塞ぎ、縛り、逃がさない










其の言葉に塞がれた。

其の行為に縛られた。



ならば其の好意は、さながら逃がさぬ為の檻なのだろうかと。































(人の行う事で、最も優しく、最も残酷である行為は何であるのか)


不意に湧いた疑問は、そのまま口にした所で満足のいく回答が出るとも思えなかったので表には出さぬまま。
真向かいに座りなんにも面白い事なんかないと言わんばかりにむすっとした顔で居る男をこっそり盗み見ながら考える。


(…暴力、とは少々違うか)


暴力は時に優しいかもしれない、けれどそこに残酷な事など何もない。
暴力は力で暴く事、武力を行使する事、ただそれだけの事である。
それらを残酷と称すのは人の理性が引き起こす恐怖であり、恐怖はしかしただの理性であるからして優しさとは少々意をはき違えてしまうだろう。
ならば結局の所、暴力には優しさも残酷性もない。


(人を傷つける事は、暴力に似て異なるが)


傷つける、という言葉一つにした所で、それは多分に諸々の意味が籠められているに違いなかった。
身体的な傷と、精神的な傷は少々、というか大分違ったものであり、その二つを同時に当て嵌める事を『心的外傷』や『外傷体験』といい、せめて聞こえだけでも軽くしようと人が『トラウマ』という言葉に置き換えた。
遠い昔、共に過ごした弟弟子には、そのような事をしてしまったが、罪悪感を抱いていないのだから償い以前の問題だった。いや、それよりももっと以前の問題なのかもしれない。
とにかく、身体的な傷も精神的な傷も結果的には同じ、同一のものとして共有された意味があるという事なのだが、しかしそれは傷でしかなく、そして傷であるからこそ優しさや残酷性という要素は加わらないように思えた。
けれどもそれはつまり、暴力と異なる事を指し示す。


(……優しさ、から考えるのであれば)


「……君は何をもって他者を優しいと称すのかね?」

「……………あぁ?誰かの為に何かをしてやれる奴…とか、」


何だ突然何を言い出すんだ、などという無駄な問答は仕掛けず、必死に絞り出している答は彼の中では未だ答えている最中なのだろう。
歯切れの悪いもの言いがそれを顕著に示していて、余計な口を挟む事はなく続きを待つ。
己の疑問に対する答が、己とは違った観点からの答が、そしてそれを待つ時間に、何の苦があろうか。
むしろ己の胸中は面白いと愉悦に浸り、鐘を打ち鳴らさんばかりに踊っているのだ。


「……そんなのじゃないのか?」

「何だ、それで終わりなのかい」


つまらんねぇ、としみじみ呟く。
心からの言葉である。
期待していただけに、それ相応の答がない事に落胆をするなという方が無茶というものだ。


(誰かの為に何かを……ふむ、一理はあるのだが)


自分が欲しているのは具体例。
誰かの為に何かを、その何かというものの正体。
曖昧に不鮮明に、見えないものの正体を明らかに鮮やかにして欲しい。
それこそ優しさではなかろうか。
あぁいや、優しさの意味する所すら本当に解している訳ではないのだろうけれども。
それでも求めた分だけ与えられれば、また息をして歩いて斬って笑って生きていけるだろうに。


(……待て待て、落ち着け。そうなると、)


自身は男に与えられる事を待ち望んでいるようなものではないのだろうか。
違う。決してそのような、怠惰な感情ではない。
だがしかし、男から答を得る事ばかり考えている以上は、自分の中に在る男は結構な割合で居座っているようでもあった。
けれどそれを是と認めるのは、何故だか物凄く納得がいかない。
いいやこれは不愉快と言うに相応しい。


「…………何だね、気色の悪い」

「……ん?いや…」


仮にもつまらないと批判されたというのに、男の顔は僅かにやけているように見える。
思い出し笑いだと言ったら、助平めと誹ってやろうかと悪戯小僧のような事を考えていたら、自分よりも大きな身体がのっそり動き陰となって迫ってきた。
机ひとつを挟んだ向こう側、卓上に肘をついた其れは首を伸ばすようにして顔を突き付けてくると、唇の表面をカサついたものが掠める。
手入れなどというものに何の興味も抱かない男の事だから、おそらく乾燥してしまっているのだろう事は解っていたが、久しく触れ合わせた唇には不覚にも人の肌や温度に安堵したような息が零れてしまう。


「考え事をしている時のお前は俺の事が眼中にないんだなと思っただけだ」

「……それにしては随分と機嫌が良さそうではないのかね」

「考え事をしている時のお前は嘘みたいに無防備だからな」


手の出しがいがあっていい、などと笑う男に胸中の奥底に、不愉快とも不快ともどちらにもなりきれない何かが沈殿していく。
あぁ、嫌だ嫌だ、これだから俗物はいけないのだ。
そんな事を言われては、おちおち考え事もしてられやしないではないか。
言わないでおけばいいものを。
言わなければ自分はきっと思案に浸っていたものを。
なんとも馬鹿正直。
なんとも素直。
正直で在る事や素直さは美点か?
いや愚かしさの証ではないのか?


「…………まぁ、悪くはないがね」

「……何だ、珍しく素直だな」

「ただ単に、君がしたいのなら構わんという話だ」

「…嫌になる位口が旨いのはともかく。して欲しいっていうなら続けるが?」

「おやおや、君。意地を張らずに素直に欲しいと言いたまえよ」


招くまでもない。
ギラついた眼を隠しもしない男に倣った訳ではないが自身も頬がつり上がるのを隠そうとは思わなかった。


(あぁ、成程成程。之こそが)


相手の為と称して、しかし内訳を晒してしまえば凡そ自身の為というその行為こそ。
優しくもあり、残酷でもある、その『好意』と『行為』こそ。





重なった唇に喉を鳴らす。

獣と獣の貪り合い。
其れは人であり人で非ず。


そのまま、其の口で塞いでいてくれたまえ。
そのまま、其の腕で縛り付けてくれたまえ。



そのまま、自身を逃がさないでくれたまえ。



其れが君の為であり、そして小生の為であるのだと。

そんな、優しくて残酷で、そしてほんの僅かな幸福絵図を、想い描けば。

やはり幾許もしない内にして、唇は離れてしまい抱擁は解かれてしまい逃げ道はいつだって用意されてしまうのだけれども。


(……まぁ、それでも構わないがね)


離れたのなら塞いでしまえば良い。

解かれたなら縛ってしまえば良い。

逃げ道など断切ってしまえば良い。


(人間とは斯くも愚かしい生き物であるのだから)


逃げれられないのは、

檻に囲われているのは、


さてはて一体どちらなのだろうか。





























塞ぎ、縛り、逃がさない

(……今日は随分と積極的だな)
(君が嫌だと言うのならいつでも止めて差し上げるがさて如何するのかね?)
(馬鹿を言うな。折角の機会だからな。おめおめ逃す程俺は優しくない)
(…………さて、それはどうだろう)
(?)
(いいや何も。何もないさ。早く続きをしておくれよ)










































何を言いたいのか本気で解らなくなりました(ぶっちゃけたいきなり…!)
すいませんとしか言えない…あれー、ワンコと憲兵をイチャイチャさせたかったのになぁ…(どこがイチャイチャ?)
馬鹿みたいに甘いのだと、キャラ崩壊だから、加減が難しい(汗)
でもこん位薄暗いのが憲兵らしいような気がしなくもないですとか言い訳ですごめんなさいちょっと沈んできますorz




あきゅろす。
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