解りやすいのはどっち










「卑怯番長さんは、金剛番長が好きなんですね」



それはあまりにも自然な問いかけで、危うく頷きかけてしまう程純粋な声だった。












「…えぇっと、突然何かな?白雪宮さん」


先程まで、陽奈子と女の子らしく恋話をしていた白雪宮さんが、授業も終わり掃除の時間になった所でふっと話し掛けてきたから何かと思えば。
会話の流れとしては、随分と不自然な問い。
それにしては、核心を突く問いだが。
下の方に位置する白雪宮さんの顔がクテリと傾げられ、暫し不思議そうな表情を見せたと思えばふふっ、と可愛らしく微笑む。
表情が豊かな子だなァ、と感心混じりに眺めていたら、無意識でしたの?と問い掛けられる。


「…?何のことか、さっぱりなんだけど」


元々思考回路が単純と言うか一本気な部分がある子なので会話には時折難がある。
しかしそれは家の弟妹達と大して変わらない気もして、鬱陶しさよりも微笑ましさが先立つのが失礼ながら現状な訳で。


「だって、卑怯番長さんたら先程から金剛番長の事ばかり見てるんですもの」

「…………」


何気ない指摘に、女のカンの恐ろしさというものを知る。
見かけは幼い少女でも、やはり女性という事なのだろう。的を得た発言に残念ながら流れるような返答はできず、間抜けにもポカンと口が開く。


「……えぇっと」

「はい」


さて、どうやって誤魔化そうかと白雪宮さんを見下ろしつつ口元を掌で覆い隠す。
純粋無垢と言わんばかりの真っ直ぐな眼差しがキラキラと輝いてこちらを見上げるものだから、僕は早々に降伏の意を示さんと肩を落とした。


「…そんなに解りやすかったかな」

「えぇ、最初は金剛番長に不意打ちをするのかと思って見守っていたのですが」

「…ですが?」

「あまりに熱烈な眼差しでしたので」


ニッコリと。
サックリと。
告げられた言葉には一体どんな反応をしたものか。
僅かに心拍数が上がったような気がして、苦し紛れに咳払いを一つする。


「恥ずかしがる事はありません。恋はいいものですわ!」

「…うん。ちょっと声のボリューム下げてくれるかな」


いくら掃除の時間で賑やかな教室だとしても、聞いている者が居ない訳ではない。肝心の相手はともかくとして恋はいいものだと宣言した白雪宮さんの声は少々大きすぎる。
その言葉に反応したクラスの男女が数人居るのを目の当たりにすれば尚の事ボリュームは下げて貰いたいのが切実な所だ。


「えーっと、白雪宮さんは、居ないの。好きな人」


クラスの男子の耳が大きくなったように見えたのは多分に錯覚ではない。外見だけならば、にこにことしている少女は可愛らしいし、猪突猛進な所を差し引けば性格に問題も無い。密かにファンが定着しているのはある意味当然と言えよう。


「立派な番長になれるまでは塩チャンコとみそチャンコが私の恋人ですわ!」


自分の使い慣れた武器を恋人と称した白雪宮さんに、肩を落とす男子が若干名(気の毒に…)
好きな事に一途なのは、少女の良い所だとは思う。これがもし自分の好きな相手だったりしたらそうも言っていられないのだけれど。


「そうなんだ。じゃあその日まで予約させて貰おうかな。なーんて、じょうだ」

「卑怯番長さんっ、浮気はいけませんわ!!」


んだよアハハ…と繋げるつもりだったのだが、通じなかったらしい(よくよく考えずとも彼女は猪突猛進、実直な人物だと知っていたのに)
恋は良いもの発言よりも更に大きな声は教室中に響き渡り周囲の注意を惹く…勿論その中には長身を生かして黒板掃除に勤しんでいた大男も含まれている訳で。


「……」


(ぇ、もしかしなくてもあれ本気で怒ってるっ!?)


ミシリ、と嫌な音が響いたのは気の所為じゃない。
彼が握る黒板消しの当たっていた所には、僅かなヒビが入った事だろう。見たくもないが。


「あ、あのね、白雪宮さん、今のはじょう」

「好きな人は一人だけにするべきですわ!」


(だから冗談なんだけど!)


どっちにしたって、今更冗談だといってもあの男の機嫌は直らないのだろうけれど。




ミシミシ、ピシッ


(でもせめて悪化させないで欲しいんだよねっ!!)


あァどんどん雲行きが怪しくなっていく。
冗談じゃない。あの男は怒らせると面倒なのに。
あぁでも黒板が使えないなら明日は授業が無くなるかもしれない…いやいや、そんな事を考えてる場合でもないだろう。


(……ここはひとまず、)


「白雪宮さん、冗談だよ、冗談。やだなァ」

「あら!そうでしたの?」

「うん。あ、そろそろ帰ろうかな。また明日」

「はい。ごきげんよう」







逃げさせて頂きます。







馬鹿正直に彼を待っていても怒涛の勢いで詰問されるのは勘弁願いたい(逃げたらもっと疑われるかもしれないというのは考えないでもないが)
とりあえず、現時点では帰ってプリンでも買い溜めて餌付けで誤魔化す位しか良い手が思いつかないのだ。


「あれ、金剛番長っいきなり何処へ?!」


教室をなるたけ自然に出た暫く後に悪矢七の声が届く。


「チッ」


マズイ、追ってきたか。
階段を下ったところでダダダダダダダッ!と激しい走行音がしてきたのは聞こえなかったフリをして、こうなったらヤケだ!とことん逃げて逃げて逃げ切ってやるとばかりに駆け出した。


2m強の大男が怒り顔で全速力で追いかけてくる…あァ、ホラー映画じゃあるまいし!

誤解だ冗談だと言い募った所で何がしか制裁を受ける事は解りきっている(意外にも、あの男は独占欲が強いのだ)
ただでさえ連夜の行為で疲れているというのに、セクハラ親父さながらこんな時間帯で手を出されるのも困る。

あァ、それもこれも全て白雪宮さんの所為にしてしまえたら楽なのに。

結局の所、彼から目を離せなかった自分が一番の元凶だなんてとんでもなく恥ずかしい話じゃないか。












解りやすいのはどっち

(おい、逃げるな!)
(君の方こそ追いかけてくるなよっ!)
(お前が逃げるから追いかけてるんだろうが!)
(僕は君が追いかけてくるから逃げてるんだけどっ!)











拳お嬢様は腐じゃないです
凄いナチュラルに受け入れてるだけで(笑)



あきゅろす。
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