白雪に染む、藪椿






何某か、生きていなければならぬ理由はなく。

さもなくば、生きていたいと願っていたのか。




寒さがあるからこそ暖かく。

暖かいからこそ寒くもあり。





























椿は、嫌いでね。

掌中の赤をグシャリ、握り千切ると、ほんの僅かにだが警戒を見せていた男の眉が困惑したようにひそめられた。
元々、穏やかとは言い難い様相をしているその男が眉をひそめれば、それはそれだけ凶相に近づくだけというものであって。
クツリと笑えば、空気が震え、そして散っていく吐息を必死に形成せんとばかりに揺れ動き、白い靄のようなものが一瞬目に見える。
けれどもそれは全てが徒労でしかないものだから、本当に一瞬で消え去ってしまったのだが。
涼しいというにはおこがましく、けれども寒いというにはあまりに当たり前ともいえようか。
音もなく雪が降り落ちる中、庭先に出たのは己が先だった。
それを男が追いかけてくるとは当然ながら欠片も期待していなかったので、構わないのだが。
縁側でこちらを訝しんでいる男には、おそらくその虚無的な白は見えまい。

刹那。

一瞬。

口を開くその瞬間だけで、全てが始まり終わるというのはなんと虚ろな事であろうかと。
世を嘆くふりをしてみては、いいやだからこそなのだと嘲笑う自身こそが虚ろそのものなのかと思えて。
クツリ、と。
再び笑えば、男の眉は困惑よりも不快が勝ったような荒々しさを伴って見せた。
真意が伝わらぬもどかしさ、歯がゆさ、どれをとってみても、それは男に勝るとも劣らない。
なんとも愚直な俄芝居であろうか。
恋い慕ってもいない相手にそれを求め、与えられる事が無い事を知っていてそれを不服に思うなど。
これを俄芝居と言わずしてなんとする。
どうしようもない虚無感から、頬の力はもう殆ど入ってはいなかった。


「花は桜木、人は武士………まぁ、刀也君が好みそうな言葉ではあるが。椿もまた、武士のように潔いと言われている花の一つだね」

「……それの何が嫌いなのか解らんな」

「潔く、といえば聞こえはよろしい。よろしいのだが、どうにも小生には合わないのだよ」


醜かろうが、美しかろうが。
全ては同じく花である。
全ては等しく花である。
そうしてそれ以上ではなく。
そうしてそれ以下でもなく。

では何を以てして是と成すのか。
それが自分には解らないのだと。
言って解るものならば、傍には居なかっただろう男を仰ぎ、覚えたての「人のよさそうな」笑みを浮かべて見せる。
頬肉に全力を注いだ微笑は、客観的な意見として第三者からするならば不気味であるらしかった。
けれどもそれは自分なりに愛嬌を見せてみたつもりでもあったので、予想外にも自分はそれなりに衝撃を受けたらしかった。
それを目の前のこの男は、事もあろうに声をあげてまで一笑に伏してくれたのだがそれは彼なりの気遣いであるらしかった。


「椿の落ち方は、まるで人の首のようにも見えやしないかね」

「……生憎、俺はそういった後ろ暗い考え方はしない」

「そうだろう、そうだろうとも。しかし、しかしだ。考えてもみてくれたまえ。人の首がボトボトと落ちる様を。気分はよろしいものだと思えるだろうか?」


いいや思えまい。特に君という男ならば尚の事思えまいだろうよ。
コロコロ鈴が鳴るように紡いだ言葉はそれでも男の聴覚には不快な響きを与えたのだろうか。
少々納得がいかないと言いたげな表情で、今にも舌打ちをせんばかりの風体は、成程カタギとは言えぬものだ。
まだまだ年若いというのに残念な事だと揶揄してやろうかとも思ったのだが、それもまたよろしくないのだろう。


「…人斬り殺人狂いが、よく言う」

「小生は人を斬る事ではなく人を斬る事で金糸雀の鳴き声を聴くのが好きなのだが」

「…あまり変わらんだろう。それに、同じ花だって言ったのはお前だ」

「……ふむ、成程。それはそうだった。いやいや失敬。小生は確かにそう言ったがね、人間の感性とは常々変化していくものではないのだろうか」

「………あぁ言えばこう言うな、お前は」

「それは褒め言葉として受け取っておこう」

「……褒めてない」

「否定したいのならば間を空けずに話す事をお勧めするがね」


チッ、と。
静かな空間に、今度こそ男の舌打ちが響いた。
痛快といえば痛快。
ともすれば愉快も愉快というこの心模様に緩む頬を叱責する事は勿論、そのつもりもなかったのだから致し方が無い。
しかしながら声をあげて笑うなどという行為は生まれてきてこれまでの人生でした事が無いので、男曰く「性根の悪そうな」笑みを浮かべるしかなかった。
けれどもその笑みを、男が嫌っている事はよくよく存じている小生であったので、何某かの咎めを受ける前にその笑みを引っ込めて普段の表情を取り澄ましたように整えてみせる。
時期を逸した男はそれ以上言葉も出てこないのか、投げやりな動作で空を見上げるようにして目を細めた。
会話の放棄も、この男との間には多々ある事であるので自身はそれを気にしない。
同じように空を見上げると、白い粉が降ってくる。
目に入るのではないかと心配するのもおさなごのようで拙く、パチパチパチパチ、瞬きを繰り返すと、睫毛に忍び寄っていたのか冷たいものが本当に膜を撫でたのだった。


「ぁ、」


小さな声は驚きに等しかったような、けれどもそうではないような気もする。
反射的に俯き、そしてまた反射的に目へとあてられた手の甲は、ゴシゴシとそれを擦った。
痛みはなかったが、目に何かが入ったという意識がそうさせるのがムズムズとした感覚に眉根が寄ってしまう。


「…どうかしたのか」


誤魔化すように擦っていると声がかけられた。
その声というものは頭上という存外にも近い位置から聞こえてきたものだから、一体何事かと目を瞬かせる。


「泣く程酷い事は言ってないだろう」

「泣く…?あぁ、いや、これは」


雪が目にとはなかなか言えなかった。
何故なら彼の手が頬を力任せに撫で出したから。
指輪の金属部分はひやりとしていて、おもわず頬肉が震えれば、彼は何を勘違いしたのか悪いと謝ってきた。
何が悪いと言うのか。
それからまた、すまん、だから泣くなと意味不明な謝罪を繰り返す。
雪の所為で潤んだのだろう瞳から僅かに残った雪の欠片が溶けただけだ。
これは決して涙ではない。


涙であろう筈がないのだ。


「…嫌いなら全部撤去してしまえば良い」

「………君にしてはまともな意見だ」


請い願った所で与えられないと知っているので。


男の肩を掴み寄せ、その口先に噛み付いてやった。























白雪に染む、藪椿

(……おい、今のは何だ)
(さて、冷えてきたね。中で暖をとろう)
(…おい)
(上の人間からいい酒を貰ったのだが、君も年の割に飲めない訳ではないだろう。一献付き合ってくれたまえ)
(…………俺は、酒より食い物の方がいい)
(ふむ、直ぐ用意させよう)





























参考にしたのは白薮椿。
花言葉は「高潔な理性」です。
赤い椿が雪に埋もれる…みたいなのを、さ(目、泳いでますけど)
まぁ、白藪椿は白いんですけどね。



あきゅろす。
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