無音の夜泣き










私の上に降る雪は
真綿のやうでありました


私の上に降る雪は
霙のやうでありました


私の上に降る雪は
霰のやうに散りました


私の上に降る雪は
雹であるかと思はれた


私の上に降る雪は
ひどい吹雪とみえました


私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……












































月すら雲に隠れ、光の射さない空を曇り硝子の向こうに見留めて、吐いた息は寒さに震える身体と同じ、冷え切った空気に収縮され白く姿を現す。
普段ならば糊の利いた触り心地のいい布地も、人肌に触れず、冷えた空気に晒されていた表面部分は嫌になる位冷たくなっている。
曇り硝子では大して外の状況も図れぬと思ったが、見てみれば何かがちらほらと降っているようだった。
陰となり降り落ちて行くものの速度は雨よりもずっと遅く、そして柔らかで。
其れが雪である事は考えるよりも先に解ってしまい、成程と得心するよりも、何故今夜、いや、目覚めてしまった時になって降るのかと些か恨めしい気持ちになってしまう。
自然とひそめられた眉も放って、布団の中に在っても温まる事無く冷えて麻痺した足先を擦り合わせどうにか温めようと試みるが、火元も何も無いこの場ではどうにも効果がない。
だというのに、隣に並べた敷布団で眠る男は、反対側を向いているので後頭部だけで、顔は見えずとも、身動ぎどころか溜息らしきものも吐かないのだから、おそらくは寒さなど取るに足らぬと惰眠を貪っているのだろう。
全く、不愉快この上ない。


「……」


湧きあがった理不尽さに耐えかねて、ペラリと布団を捲ってやる。
冷気が入り込んだ事で、身体が自然と縮こまったのかもぞもぞと動く足先は傍目にしてとても温かそうだ。
その場で横になり直し、自身の足先を其方へと当てれば、すぐに逃げられてしまった。
意識が無いクセに小癪なと、らしくなくムキになって足を絡める。
ほんのりと温かくなっていく足先にやっと安堵の息を吐くが、やはり相手側にはあまり心地が良いものではなかったのかまだもぞもぞと動いていた。
温もりを吸引して、先程よりは寛容になれたのか、片足だけ解放してやる。
すると、離れて行くとばかり思っていた足はむしろ此方を温めようとするように擦りつけられたものだから、反射的に逃れれば足先からでなく程近い位置で押し殺すような笑い声が聞こえてきた。
なんとも不愉快な気持ちになって、趣味が悪い、と非難すれば、閉じられていた筈の目蓋が今ではすっかり開けられている。
寝起き特有の目ではないそれに、彼が自分よりも前から目覚めていた事を知った。


「…眠れないのかね」

「…お前が寒そうにしてたからな」

「……何だい、それは。理由にならんよ」


事実、寒かったのだが。
だからと言って、彼が起きている理由にはならない事など考えるまでもないではないか。
訝しむ視線に、尚も男は可笑しいと言わんばかりに笑っている。
それがやはり自分には不愉快だったのだが、折角得た温もりから離れるには少々時間がかかってしまいそうだ。


「…隣でもぞもぞ動かれたら、気になるだろう」

「…気にしてくれと頼んだ覚えはないんだがね」

「…可愛げのない奴だな」

「同性に対し使われる言葉でない事は確かだよ」


もう一度、可愛げのない、と男が呟く。
細く長い息を吐くと、肩にかけた布団はそのままに腕だけを此方に伸ばしてきた。
何だい、と。
目で訴えれば、男は、良いから、と尚も腕を伸ばしてきた。
見ていろと言外に言われ、黙っていれば、男の腕は己の首へ回り込み、うなじを撫でるとほんの僅かな力でもって引き寄せてくる。
敷き布が動く身体に合わせてずれて、汚い皺を作ったが、それに構っていられる暇も与えられぬまま男の布団に引き摺り込まれる事となった。


「…………何のつもりか訊いた方が良いのかね?」

「こっちの方が温かいだろう。それに、俺も気にしないで済む」

「…だから気にしてくれと頼んだ覚えは」

「寒いんだろう?」


大抵はこういった口論を辟易してすぐに彼は投げ出すのだが、今夜はやけに食い下がる。
というか、常より大らかに過ぎて気持ち悪い。
不審の目を何の遠慮もなく向けるが、常ならば鋭い双眸は先程見た時よりもずっと眠たそうに重々しく。
もしかしたら、と。
思い浮かんだ可能性に、見開いていた目は落ち着きを取り戻す。
もしかしたら、いいや、もしかしなくても、この男は寝ぼけているのだろう。
男の私的な事情は知らぬが、家族に弟かそれとも妹でも居るのか。そのような、親愛的な触れ方で髪を撫でてくる。
それがくすぐったく、居心地が悪く、けれども振り払うにはややも忍びないような。


「……あぁ、寒いね」


そんな気がして、促されるまま男の腕に身を預ける事にした。
















私の上に降る雪は
花びらのやうに降つてきます
薪の燃える音もして
凍るみ空の黝む頃


私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸べて降りました


私の上に降る雪は
熱い額に落ちもくる
涙のやうでありました


私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生したいと祈りました
















(…刀也君は、寒がってやいないだろうか)


弟のような存在ならば自分にも居たが、このような、優しく愛情に満ち足りた事をしてやっただろうか。
どうにか掘り起こそうとするものの、記憶の奥深くにそんなものは何処にも見当たらなかった。
それはそうだろう、と一人内心で自嘲する。
無いものを探した所で、見つかる筈もないのだから。














己を抱く其の腕に力が込められたので、いよいよ観念とばかりに目を閉じる事にした。







































私の上に降る雪は
いと貞潔でありました



















































無音の夜泣き

(……何でお前がこっちで寝てるんだ?)
(…おやおや、なんという言い草だろう。君が小生を引き摺り込んで、嫌がる小生を無理矢理…)
(む、無理矢理っっ……!?)
(いやいや君があれ程激しいとは思いもよらなかったがね。今度からは気をつけてくれたまえよ)
(…………あ、あぁ(な、何をしたんだ俺は!?))





































激しいのは鼾だよ(ぇ、読めてた?)
青系統の字は全て中原中也の「生ひ立ちの歌」より引用です。
以前何かでこの文章目にしたので、調べたらビンゴでした。
これからマメに読んでいこうかなと思います。

ちなみに読み方講座

霙(みぞれ)
霰(あられ)
雹(ひょう)
薪(たきぎ)
黝む(くろむ)




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