多岐に亘る愛情










私と仕事、どっちが大事?

そんな、ドラマにでも出てきそうな陳腐な問いを持ち出す女なんて御免だし。



家族と恋人、どっちが大事?

そんな、此方の気持ちを疑うような問いには答える意義すら感じられないし。





























ある日の「はろばろの家」での朝。
秋山優の次に年長である幸太は、本日学校行事のひとつである遠足に行く日だった。
膨らんだ青いナップサックをその背に、日射病予防にと秋山が被せたこれもまた青い帽子の鍔を照れくさそうに引いて、幸太はそっとはにかんだ。
そんな幸太の前では、とっくに学校へ向かった他の弟妹達以外では本来なら秋山しか居ない所を、昨夜はろばろの家で一晩を過ごした金剛が秋山の肩を宥めるように掴んでいる。
宥めるように、というと語弊がある。
実際に、金剛は秋山を宥めていたのだった。


「やっぱり危ないよ、小学生なのに山登り?間違って崖から転落なんて事態になったらどう責任とってくれるって言うの。いや責任がどうとかそういう問題じゃなくて、幸太が怪我でもしたら僕はどうしたらいいんだよっ」

「いいから落ち着け秋山。小学校の遠足で行く山なんてタカが知れてるだろう」

「でも、実際何があるか解らないじゃないか。あぁ何で保護者同伴にしてくれないんだよ最近の学校はゆとり教育とか言ってる割にゆとりなんて全然ないじゃないかむしろ生徒同士の命を賭けたサバイバル?!何処ぞの映画じゃあるまいし恐ろしすぎる!」

「俺はお前の発想が恐ろしい」

「えーっと……俺、そろそろ行きたいんだけど…」


玄関先ではもう数分前からこういった会話が繰り返されているのだった。
そもそも、秋山は普段なら自ら率先して教育という名の元に自立精神を鍛えようとしているクセに、いざ自らの目が届かない所に弟妹達が行くとなるとすぐに甘さが顔を出す。
小学生の移動教室とすら言えない、遠足で一泊する訳でもないというその行事に、何故ここまで取り乱しているのか。
溺愛ぶりは言い聞かされるまでもなく、金剛は理解していたが自身がここまで言い聞かせても聞かないとは思ってもいなかった。
幸太を含む他の弟妹達にしてみたらこれが毎度の事なのだろうか。
そうだとしたら、例年はどうやってこの秋山を宥めすかしたのだろうか。
伝授して貰えるのならばして欲しいと思いつつ、一応は恋人というポジションにある意地がそれを許さない気もした。
存外、自分も意地っ張りだったのかと、金剛は今更ながら察したように自己分析を済ませる。
とにかく今は秋山を宥めなければ。
これではいつまで経っても幸太は遠足に行けない。
最近の小学校は厳しいもので、遅刻した者は学校で居残り勉強もしくはお目付の教師と二人きりで先に目的地へ向かった同学年の後を追うといった形らしいのだから、折角の幼少期の思い出をそういったものにさせたくはないというのもある意味では正直な気持ちだった。


「山だけじゃない、太陽だって虫だって怖いじゃないか。吐き気とか頭痛とかしたらすぐに先生に言うんだぞ?それから虫よけスプレーはちゃんとかけたか?新種の虫とかだったら手立てはないからすぐに携帯で連絡するんだぞ先生に言ったってどうせ取り合って貰えないんだからあと水は小まめに飲むんだぞ先生が飲んで良いって言っても川の水は飲んじゃ駄目だああいうのは大抵その場のノリで適当に言ってるだけな上に何かあった時にはなんにもしてくれないんだから」

「担任の人望を損なうような事を捲し立てるな」


金剛の拘束などどこ吹く風とばかりに振り解き、幸太の狭い肩をグワシッと掴むと至近距離で切々と言い聞かせる秋山はぶっちゃけ怖い。
すかさずその後頭部に軽くチョップを入れると、秋山は痛いよ金剛何すんのと顔を上げた。
何すんのはこっちの台詞だ、と思いながら、金剛は溜息を吐く。
幸太は慣れた体でうん解ったよ優兄ちゃん心配してくれてありがとう、とまるで予め用意しておきましたと言われても納得のできる模範解答を口にして笑っていた。
秋山が弟妹達を支えていると思っていたが、案外弟妹達が要所要所で秋山を支えているのかもしれない。


「ティッシュとハンカチは持った?バナナなんか持ってないよな?持って行くともれなくおやつじゃありませんとか言って没収されるからな」

「持って行った事があるのか、あるんだな」

「山までバスで行くんだよな。着いたらすぐ兄ちゃんにメールするんだぞ。帰ってくるまでに一度もメールが来なかったら兄ちゃん事故にあったかと心配するからな」

「…もしもバスが事故ったら運転手とその他学校の教師陣の命が危うそうだな」


用意は万全だとばかりに秋山の後ろ手には呪の藁人形が数体…何処から出したんだという野暮なツッコミはしないでおこう。
一通り不平不満を吐き出しきったのか、秋山は改めて幸太に向き直った。
屈んだ秋山に対し、幸太は苦笑気味だ。
一体何をするのかと見ていると、秋山の顔が僅かに傾げられる。

ちゅっ


「いってらっしゃい、気をつけてね。幸太」


小さな頬に秋山の唇が落ちたかと思えば、秋山の顔が更に動く。
己の頬を差し出す形のその態勢に、まさかと思った時には帽子を一旦外した幸太がそこへ口づけた。
ちゅっ、と可愛らしい、幼稚なリップ音が響く。


「いってきます、優兄ちゃん」


改めて帽子を被りはにかんだ幸太は、晄兄ちゃんも、いってきます、なんて言って外へと出て行った。
流石に幸太もこれが対秋山用である事を知っているのだろう。
金剛にキスをせがむ事はなく、家を出る際の目には申し訳なさそうに瞬いていたように見えた。
子供にまで心配される程、自分は嫉妬深く見えるのだろうかと金剛は考えるが、落ち込むような事でもない。
実際に、秋山と幸太の、兄弟にしては少々行き過ぎたきらいのある兄弟愛には閉口していた訳だし。
一応、秋山と金剛は恋人同士なのだが。
いや、しかし兄弟というか身内はノーカウントになるのだろうか。
その辺りの定義には個人差があるだろう。
秋山の背中はどこか寂しげで、たった一日遠足に行くだけだというのにまるで婿にでも出したかのような様相だった。
どうしてこれが自分に対して発揮されないのだろうかと嘆いた所で致し方が無い。
恋愛なんぞ、惚れた方が弱くなるのは当然の流れなのだから。


「……おい、秋山。俺達もそろそろ学校に行かねぇと遅刻するぞ」

「…行く気失せた…幸太が無事に帰ってくるまで家に居る」

「…お前、毎年そうなのか」


兄馬鹿にも程がある。
呆れた声になったのだろうか、秋山は疲労感たっぷりに顰めた顔で重たい溜息を吐く。
何、何か文句でもある訳?と言わんばかりのその顔に対し、これ以上何を言えようか。
それにしたって自分に対してやけに冷たくやないだろうか。


「…………」

「…………金剛…?」


黙っていたら秋山が不審げに眉を寄せるのが解った。
解っている、解っているのだ、と金剛は思う。
しかしこればかりは感情なのだからどうしようもないとも。
家族とはいえ自分以外の人間なのだ。
自分だけを見ていて欲しいと思うのは傲慢かもしれないが。


「……金剛」

「何、」


疑問形ではなく、反応を求める呼びかけに秋山を見下ろす。
何だと問うその瞬間を見計らったようなタイミングの良さで、秋山の唇が口角のあたりを掠めた。
ちゅっ、と短く音が響く。
本日三度目のリップ音は、自身の間近で起きた事だったので反応が遅れた。


「……機嫌、治った?」

「…………あぁ」


苦笑に近い笑みを見せる秋山の、自身へ落とされた場所と同じ箇所に口づける。
治った、と返せば、仕方ない男だね、と秋山は笑ってみせるのだった。



































多岐に亘る愛情

(大体僕の方が機嫌を悪くして当たり前なんだから、君が拗ねてどうするんだよ、全くもう)
(悪い……ところで、毎回お前達兄弟は遠出の時にあぁしてるのか?)
(まぁ割と。何か変なの?)
(…………いや、別に…)



































17000番を踏まれた都屋様に捧げます

リクエスト内容
『金剛×秋山で幸太溺愛の秋山』




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