君の幸せの為と










オンナノコは良いよね。

好きで好きで堪らない人に、好きって言えるんだから。

好きで好きで堪らない人に、何の躊躇いも、障害も無く、好きと言えたらどんなに幸せなんだろうね。


























「あ」


間抜けな事に、机の中に携帯を忘れたと気付いたのは校門を出た瞬間だった。
わざわざ教室まで戻るのは面倒だと思ったが、放置して他人に持っていかれたら尚面倒臭い(ロックはかけてあるから中を見られる心配は無いけれど)ので仕方無く他の番長達を見送る形で教室へ戻る事にした。


「遅刻するなよ」

「解ってるよ。じゃあ後で」


雷鳴高校の近くにある神社では、昨日から二日間に渡ってお祭りをやっているらしく。誰が発案したのかお馴染みのメンバーで行く事になっていた。
下校時間の今からでは、直接行くにも早すぎるので七時に鳥居に集合する事になっている(何でも女の子は浴衣着用との事だがさて自分は帽子やマスクをどうしたものか。流石にあれで祭に行くのも悪目立ちするしなァ…)
金剛の忠告に手をヒラヒラと振って答える。
全く、過保護な恋人だ。










放課後の時間帯は大抵が部活や委員会に勤しむか帰路についている為教室が並ぶ廊下はシンとしている。
特に待たせている人間が居る訳でなし、ノンビリと歩けば自分の足音も僅かにしか聞こえない。


「言っちゃいなよぉ」

「ぇー…」


ふと、近付くにつれ話し声が聞こえてきた。
聞いた感じは女子生徒。
話していたら放課後になってしまったのか楽しそうな声がはっきりと聞こえてくる。

隣のクラスの山田がカッコいいだとか田中君が可愛いだとか。おおよそ女子高生らしい話題だ。
興味が無いのでスルーしようとした時、好きな人・気になる人…という話になって居合番長の名前が出た。


「桐雨君って滅茶苦茶カッコいいよね」

「意外と来音寺君とかさー。好きかもー」

「ぇ、マジでー?」


自分と金剛の名前が出ない事にホッと息をつく。別に好かれたいとも思っていないし、好かれても面倒なだけだ。
それに金剛の事だって、実は隠れファンが多い事は知っているので内心不安だった。
金剛は初見の、特に異性からはあまりウケが良くない。
体格が規格外な事と、顔付きが野獣のように鋭い事が主な要因だ。
しかし、彼はこの雷鳴高校にやって来た際、理事長の息子を完膚無きまでに圧倒した。
その所為で、と言えば語弊はあるかもしれないが、それを目撃したクラスメイトの中でも世の軟弱な男に飽いた女子や未だに硬派を理想とする乙女など一部の人間から絶大な支持を得た。
別に隠しているつもりも無いが自分と金剛との付き合いは一部の人間を除いて公認ではない。
同性間の交遊は未だに風当たりがきついし、わざわざ周りの人間から奇異の目で見られたいとは思わないのが普通だろう。


「私は…えっと、内緒よ?」


しかし。


「金剛番長なの」


公認ではない付き合いはこういう時に困る。
大抵の場合、想い人に恋人が居れば諦める者は多い。だが自分と金剛の関係は極一部の人間しか知らないから金剛を好きな子はずっと諦めない。諦める切っ掛けが無いのだから当然だ。


「ぇ!ホントに?」

「うん」


話に夢中なのか、女生徒達は開けっ放しの教室の前を通り過ぎた人間にさえ無頓着だ。
頷いたのは、見覚えのある女子だった。髪にウェーブをかけている…確か陽奈子ちゃんの友達。
結構可愛い子だと思う。生憎僕の好みではないけど。


「よし、告白しちゃえー!」

「ぇー」


無責任な煽りに満更でもなさそうな声があがる。どうでも良いけれど最近の女子高生は声が大き過ぎやしないだろうか?隣接した教室の中まで聞こえてくる。


「……」


ムシャクシャしてきた。
あァ、嫌だな。早く帰ろう。
誰にも持っていかれなかったらしい自分の携帯電話を机の中から素早く取り出し、来た時とは逆の階段に向かう。


「そういえば、今日陽奈子が番長達とお祭行くって言ってたわよね!」

「あ、じゃあ陽奈子に頼んでお祭り一緒に行こうよ!私も桐雨君と回りたいし!」


最近の女子高生は声が大きいだけでなく大胆らしい。
計画の一端を聞いてしまった手前、心穏やかではいられないが、その行動力には感服してしまうしかないだろう。
それに、選ぶのは金剛だ。
確かに自分は恋人ではあるがただそれだけの話。
付き合う人間は本人が決めるのだって、当然の事だから。

だから、自分には何もできやしないんだ。












七時二分前に鳥居へ辿り着くと、もう既に大体のメンバーが揃っていた。
結局帽子とマスクは外して、フード付きの半袖パーカーを着てきた自分に、反応はまぁ様々だ。
俯いていれば、フードが顔を隠してくれるので暫くは首が痛いが、今更素顔を晒すのも、やはり今更なのだ。
いつものメンバーに加えて、陽奈子ちゃんのお友達数人。
あァ、本当に来たのかと嫉妬よりも感心が先立つ。
女の子は凄いなぁ、なんて他人事に考えている自分が少し情けない気もした。

「おい」

「ん?」

「はぐれるなよ」

「…君は僕を何歳だと思ってるのかな?」


言葉が足らない彼には、もう慣れた。つまりは一緒に祭りを回ろうと言いたいのだ。
いくら皆一緒だとしても、途中別行動になるのは人数の多さからして明らかである。
自分だっていつまでもフードを被っている訳にもいかないから、一人になったらとろうとは思っていた。
まぁ、金剛なら見られた所で支障は無いけど。
良いよ、解った。と返そうとした時、彼女が動いた。


「こ、金剛番長、あのっ、よよ、良かったら一緒にお祭り回りませんかっ?」


ウェーブのかかった髪を後ろで纏めたおかげで華奢で白い項が浴衣の隙間から覗いている。
派手過ぎず、しかし地味過ぎないナチュラルな化粧。
淡いグロスが唇を可愛らしく彩る。
極めつけは、下品ではない、はにかむような微笑。
オンナノコを生かした完璧な装備だ。


「…悪いが、」

「良いんじゃない。たまには女の子と遊ぶのも」


大男と可憐な少女…なかなか絵になっている。
自分と彼とじゃ、こうはいかないだろう。


「おい、」

「お祭りだってすぐに終わる訳じゃないし。一時間位したらまた此処で。じゃあね」


おい、と。
もう一度金剛が言ったけれど手を振るだけで歩みは止めないまま。
指をくわえて見ているだけなんてできないから、これが精一杯の譲歩だ。
元々、お互いに男じゃなきゃ駄目な訳じゃない。選択権があれば金剛は彼女を選ぶかもしれない。


「…何してるんだか」


自分で自分の首を絞めている自覚は嫌になる位ある。
それでもやはり、同性というのは結構な壁だ。
誰にだって受け入れられる訳ではないし、外で手を繋いだり抱き合ったりはできない。それは今の年頃の高校男子なら夢見る事だろうし…例え彼が一般的な高校男子から逸脱しているとしても、だ。


(…お祭り、なんて気分じゃなくなっちゃったなァ)


人の波を抜けて境内の奥にある社に落ち着く。
境内にも夜店がいくつか出ているのだが、わざわざお詣りに来る人間も居ないようだ。薄暗い上に人気も全く無い。
一時間も此処で過ごすのは億劫だが、夜店を回っている間にあの二人と鉢合わせたりするのも嫌だ。


(…あァ、嫌だ嫌だ)


嫌だな、と何度も反芻しては溜息をつく。
今頃二人はどうしてるのやら…金剛は女・子供には優しいから何だかんだと付き合ってるだろう。
自分で送り出したクセに、ダラダラと未練がましい思考に浸りかけて頭を振る。


(考えない考えない…)


考えないようにと言い聞かせている時点で考えている事になっていると解っていても。
何か他の事を、と思っていたら境内の方から人影がやってくる。お詣りだろうか、だとしたら居座るのも悪いかと考えて腰を上げかけ、留まる。


「…何、迷子?」


ゆっくりとした足取りでも、重厚な気配で解った。やって来た人影は、金剛晄だと。
意図せずして嫌味が零れたのは、きっと内心動揺しているからだと冷静に分析する自分が居る。


「…こっちに行くのが見えたから来ただけだ」

「……ふーん」

「自分で言ったクセに、何故こんな所に居るんだ?」

「…時間潰そうと思ってね。なんとなく此処に来た」


どんなつもりでこんなやりとりをしているのだろう。
彼女は何処へ置いてきたのか…もしくは、待たせているだけなのか。


「…何か怒っているだろう」

「…何でそう思うの」

「なんとなくだ」

「……ふーん」


怒っては、いないと思う。
ただ状況について行けなくて頭が軽くパニックに陥っているだけで。
えぇっと、何から訊くべきだろうか。


「…どうだった?」

「何がだ?」


あァ、全く。鈍感な男はこれだから嫌なんだ。


「陽奈子ちゃんの、お友達。君に気があるんだよ」

「……それで?」

「…むかつく位鈍感だよね、君って。知ってたけど」


馬鹿馬鹿しい。
人の気も知らないで。
あァ、嫌だな、嫌だ嫌だ。


「…置いてきちゃった訳?」

「知るか。お前を追いかける事しか考えてなかったからな…今頃は陽奈子と一緒に居るんじゃねぇか?」


女の子の気持ちも解らないから、そんな事が言えるのだろうけれど。
恋する女の子は、意外と執念深いって知らないのかな?
あァ、本当に世話の焼ける。


「…ね、キスしない?」

「……此処でか?」

「うん、そう」


ニコリと笑いかける。
金剛が、意外とこの顔に甘いと知っていてついでに小首を傾げてみせたりして。


「嫌なら良いけど?」

「…嫌なんて言ったか?」


どことなく挑発的に笑って、金剛の顔が近づく。
陰影は更に濃くなり、境界を見失ったかのように触れ合わせて。




パキ、


僅かに小枝を折ったような、踏んだような音がして、金剛が振り返ろうとするのを首に腕を回して留める。
金剛の大きな身体に隠れて、自分の姿は見えない筈だ。
首に回した腕は身長差のおかげで向かい側からは肘までがぎりぎり見えるか見えないか位。この暗さならそれが男のものなんて誰も考え付かないだろう。


(…ごめんね、やっぱり諦められないみたいだ)


それは、彼と彼女の、どちらに対しての言葉か。


少し。
ほんの少しだけ譲ろうかと思ったのだけど。


でも、やっぱり、手放せないみたいだから。


「んっ……金剛、」


彼にしか聞こえないように、囁き混じりの呼び掛け。
応えるように、彼は声を抑える事もなくたった一言。


「好きだ」






カラカラと慌ただしい下駄の音が遠退いて、ふっと沸いた少しの罪悪感は見ないフリをした。









君の幸せの為と

((できないクセに何度も君から離れようとして))












何かこう…昼ドラ見たら思い付いたんですようん(逃)



あきゅろす。
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