異性純情交遊










距離が限りなくゼロに近くなるその瞬間。
輪郭も解らなくなる境界も解らなくなる。
その、瞬間。


「っ、」


パンッ


響いたのは、乾いた音だった。
























嫌だった訳ではない、と巡り巡って辿り着くのはそんな思考ばかりでしかなく。
肺にため込んだ空気をそのまま吐き出せば露散していった。
辛気臭いとも称せるそれを何度も耳にして、嫌気が差したのだろうか。
真向かいで食事をしていた姉がその眉をぐっと顰めさせる。


「何よ、まだ気にしてるの?」

「……ん…」


おそらくは、放っておけばいつまで経っても気にしているだろう自分を省みると何とも言えない気持ちになった。
それを見越してか、姉は深く深く溜息をつく。
それはこれまで何度も吐きだした自身のそれを纏めたかのような深さであり、姉の苛立ちが確かに伝わるものであった。
一つの事だけでも悩むのに大変な所へ、姉とのイザコザを織り交ぜる事はしたくないので、ごめんね、と小さく謝っておく。


「悩ましときゃ良いのよ。大体、雰囲気も読めない男程使えないもんは無いわ」

「……ん…」


事の発端、というとやや大袈裟だが、元々は恋人とデートの約束をした事から始まる。
マジックショーが好きだという自分の為に、海外から凱旋公演をしている有名マジシャンのチケットを手に、真っ赤な顔で大きな声で誘いに来てくれた事は記憶に新しかった。
そしてそれは今日という日であり、遅くなる前に送るという彼の言葉にいくらか難色を示した後結局は送って貰って。
そしてまた次のデートの約束をどうにかお互い一生懸命になってこじつけて。
そして、そして。
そこまで考えて、頬が急激に熱を持つ。
思考を過去に追いやり、回想に羞恥を覚えるとは一体どれだけウブなフリをするつもりか。
いやしかし、確かに恥ずかしいのだからそれはもはや仕方がないのだろう。


(……突然で驚いた、だけ…なのに……)


帰り間際、押し黙ってしまった彼の顔を思い出す。
それまではどうにかお互い笑っていた筈なのに、どうして黙ってしまったのか。
まさか何か、彼の気に障る事をしてしまったのだろうか。
焦燥が胸を焦がし、意味も解らぬまま謝罪を述べようとしたその時、彼の大きな掌が左頬を撫でた。
そこからはまるでスローモーションのように。いや、もしかしたら自分の時間は止まっていたのかもしれない。
そう思える程に、間隔のなくなるその過程に覚えが無い。
気づいた時には彼の顔が驚く程近くにあって。
それで、あまりの近さにおもわず。


「……、…っ…」


自分の思慮のなさに腹が立つ。
いやそれ以上に、傷つけてしまっただろう事は考えるまでもなくて。
無意識に動いた身体は彼の頬を叩き、彼の意図する行為に至る寸前になって距離はまた開いた。
彼を省みる事も出来ないまま、家に駆け込み部屋で寛いでいた姉に飛びついたのはもはや忘れたい過去である。


「……そーんなに気になるんならさ、もう一回会ってくれば?」

「ぇ……」

「電話番号位知ってるんでしょ。もう一回会おうって言ってさ」

「ぇぇっ……」


姉の提案は時に突拍子がなくて困ってしまう。
けれども確かに、あの態度のまま別れてしまってはこれから会うまでも鬱々と悩むであろうし、そもそも会う約束すら取り付けられるか解ったものではない。
それなら早い内の方が会いやすいと言えば会いやすい……のだろうか…?
それもまた微妙な所であるが、このまま悩んでいるよりはずっと良いのは解りきっている。


「……電話、してくる……」


姉の顰めた顔が、ほんの少し和らいだ気がした。




















彼の家よりずっと自分の家から近い公園で会う事になったので、そこまで時間は遅くもない。
漸く街灯が灯り、柔らかな光を落とす公園は小さく、そして世間では少子高齢化が進んでいるからか、遊ぶ子供の姿はない。その規模故に、公園を家とする人間も居ないようだった。
電話に出てくれなかったらどうしようかとか、会ってくれなかったらどうしようかとか、会いたくないと言われるかもしれないだとか、とことん後ろ向きになっていた自分にとっては、会いに来てくれるというだけで十分嬉しい。
それでも、会ったら誤解を解かなければならないのだと思うと、それもまた気鬱になる理由であり。
どう説明したものかとも思う。
恥ずかしいという理由だけではないのだろう。それ位のものだけなら、きっとあんな風に拒んだりはしなかった筈だ。
ただ、手を繋ぐだけでも未だに臆している自分の事なので、恥ずかしいというそれだけの理由であるのかもしれないと納得されてしまいそうなのが幸か不幸か微妙な所であった。


「…………ぁ」


そうこう悩んでいると、公園の入口にぼんやりと大きな影が浮かび上がる。
見紛う筈もないその巨躯は、ゆっくりと此方に向かってきて。
何度も顔を合わせているというのに、いざ顔を見ると心臓が跳ね上がる、呼吸が苦しくなる、何を話そうか、変な顔をしていないだろうか、考えては消えていく思考の中にあるのは炎のように熱いこの男の事だけであり、それがまた恥ずかしくて堪らなくなる。
彼もそうだったら良い。彼も同じように、自分の事ばかり考えていてくれれば良い。
けれどそんな事はないと知っているから、苦しくて苦しくて、これ以上自分ばかりが彼を好きにはならないようになりたいと。


(……突然で驚いたなんて、嘘…)


そう、自分は確かに望んだのだ。彼を、望んだ。
しかし気づいてしまったのだ。これ以上深入りすれば、火傷だけでは済まなくなるのだと。
だというのに彼を傷つけてしまったかもしれないと思うと、それだけで揺らぐ。揺らいで、しまう。
なんて自分勝手なのだろう。
このような体で、よくも会えたものだ。


「……ぁ、の……」

「……」


目の前にまでやってきた男を見上げようにも見上げられず、目を泳がせたまま口を開く。
今更己の浅ましさに気づいた所で、彼はもう会いに来てくれてしまったのだから、そしてそれが嬉しくて堪らないのももはや事実でしかないのだから。
とにかく先程の事に関しては自分が悪いのだし、謝る事が最優先だ。


「………っ、さっきは、」

「すまなかった」


ごめんなさいと言おうとした時には、彼の方から先にそういった言葉が返ってきた。
驚いておもわず見上げると、彼は此方を見ず、目を逸らしながら尚も口を開く。
お前の意思も確認せずにあんな事をだとか、熱くねぇだとか、そしてまた、すまなかった、と。
その姿に含まれた意味合いは拒絶だと、そう時も経たずに理解できたのは当然の事と言えた。
何故なら、彼はどんな時でも、自分と目を合わせて話してくれていたから。
嫌われてしまったのだ。
もう、手遅れなのだ。
なんという自分勝手な思考だろう。最初に拒絶したのは自らであるというのに、彼が自分から離れようとしているというだけでこんな風に勝手に傷ついて。
それでも、彼が好きで堪らないだなんて。


「…嫌だったんじゃ、ないの」


どうにか言葉を絞り出す。
捲し立てるように話し続けていた彼は、耳が良いのか自分のその言葉にぴたりと口を止めた。
こんな時でも優しくしてくれるなんて、なんて男なのだろう。
聞こえないフリをして、そのまま済ませてしまえば良いのに。
どうして自分はこんな風にしか言えないのだろう。
もっと、姉のように。もっと、快活に話せたなら、こんな風に彼を傷つける事も無かったのだろうか。


「嫌だったんじゃなくて…びっくりして……でも…嬉しくて…でも…怖くて…………」


何を言っているのか自分でも纏まっていない事がよく解る。
こんなのじゃ伝わるものも伝わらない。
嫌だったんじゃない。驚いたのも、嬉しかったのも、怖かったのも、本当の事。
でもその一つ一つに込められた想いは同じものなのだと、どう言ったなら彼に正しい形として伝わってくれるのだろう。


「……………好き、なの…」

「すっ……?!」

「……好きだから………あの…驚いたし…嬉しいし…………でも、怖いの…」


こんなに沢山喋る機会なんてそうはない。
それでも姉や、彼に対してならいくらだって話そうと思えるのは、きっと二人が自分にとって大切な人だから。
彼自身が怖い訳ではないのだと、伝えようにもどう言ったものか。そして今の自分の言い回しでは彼自身を怖れているのだと受け取られるのではないか。そう思い至って、もはや言葉にできぬ事は体当たりだと彼の胴に回りきらない腕を回してしがみ付く。
身体が固まったように動かない彼の心臓には届かないというのに、触れる部分から伝わってくる鼓動が平時よりも速いような気がして、そんな場合でもないのに嬉しくて。
回した腕に、ぎゅっと力を込める。


「…………き、嫌われた訳じゃない、のか…………?」


恐る恐ると両肩に添えられた彼の大きな掌。そして頭上から降り注ぐ不安げな声に、自分が思っていたよりもずっと彼が自分の事を気にかけてくれているのだと気づかされる。
フルフルと頭を振りながら、額を彼の胴に擦りつけて、小さな謝罪を繰り返す、自分を。
自分が思うよりもずっと、自分を好いてくれているのだと、気づかされる。


「……好きよ」


いつもなら恥ずかしさから言うに言えない言葉も、今ならいくらだって言えると思えた。
彼の大きな掌が左頬を撫でる。
今度はその掌を受け入れて、そっと目を閉じた。






決して綺麗とは言えない小さな公園の、ぼんやりと灯った街灯の下。


触れ合わせた唇は、カサついていて、それでも、暖かかった。





























異性純情交遊

(……で?うまくいったってのに何を項垂れてる訳?)
(…………恥ずかしくて…顔見れない…)
(……………………アンタ達ホントに健全な高校生カップルなの?)



























二萬打御礼企画から先着洩れで戴きましたリクエストです。
爆熱×夜子もしくは居合×朝子で初めてのちゅう、でした。
居合自らそういった行為には至らなさそうなので居合×朝子なら朝子が襲わなきゃ進まなさそうですよね(笑)
夜子の『怖い』は好きになり過ぎて怖いとか、自分ばかりとか思ってるからです。
ぶっちゃけ爆熱も夜子が然程自分を好きではないとか思ってそうでベタなすれ違いに萌える(自己完結しやがった)




あきゅろす。
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