愛すべき忠犬












『付き合うからって成績これ以上落とされたら堪らないから、全教科80点代、次の期末でとれたらお付き合い考えてあげる』


条件付きでの交際、なんて、ちょっと聞こえが悪いかもしれないけど、そう簡単に実らせるのもつまらない。






「幸太から聞いたんだけど、英語、本当は70点だったんだって?」




だからほんの少し、意地悪したって良いでしょう?

























「何でそれをっ…あ!」


反射的に飛び出した本音を押さえ込むように口を隠す…ある意味ベタで、そしてバレバレの反応にこれでもかと笑みを向けて見せる。
父親譲りの鋭い眼は、パニック状態にでも陥っているのか落ち着きがなくあっちへ泳いだりこっちへ泳いだりと忙しなかった。
机上に並べられたテスト用紙はどれも80点代を越えていて、頑張った事がよく解る。
先日見たテスト、あれはあんまりだったので、余計に彼の努力が健気に思えた。
けれども、目の前で落ち着かない彼とメールのやり取りをしている弟から聞いた話だと、英語だけは70点代で事情を説明し再試させて貰ったのだと言うのだからそれはそれで由々しき事態だろう。
学校という場所は、本来なら学問を学び、そして他者とのコミュニケーション・スキルを磨き、ゆくゆくは自己意識の確立を促す所である。だから学んだ成果をテストで数字化し、優劣をつけ競争心を煽ったりするのだし、年次毎にクラスの編成が行われるのだ。
話を戻すと、とどのつまり自らの出した条件で再試が敢行されるなどという事は、本来ならありえない事であり、そしてありえてはいけない事なのである。
結果的に言うなら、条件を出した自分も悪い。しかしそれを理由に教育の理をひん曲げた彼をもろ手をあげ褒め称えるかと言えばそれはまた別の話なのだ。


「…70点、だったんだって?磊君」

「っっっ……!」


ぶわぁっと吹き出した汗と、あまりの顔色の悪さからして最悪の事態を考えているのだろうが、今回ばかりはフォローもしてやらない。
勘違いしたまま暫く反省していれば良いのだ、なんて意地の悪い事を考える。
この青年に対してこのような対処をするのは、先日告白された時が初めてであり、それまでは家族の弟妹達と同じように、誠心誠意を籠めた愛情と厳しさだけを与えていたつもりだ。
しかし彼自身が、庇護対象にしてくれるなと言ったから。
彼の父親にするように、対等な、一人の男として見てくれと言ったから。


(……まァ、何だかんだ言っても、甘いんだけどねぇ)


この子は解っていないかもしれないが、この意地悪が対等に扱う第一歩なのである。
つまり彼の望みを、自分は見事なまでに潔く承諾してしまっているのだった。
幸太から聞いた所によれば、英語以外はきちんと80点以上をとったという事なのだから、多少は大目に見てやっても良いのではないかと思わない訳でもない…訳でもないのだが、力関係、というか、これから先手綱の加減をするには、やはり付き合い始めが肝心とも思えてしまう訳で。


「ゆ、ゆうにいちゃっ…」


あァ、目が合ってしまった。
今にも泣きそうに目を潤ませて、此方を見上げる彼の姿には、垂れた耳と尻尾が見えそうな錯覚を引き起こす。
ソファーに腰掛け腕を組み見下ろす自分と、床に直で正座して此方を見上げる年下の大男。
状況を省みると、何ともシュールな光景になっているのではないだろうか。
いや、悪ガキを叱る保護者ならまだしも、年下の子供を苛めているように見えたら、それはそれで何だかショックだ。とは言え今この時、この部屋には自分と彼しか居ないのだけれども。


「………………はぁ」

「っ…ご、ごめっ」

「あァ、うん。もう良いよ」


溜息を落胆として受け取ったらしい彼は、宥める為に自らが口にした『もう良い』という言葉すら悪い方へとってしまったようで、いよいよパニックが極まったのか僕の膝にタックルしてきたかと思えば、その太い腕を腰に巻き付ける。


「……えーっと、磊君?」

「っ……!」


途切れ途切れではあれど微かに聞こえてくるのは子供らしい簡単な謝罪。
ごめんなさい。
もっと頑張るから。
ごめんなさい。
ごめんなさい。


(……不倫相手を捨てる男みたいなポジションだなァ)


先程の想像よりもずっと嫌な役割には、もはや苦い笑みしか浮かばない。
最近、この子を泣かせてばかりな気がする。
更に言うなら、僕はこの子に泣かれると自分は弱かったりする。


(……甘やかすつもりもないんだけど、ね)


ポンポン、優しく後頭部を撫でてやる。
ついでにこれでもかって位穏やかな声で彼の名を呼べば、恐る恐るではあれど顔をあげた。
真っ赤に充血した目に溜まった涙は大粒。
鼻水まで垂らして、嫌わないでと全身で訴えてくる姿はまるで何年も昔に遡ったように幼かった。
それでもやはり昔と違って逞しくなった頬を両の掌で包み込み、上体を屈めてその額に唇を落とす。
ちゅ、と可愛らしい音がして、青年の目が見開かれれば雫がボロリとひとつ、流れた。


「……頑張ったのは、ちゃーんと解ってるよ?」

「っ……う、うんっ」

「でも、学校の先生とか、クラスの子とかに、迷惑をかけたのは解るよね?」

「……うん」

「解ってるならいいんだ…僕も変な条件出しちゃってごめんね?」


もう一度、額に口づける。
膝の上にかかる重みと体温が、腰に巻き付けた腕に籠められる力と共に密着して、彼はさながら犬が鼻先を擦り付け懐くように顔を擦り付けてきた。
安心しきった姿を見ていると、某動物王国を取り仕切る老人のようにワシワシと撫でてやりたくなる。
が、残念ながら、というと何やら誤解を招くかもしれないが、相手は犬でなくれっきとした人間であるのだからそれは無理な話だった。


(……忠犬ライ公…なんてね)


実際、この青年に犬の耳と尻尾があったとしてもそんなに違和感が無いな、などと思っている事実が笑えて仕方がない。


こんな事を考えているだなんて知ったら、きっと赤くなりながら反論するんだろうけれど。


そんな姿もきっと可愛くて仕方がないんだろうな、だなんて考えてる自分の思考回路はもう修正する気も起きやしないのだった。
































愛すべき忠犬

(………今、何か変な事考えなかった?優兄ちゃん)
(ん?いや…そう。磊君の家に挨拶とか行かなきゃなぁと思ってさ(変なトコ鋭いのは一族譲りなんだなァ))
(……挨拶………………………)
(…………磊君?)
((お嬢さんを俺にください!みたいな…!?))
(もしもーし、磊君?)
(絶対に幸せにするからね優兄ちゃん!!)
(ぇ?ぁ、あ、うん…?)

















































ネタは割と前からあったのにすっかり腐らせていた磊×秋です。
飼い主とワンコな関係は続いて行くと思います(真顔で何を言うか)




あきゅろす。
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