺達が飢え死んでもいいってのかよ?」

「…そう、言われましても」


面倒くさい奴らだな。
顔には億尾も出さずに困り顔を作ってみせる。
けれども相手はひかない。ポケットに金でも詰めていやしないかと、胸倉を掴みあげて揺すってきた。
ポケットに小銭、などという発想に至るのは古いんじゃなかろうか。
そんな事を考えていたら、自分の胸倉を掴みあげている男の向こう側に、何の化け物かと問いたくなる大きな影が浮かび上がった。


「あ、あのぉ……」

「っち、マジで持ってねぇ」

「使えねぇな、こいつ」


好き勝手言っている男達はともかくとして。
その影はゆらりと動くと、腕と思えるそれを動かし男たちへ伸ばす。
ぐわしっ、と。
三人の内、二人の頭部がわし掴まれたかと思えば、双方の頭部がブチ当たり盛大に音をたてた。
ゴツンッ、と響いた音には流石に気づいたらしく、こちらを睨みつけていた男が胡乱げに後ろを見やり、そして硬直する。

こんな時間にも目立つ特殊な手甲。
一目で解る程隆起した逞しい筋肉。
炎のように天を突かんばかりに逆立ち波打つ髪は独特なものだ。


「カツアゲなんぞ熱くねぇぞ!!」


近所迷惑になりそうな声量には、相手の男だけではなく自分も耳を塞ぎたくなる。
男の足元には、意識を遠くにやり、伸びきった男二人が寝転がっていて。
それ以外にも、かなりの身長差、そして強面。
その要素だけでも充分に怯えた不良学生は、仲間を引きずりながら走り去った。
こういう手合いは、大抵逃げ足が早いのである。


「……えぇっと、あの、ありがとうございました」


爆熱番長、と言いかけた己をどうにか押し留める。
見覚えのある男は、まさしく爆熱番長だった。


「ふん、貴様も男なら大人しくカツアゲされてんじゃねぇ!!」

「あー…はは、すみません」

「笑いごとじゃねぇだろ!俺が居なきゃ大人しく金を出していたんじゃないのか?!」

「でも、貴方が助けてくれましたし」


それに、実際自分は財布を持ってきていない。
精々バイトの通勤用に貰っている回数券位だ。
笑って返すと、爆熱番長は呆れたようだった。
確かに同じ男として、そして彼のような強い男にしてみれば余計に、情けないかもしれない。
それでも、マスクや帽子をつけていない時の自分は『秋山優』として平穏に生きていたいのだ。


「あ、お礼って言うのもあれなんですけど。ちょっとぬるいんですが良かったらこれ…」

「むっ…………」


彼の好物は、確か熱いコーヒー。
しかしながらコンビニで売っている缶コーヒーなのだから熱さを求めてはいけない。
熱い熱いと連呼している所を見ると、ぬるいものなど言語道断と言い出しそうだが、手に渡せるものを持っているのに渡さないというのも失礼な話であるのだしあちらが自分の正体に気付いていないのに自分はあちらを知っていると進言するような言動は控えるべきだろう。
そんなもの飲めるかとでも言われそうだな、と内心でのみ怒号を覚悟し、へにゃりと情けない笑みを浮かべ袋から手に取り差し出す。


「……貰おう!」

「ぇ」

「何だ!やると言ったのはそっちだろう!?」

「い、いぇ、こんなもので申し訳ないなと思いまして…」


突っ返されると思っていたものが相手の手中に移っていく様子を信じられずに目を丸くする。
声をあげたこちらを訝しむ爆熱番長は、こちらの言葉をそのまま信じてくれたらしい。
気にするな、という一言でそのまま缶コーヒーを開けて口をつける。
ぬるいを通り越して冷めていそうなそれを飲んでも、男は怒る事無くそれを飲み込んでいく。


「――――――ぬるい!!」

「……はぁ」


じゃあ飲まなきゃいいのに、やっぱり変な男だ。
一息で飲み切ったのか、缶をべしゃりと潰し、勢いよくこちらに突き出してくる。
捨てろってか、この男は。


「馳走になったな!!」

「いぇ」

「今度からは気をつけろ!それから、あまり遅くまで夜遊びしてるんじゃねぇ!」

「…あの、でも…仕事があるので」


ご高説痛みいるが、と控えめながらにでも意見を返す。
働かねば、食い扶持を稼がねば、暮らしていく事が難しいのだ。
しかし、爆熱番長はこちらの言葉を聞くなりピタリと固まった。
それから、一度咳払いをして、それは言い辛そうに口をもごつかせる。


「……わ、若いのに、大変な奴なんだな貴様は」


心持ち、声が小さい。
遊んでいるなと断じた事がそこまで罪悪感を責め立てるとも思わないが、何かが彼の琴線に触れたのだろう。
笑って頭を振るが、それでも駄目らしい。


「…っ…っ〜〜〜〜〜!」


何が煮え切らないのか、爆熱番長は突然コンビニに駆け込むとレジで何かを買って帰ってきた。


「貰っておけ!!!!」


一言そう叫んで。
いや、怒鳴り付けるという方が正しいだろうか。
そうして押しつけられたのは、熱いと感じられる位の缶コーヒーが一本。
反射的にそれを受け取ると、爆熱番長はそれ以上何も言わずに、いや、言えずにだろうか。
どちらにしてもそのまま立ち去ってしまった。
ずかずかと歩んでいく背中が徐々に暗闇に消えて行く。
そのまま消えるのかと思われた影は一度ピタリと止まり、そしてこちらを振り返ったようだった。










「悪かったな!!」









「…………はぁ」



(―――やっぱり、変な奴だ)





























遭遇した二人

(俺はなんて熱くねぇんだ…!カツアゲより酷ぇじゃねぇか……!!)
(…二本あってもなぁ……一本店長に渡しに行くかな)

































二萬打御礼企画、表での第一弾です。

■リクエスト内容
素の秋山優と他の番長(正体を知らない)が出会う

仕事と聞いて学校に行かずに働いている苦労人と思いしかもその苦労人からコーヒーを奪った(ような形になった)自分が熱くないと思った爆熱、でした(説明しないと解らないこの文章力の無さ)
爆熱番長はバイトとかうまくいかなさそうですよね(笑)
ありがとうございました!




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