朝の風景









非現実な事象に満たされていく日々の中。

時にはこのような日があってもいいのではないかとも思う。



ただ、思うだけであって、実際にそれが現実的であるかどうか、などという事は。

考えるだけ無駄な事でもあるのだが。





























寝つきは悪いが、眠りは深い方であると思っている。
眠りにつくまでは夏は暑さで寝苦しく、冬は寒さで寝返りを何度も打っては忙しないが、一度眠れば殺気を向けられぬ以上は、朝まで眠る事が容易だった。
悪い言い方をするならば、寝覚めは著しく悪いので寝汚いとも言える。
ただ近頃は、何気なく動かした腕にシーツに温もりが感じられる時は半ば眠りながら様子を見ているのだ。
しかし、温もりが失せてしまっていた時は自分でも驚く位目覚めが良かった。
今日もその例に洩れず、自分以外の温もりが感じられないシーツを爪の先で引っ掻き不快から眉が顰められる。


(……道理で寒いと思った)


眠る時に身を潜らせた毛布を手繰り寄せ、改めて肩を埋める。
別段他人の体温が愛おしいなどという理由ではない。
ただ単に寒いだけだ。
毛布に埋もれると自身の熱が籠り、安堵から嘆息が零れるのはほぼ無意識である。
さてもう一眠り、と改めて寝直そうとしたその瞬間、鼻先を何かぬめったものが舐めてきた。


「……?」


一体何だと再び重くなってきていた瞼をどうにか押し上げると、そこには白い犬。
いや、大きさから言えばまだまだ子供だろうか。
ピスピスと鼻を鳴らし、マヌケにもベロを垂らしてハッハッ、と息をするその子犬には、見憶えなど全くない。
今はベッドに居ない男の飼い犬かとも思えたが、何度か訪れているあの男の家には、意外とも言えようか、これまで動物の姿かたちを目にした事はなかった。


「…………」


ピスピス、ピスピス、鼻先が楽しそうに鳴っている。
その目が遊んでくれと潤んでいるように思えたが、生憎と知らない獣を相手にする程暇ではないのだ。
無視して寝直そうとする……のだが、その都度「構え構え」とばかりに舐められたり前足を押しつけられたりと妨害を受ける。
いっそ斬ってやろうかと思ったが愛刀は今傍には無かった。
寝室には持ち込むな等とよく解らない説法を受けた結果、寝室の外、ドア横に立て掛けられている愛刀を酷く恋しがった。
寝首を掻く気なら閨事に持ち込まずともとっくにしているというのに、あの男は何を気にしているのかと今更ながらに今は何処ぞへ行っている男を逆恨んだりもしてみるが、それは問題の解決にはならないのだ。


「……あぁ、解った。解ったから止してくれ」


もしもこの犬があの男の飼い犬だとすれば、無下に…というか、殺してしまったりした場合はとても煩いだろう事は考えるまでもなく明らかだった。
小さな欠伸を零しながら腕をついて上半身を起こす。
恨めしさからジロリと睨んでみるが、子犬は鈍感なのか馬鹿なのか嬉しそうに小さな尻尾を振っているのであった。

















浴室から出ると、早朝独特の清廉とした空気が肌を撫でる。
近頃は随分と暖かい陽気になってきたが、風呂上がりとなればやはり肌寒さがあった。
適当に髪を拭きながら、冷蔵庫の中を確認する。
男だけでの暮らしであるのだから、冷蔵庫の中身は少々侘しいのが定石だった。
朝食は大抵自分が用意するのだが、その前に今は未だ眠っているだろう相手を起こさねばならない。
放っておくといつまでも眠っているあの男は、しかし放っておくとそれはそれは臍を曲げるのだ。
気が利かないだとか、馬鹿犬、だとか、学習したまえ、だとか…まぁ、考えるだけでも頭にきそうなので考えないようにしておく。
ペタリペタリと水気を含んだ自分の足音を耳にしながら寝室に足を向けると、ドア横に立て掛けてある例の男の愛刀が大いに存在を主張していた。
寝室に持ち込むなと口うるさく言った結果、こうなったのだが、あの男はそれでも不服そうだったのを覚えている。
今更寝首を掻かれるとも思っていないが、普段から高慢ちきなあの男をいいようにできて気分が高揚していても視界に武器が入るとすぐに萎えてしまうのだ。
男と二人での性交渉に、気分の高揚も何も色気の要るような事は無いのだが萎えて使い物にならなくなっては困る。
下手に触れるとそれはそれで不機嫌になると解っているので、間違っても触れぬように気をつけながらドアを開けた。


「…………何、してるんだ」

「…………見て解らんのかね」


訝しむ言葉に、返ってきたのはややも楽しげな声。
ベッドの上。
明らかに寝起きと言わんばかりに寝ぼけ目の男。
その手にはどこから出したのか猫じゃらし。
そしてその猫じゃらしをそれは楽しそうに追いかけている子犬。
なんともシュールな光景は、予想もしていなかったそれであり、一瞬頭の中が状況の把握の為に物凄い速さで回転した。


「……起きてると思わなかったんだが」

「小生もよもや君以外の犬に起こされるとは思っていなかった」


猫じゃらしにじゃれている子犬は、昨夜遅くに家の前に捨てられていたそれで、この男がやってきた時には風呂を済ませた後だったからかすっかり静かに寝入っていたのでその存在を知る筈もないと思っていたが。
いいやもしくは、当の子犬が寝る用に作った箱から目覚めた途端飛び出して男にじゃれついたのかもしれない。
起こされたと言うのだから、おそらくは後者の方が可能性は高いだろう。
なんという恐ろしい事をと思いつつ、猫じゃらしにじゃれるだなんて犬として頭の悪そうな事をしているあたり子犬は鈍感なのか馬鹿なのか。
そもそも男が大人しく子犬の相手をしているあたりからして既に驚くべき事である。


「……で?」

「……で?ってのは何だ」


首を傾げてみせた男は、此方も同じようにして返すとそれはそれは楽しげに口角を上げた。
あぁ、人の悪い笑みをよくもまぁ朝っぱらからできるもんだと見当違いな感心をしたのもつかの間。


「……何処の雌犬と仲良くした結果だい?」


などと、あんまりにもあんまりな発言には、頭の中がカァっと熱くなってしまった。
普段から駄犬やら馬鹿犬やらと人を犬扱いしくれやがる男の発言にしては順当と言えようが、しかし自分は何度も犬ではないと言っているのにどうして改めようとしないのか。
失礼にも程がある。


「…お前は、どうしても俺を犬扱いしたいようだな」

「事実犬ではないのかね。それにこの子犬は、君そっくりではないか……馬鹿な所が」


しれっと言うな、しれっと。
さりげなく馬鹿ってのを強調しただろ今。
こめかみが引き攣るのが解る。
しかしここで朝っぱらから血圧をあげる必要もないだろうと己を宥めつつ、改めてベッドの上の異様な光景を見る事にした。
拾い主である自分には全く見向きもせず、子犬は男の動かす猫じゃらしを必死に追いかけている。
時折猫じゃらしの先が子犬の首を撫でるのは、男の殺意かそれとも遊び心か(前者だとしたら相当薄ら寒い事柄である)
男の目が段々と常の光を取り戻していけば、子犬に合わさった焦点は何故か楽しげなものに変わっていく。
やがてふわりふわりと揺れる猫じゃらしに惑わされ、男の膝上に子犬が突っ込んでも、男は不愉快になる事もなくあろう事かその頭を手のひらで撫で出したのだ。
子犬は気持ちよさそうに鼻先をピスピスと鳴らしている。


「…………おい」

「何だね」

「…………」

「……?」


ベッドサイドに歩み寄り、その小さな動物を拾い上げれば、気持ち良さそうにしていた子犬が抗議するように喉を鳴らした。
男は突然何をするのかと言わんばかりに常の透き通った…と言えば聞こえはいいが、何を考えているのか解らない目で真っ直ぐに見上げている。
何だか…とにかく……気に食わない。
男の寝巻きを引き、無防備になった顎先に噛み付く。
声をあげるでもなく、男はやはり何も解っていない顔で不思議そうに瞬いただけだった。


「…………朝飯は今日こそパンだからな」

「白飯でないなら食べないだけなのだから構わんよ」

「…………白飯にしてやるから食え」


何の気なしに呟いた言葉に対しては、こんなにも辛辣な反応を見せるクセに。
全くもって、解らない男だ。


































朝の風景

(で、其の犬は如何する心算なんだね?)
(……まぁ、貰い手がつくまでは此処で飼うかもな)




























ヘロやんから貰ったネタですv
■わんこ番長さんが子犬拾って来てて、それ見た憲兵さんが「…どこの雌犬と仲良くした結果だい??」って言う
あと■子犬を差し出されてキョトンとする憲兵さん→すり寄って来られて困惑する
とか■子犬に近づこうとして唸られる憲兵さん→面白くなさそうにわんこと子犬がくっついてるのを見てる
とか、色々いい案戴いた割にそれ通りにできないこの未熟さ……!(泣)




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