愛だの恋だの














好きだと伝えれば気持ち悪がる訳でもなく、かと言って大手を振って喜ぶ訳でもなく。

せめて適当にでも何かしらの相槌があればとは思うがそれすら厭っているのか無言で。

暫しの沈黙を空けてからまた何事もなかったかのように違う話に移行して笑い出して。

避けられているのは明らかなのだろうが好きだと言う事に関しては何も言わないのだからこのままでも良いかと。

そう、思っていた矢先だった。



























初めて、だっただろうか。


「……怖いんだよね」


己の言葉に対しての答とも思える言葉が返ってきたのは、この時が初めての事だった。
だから俺は、その言葉を頭の中で受け止めて、そして処理をする事に精一杯で、それでも話し続ける男の声は聞いているようで聞いていなかったのだ。
いや、聞けなかったという方がより正しい形かもしれないが。
それでも全くと言う程ではなく、断片的に掴んだ端切れは「僕が相手じゃ先が見えない」だとか「君はきっと嫌な思いをする」とか、よく解らない音の羅列ばかりだった。
最初の言葉を、やはり己の言葉に対しての反応として受け止めてからは、それ等の音を処理していた俺は、傍から見ればぼんやりとしているようにしか見えなかったのかもしれない。
それを好機と見たように、話はこれで終わりだと言ってから、じゃあまた明日と早足で、もう夕陽の射しこんで薄暗い教室から居なくなってしまったあの男の顔は普段からそうだが帽子とマスクで見えはしなかった。


(怖い?)


自分以外誰一人居ない薄暗い教室の、男が出て行ったドアを見つめて反芻する。
同じ男として考えたら、確かに同性から友人や仲間としてでないそれ以上の好意を伝えられれば嫌になるかもしれない。
いいや、あの男は嫌だとは言わなかった。
なら怖いとは、気味が悪いという事だろうか。
いいや、それならばそう言うだろう。
あの男は、遠回しな言葉を自分に対しては使わない。
何せ成り行きとはいえ計画に参加している此方のサポートをするのは最終的に自身が勝利する為だと公に宣言しているような男なのだから。
ならばきっと、気味が悪いと思っているのならそれ相応の言葉があっただろう。
少なくとも、主語も何もつけずに、怖いという言葉だけなどという事はありえない。
あぁそういえば、主語もなかったか。


(俺がって事か?それとも、)


口元に手を当てて押し黙る。
もしも、あの男が男自身の事を指してそう言ったのなら?
いいや、どこに自分自身を怖がる人間が居ると言うのだ。
浮かんだ考えを振り払う。
しかし先程聞き逃した言葉の断片は「僕が相手じゃ先が見えない」だとか「君はきっと嫌な思いをする」だとか、そういった、男自身を貶める表現ばかりではなかったか。


(待て、待て待て待て)


腰かけていた椅子を引っ繰り返す勢いで教室を飛び出す。
教室の中と同じ、いや日差しの方角からしてそれ以上に暗い廊下に、もう男の姿はない。
校内の設計は、教室の移動がスムーズにいくようにと校舎の両端に階段が設置されている。
男はどちらに行ったのだったか。
ぼんやりと見送ってしまったつい先程、しかし今では既に過去のものと化した光景を手繰り寄せ、向かって右の階段の方へ足を向けた。
巨躯故の足幅の広さに、これ程感謝した事があっただろうか、平均的な所要時間を大幅に抜き、階段まで辿り着く。が、それでも男の姿は見えないので、勢いよく駆け降りた。
すると、下方から人の足音…それも駆けているのであろうそれが聞こえてくる。


(逃げたなっ…!)


冗談じゃないと内心で憤るが、今はそれどころではなかった。今掴まなければ、きっと今後あの男が自分と二人きりになる事はないだろう。
先程のやり取りこそが、あの男にとっては自身への引導のつもりなのだ。
そう考えたら、それ以上の思考は無駄とばかりに回路は遮断され、身体は無意識か、対象を追いかける事に専念する。
一段一段を馬鹿丁寧に駆け降りる事はなく手摺に一度触れて身体を空中へ投げ出せば、男が「馬鹿」とか「何してるんだ」とか叫ぶ声が響いたが構うものか。
玄関ホールに向かう階段前の廊下に難無く降り立ち改めて顔をあげる。


「っ、アンタ、無茶苦茶だっ…」


男は既に玄関ホールに踏み入っていたが、自分が上から飛び降りた事で足を止めたのだろう帽子の鍔の陰から垣間見えた瞳は、呆気にとられていた。
しかし尚も観念する事はなく、じりじりと後ずさったかと思えば再び踵を返した男の後を慌てて追う。
てっきりもう立ち止まって話し合いに応じてくれるのだと思い込んでいたのだ。
なんて悪あがきをする奴だろうと思いながら、しかしだからこその男なのだとも思う。
学校を飛び出せば部活動をそろそろ切り上げようと言う所だろうか、ユニフォームに身を包んだ生徒達が此方を何事かと見るのが解ったが今はそんな場合ではない。


「卑怯番長!」

「何、だよっ!」


夕焼けも既に顔を落とす寸前、黒に近い赤が世界を包み込みそんな中で男の背中は更なる暗さを保っていた。
呼べば応える。けれど振り返りはしない。
赤黒い世界に駆けて行く背中は現実的な遠近法というもので小さくて頼りなくてすぐにも何処かへ行ってしまいそうに見えて。
それが、追いかける側からすればどれ程の恐怖であるのか、男は解っているのだろうか。


「止まれっ!」

「何、でっ!」

「言い逃げするなっ!」

「人聞きのっ悪い事を、往来で叫ぶな馬鹿ぁっ!!」


走りながらの応答は厳しいのか、時折詰まりながらもしかし足は止まらないのだ。
意地っ張りで、素直でなくて、可愛げのない奴だ。
それでも掴まえたくて、欲しくて仕方がないのだ。


「怖いってのは俺の事か!」

「その話、は、もう済んだだ、ろっ!」

「そうやってお前は何でも自己完結させるから言い逃げだって言ってんだろうが!」

「君だってさっき何も言わなかったクセ、に、ぃだぁっっ!?」


不慮の事故と言うべきか、いやおそらく男の身体的な負荷の問題だろう。
先を走っていた男は見事にすっ転んだ。
しかもそこに躓くようなものがあった訳でもなく、足首が微妙に曲がって身体が傾いたように見えたからただの不注意としか言えない。
それでも此方からしてみれば、男が聞いたら怒るに決まっているが好都合というか、渡りに舟というか。
すっ転んだ男を立たせるとも掴まえるともつかない仕草で二の腕に触れれば、男は顔を打ち付けたのか頬を撫で摩るだけで此方を一瞥もしなかった。
それは諦めか、それとも最後の意地なのか、判断するには時間が足らず、またその必要性も感じない。
どちらにした所で自分は男を追ってきた目的を果たすだけなのだから。


「…で、どうなんだ?」

「…………何が」

「解ってんだろ。無駄にとぼけるな」

「……君って、ホントに…」


とりあえず離して、と言われたがまた逃げるのではないかという疑心から手が離せない。
それを見透かした男が、逃げないから離して、と言い直した。
力を緩める。振り払われはしないものの、肩を捩って拘束から抜け出す姿は触れられるのを嫌がっている風にしか見えない。
あからさまに吐かれた息は重々しく、男は己の身なりを整える為に一度身を屈めた。
砂埃で痕の付いたズボンの裾を叩きながら、最悪、と一言呟く。


「変なのは追いかけてくるし、周りから変な目で見られるし、何もない所で転ぶし」


(変なのってのは俺か)


ついつい挟みたくなった口はどうにか堪えて、男が顔をあげるのを待つ。
しかし屈んでいた態勢から元に戻っても、男は此方を見ようとはしなかった。
帽子の鍔を、黒い手袋に包まれた指が摘む。
そのまま顔に寄せるようにして引くと、男の表情は周囲の状況との相乗効果で余計に見えづらくなってしまった。


「……怖いんだよ」


先程の『最悪』と同じく小さな、しかし先程よりもずっと陰鬱な響きを帯びたその言葉に、男を見下ろす。
怖いんだ。
もう一度、男が呟いた。
今度は重々しいものはなく、その口元は怖いと言う割に緩んでいる。
それを笑みと見る者も居るかもしれないが、自分からしてみればそれはただのカラ笑いでしかなく、そんな無理をして笑われても嫌だというのが本音だった。


「君も、僕も、世界も、怖いんだ」

「…随分スケールのでかい話だな」

「茶化さないでよ、これでも割と本気なんだから」


ははは、乾いた笑い声にも此方の頬は全く緩まない。
何をそんな隠そうとしているのか。
自分は確かにこの男を好きだが、しかしこんな風に笑われても嬉しくない。
口を挟んでは話自体が終わってしまいそうなので、男の手を無言のまま引く。
顔をあげて欲しい。
口元だけ歪めた偽物の笑みなど不要だ。
欲しいのは、男の深い部分にある本音。


「俺はお前が好きだ。単純で手短で解り易いだろうが。お前もはっきり言えばいい」


他は要らない。
自分の言葉に対する答が欲しいだけだ。
余計な事を考えているのならそれはそれで後から聞けば良いと思う。
どうせこの男が考える事など後ろ向きなだけだ。
男からすれば、自分が前向き過ぎるだけなのかもしれないが。
それでも、好きとか惚れたとか、とにかく恋ってのはお互いがあってのものだというのは事実だろう。


「……、……っ…僕は、君が…好き…なんだと思う…多分…きっと…?」

「……後ろに随分余計なのがくっついてるな。しかも疑問形にするな…」


あんまりな切り返しに脱力しながらも、転んだ所為だけではないだろう、赤くなった頬を遠慮なく覆う。
すっかり落ちた夕陽の代わりに、月が顔を出すまではもう少し時間があるだろう。
光なんぞ無くてもいい程、近い所に顔を寄せて相手の顔を覗き込めば、キョロキョロと揺れる目尻ギリギリの所に浮かぶ透明な雫が見えた。


「ぅ、っひゃ?!」

「っ……なんて声出してんだ」

「だっ…っちょ、笑うな馬鹿!」


目元に口づけてその雫を拭いとったその瞬間、奇妙な鳴き声があがり此方も一瞬驚いたが次に湧いたのは笑みでしかなく。
喉をクツクツと鳴らしていると、顔面一杯に男の掌があてられ押しのけられた。


「……ったく、可愛い奴だなお前は」

「っっっ……嬉しくないんだけど…!」


もういいから帰るよ今日家に寄って行けばご飯位は出してあげるからさ、なんて。
さっさと先に進んでいく男の、夕陽に負けず劣らず真っ赤な耳が見えて、やっぱり可愛いじゃねぇか、などと男が怒りそうな事を考えて笑った。

次に好きだと言ったなら、今度は好きだとただ一言が返ってくるのだろうか。





























愛だの恋だの

(で、付き合うって事で良いんだよな?)
(……後悔したって知らないよ?)
(あぁ、お前が後悔しないように頑張るつもりだ)
(だから僕が言ってるのは君が……あーもういいや。気にしない事にする何か疲れたし)











































秋山は色々グチャグチャ考えてて、金剛の事を好きだけどそれがちゃんとした好きなのかとかうまくいったらそれはそれで大変だよなとか。
金剛は考えるより先に気持ちに正直なので、考えてから行動の秋山よりずっと結論を出すのは早いと思う。
ま、何だかんだ言っても結局両想いなんですが(笑)




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