魔法の言葉で虜にして










誕生日おめでとうっていう言葉はね。

「生まれてきてくれてありがとう」って事なんだよ。




嫌いな人や、大事じゃない人にはね。

絶対絶対、嘘でも言えやしない大事な言葉なんだよ。


































子供って生き物は変な所意地っ張りで、でも見栄を張る事は知らなくて、だからこそ素直で、真っ直ぐで、そのクセ大人の嘘には敏感で。
好きな人の家族と触れ合う度に知る子供の特性にドキリとしたりギクリとしたりする。
昔の自分も、あの人にとってはそうだったのだろうか。


(……10年位前、だっけ)








思い出すのは歪んだ視界。
ボロボロボロボロ、目から絶え間なく溢れるものは熱くて熱くて目が溶けてしまうんじゃないかって本気で思う位だった。
衝動なんて難しいものじゃなくて、溜めに溜めていた不満や疑問が一気に押し寄せて、全部を全部ぶちまけたらもう止まらなかったのだ。
自分を呼び止めようとする母の声を何度も背中に受けて、それでも足は止まらずに気づいたら知らない場所で迷子になっていた。
赤い赤い夕焼けに自分の影がのびる。
黒い黒い影は家の形だったり猫の形だったり。
それまで溜め込んでいた、そして吐き出し続ける感情が唐突に引っ込んだのは、知らない場所で一人になってしまったという事だった。
カツン、誰かの足音が聞こえて、肩が震える。
怖くなんかない。だって俺は強いし、俺の母ちゃんだって強いんだ。だから俺は誰にも負けないんだ。
そう、自分に言い聞かせたものの、物凄い速さで落ちて行く夕日に伴ってやってくる暗闇は怖かった。
純粋に振るわれる暴力ではない、形の無いものへの恐怖は、当時の自分にしてみたらそれは不鮮明な相手からいつ振り下ろされるか知れない刃のようだった。


『磊君?』


靴音が何度か響いたかと思ったら、聞き覚えのある声がかけられる。
ビクリ、なんて生易しいものではない程に身体中、毛を逆立てた猫のように震えた。
恐る恐る、それはゆっくりと振り返る。
いつでも逃げられるように、両の手のひらをぎゅうっと握り締めた。
夕日が落ちきる寸前、淀んだ赤い空を背にしたその人は、何度か月美と一緒に遊ぶ時に見た事のある男で。
帽子とお面と、それからいつもお腹が出てて、変な恰好をした男だったけれど、月美や俺には優しかった。
知らない場所に一人で、心細かった俺は一目散に知っている男の脚へ駆け寄って。
どうしたの?
泣いてるの?
お母さんは?
責め立てるものではなく、ひとつひとつ答を得てから繰り出される質問に、涙混じりに答えて行く。
きっと聞き取りづらい上に話の要領なんて全然掴めない子供の声を、それでもその人はひとつひとつに頷いて聞いてくれた。
ほっとしたからか、それともその人が自分に害を加える人間ではないからか、それとも自分の母親とはそこまで親しくないからか、とにかく俺の口は、こんな知らない場所に来ていた元々の発端を話し出す。


『お、れ…今日、誕生日……なのに、母ちゃ……』


俺は、今なら解るけれど、当時は随分と子供で。
年齢通りの、幼い馬鹿な子供で。
365日、いつも一緒に過ごしていた母親と、たったの数時間離れてしまうだけで、自分の存在を否定されたような気がして癇癪を起こしただけだった。
誕生日おめでとうの一言だけで、稼ぎに行ってくるからねと言われて、今日は一緒に居て欲しいと駄々をこねた。
当時は、母ちゃんも俺の境遇や父ちゃんの事とか話せなくて苦しかっただろうに、それでも俺は母ちゃんに隠し事をされているのだとなんとなく気付いてしまっていたから、誕生日という子供にとっては特別な日に一緒には居られないと言われただけで神経が過敏になっていたのだと思う。
母ちゃんは当時10代も後半で、学校に行っていたのかどうかは知らないけれど、どっちにしても子供を一人育てるだなんて大変だった筈なのに、俺にはそれが解らなかった。
ただ、大好きな母親に嫌われているのではないかと、それだけが悲しくて苦しくて堪らなかった。


『……磊君は、お母さんの事好き?』

『好きだよ!好きに決まってるだろ!!』


何でそんな当たり前の事を訊くんだ。
怒鳴り付けると、その人は怒らずに、ごめんね、と笑った。


『じゃ、大丈夫だよ』


お母さんもね、磊君の事が大好きだから。
何でそんな事がお前に解るんだ、とか。
気休めみたいな事言うな、とか。
子供の俺は随分と生意気な事を言ってその人に反発した。今ではちょっと恐ろしい程強気な子供だったのだろう。
それでも、その人が握ってくれた手を、振り払う程意固地でもなかったのが救いだ。
繋いだ掌は、手袋越しでも暖かかった。


『誕生日おめでとう、って言ったんでしょう。それはね、魔法の言葉だから』

『まほう……?』


何だかとても胡散臭い。
繋いでいない方の手で、指を立てて微笑むその人は、立てた指先をステッキを振り回す魔法使いみたいにクルクルと回して見せた。


『誕生日おめでとうって言葉はね、生まれてきてくれてありがとうって意味なんだよ』

『……生まれてきて、ありがとう?』

『そ。磊君が生まれてきてくれて、磊君と出会えて、嬉しいって事』


好きじゃない人には、そんな事言わないでしょう?
繋いだ手のひらは暖かくてその人の言葉も優しくて。
俺はまた涙が出てきた。
大好きな母親を少しでも疑ってしまった事や、我儘を言ってしまった事、今頃家で一人自分を待っているのだろうかとか、いいやきっと探してくれているんだろうなんて思ったら、やっぱりまた涙は止まらなくなってしまう。
それをからかったりしないで、過剰に心配もしないで、その人はもう喋らないまま俺を母ちゃんの所まで送り届けてくれた。
俺を見るなり駆け寄って、抱き締めてくれた母ちゃんは震えていて、俺はごめんなさいと謝るしかなくて。
母ちゃんがその人に御礼を言ったその時も、俺は母ちゃんしか見ていなくて。


『じゃあね、磊君。誕生日おめでとう』


その時その人がどんな顔をして言ってくれたのか、見れなかった自分を、今は可哀想に思う。










「磊君」


そんな所で何してるの、と俺を呼ぶあの人に意識を戻した。
思い出に浸るなんて、ガラじゃない。


「何でもないよ、優兄ちゃん」

「もう。主役が居なくなったら駄目でしょう」

「ごめんごめん」


仕方がないんだから、なんて口では言っても笑って許してくれるって知ってるから。
急かされるまま、別室で行われているドンチャン騒ぎを耳にして笑ってしまいそうになる。
流石に高校生になった今でも祝って貰えるとは思ってもみなかったけれど、父ちゃんと母ちゃんと、それから金剛の兄ちゃんや、昔馴染みの兄ちゃんや姉ちゃんや月美が揃っての誕生日会を嫌だと思う訳もない。


「…何か、随分にぎやかみたいだけど」

「あァ、いつの間にかお酒入っちゃったみたいで。念仏番長が裸踊り始めた所だよ」

「……あんまり見たくない」

「はは、大丈夫大丈夫。その内君のお母さんがストップかけるだろうし……何?いい事あった?」


他愛ない言葉を交わして、深まる笑みを見咎めたその人の言葉に、どう答えようかなんて考えるまでもない。
幸せだなぁ、と思って。なんて自分的にはそれはもう生真面目に返すと、それは良かったと笑顔で返された。
反応はそれだけかという不満が顔に出たのだろうか。
次の瞬間、頬に触れた柔らかい感触と、ついさっきよりもずっと近い距離にその人の顔がある。






「誕生日、おめでとう。磊君」






綺麗な綺麗な、その人の。

優しくて穏やかで、愛しい、笑顔。






「―――ありがと、優兄ちゃん」






一年分、損をした昔の俺に、同情と僅かな優越感を抱いて、また笑うしかなかった。




































魔法の言葉で虜にして

(秋山、救急車呼んでくれるか)
(えー。念仏番長が心不全でも起こした?)
(いや、念仏番長に対抗してサソリ番長が脱いでな。居合番長が鼻血を吹いて出血多量に……)
(……誰?彼女にもお酒飲ませたの(呆))














































本誌の方でサソリの姉御と磊君の取扱方針がはっきりする前に書いてしまおうと思い急ぎ書きました…ゼハゼハ
原作の話が済んで、最後の最後に磊君には諸々の事情を知って頂きたいなぁ、なんて夢見てますはい。
秋山は……暗黒の海もそうだけど、ちょっとポエマーだから子供相手にはその辺りを遺憾なく発揮して頂きたいですね。




あきゅろす。
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