駆け落ちゴッコ










「駆け落ちでもしないかね」


何でもない事のようにそう宣った男は、次の瞬間見れば、まるで何も無かったかのように茶を啜っていた。

あぁ、美味しいな。なんて言っている場合か。

開いた口が塞がらないとは正しくこの事なのだろう。
































いつの間に持ち込んだのか、そもそも何故持ち込んだのか(いや、訊いたが最後「そんな事も解らないのかい?君はやはり駄犬なのだね。急須と湯呑みは茶を飲む為に必要ではないか。それとも君は平らな皿に注いで地べたに這いつくばって飲むのかい?ふむ、それはそれで見物だ。どうだね、やってみせてはくれないだろうか」などと反論の余地もなく返される事が目に見えている)すっかり茶の間に馴染んでいる男を見やる。


「……おい」

「何だい」

「今のはどういう意味だ」

「今、とは?」

「駆け落ちとか何とか言っていただろう」

「……あぁ、いや、忘れてくれて構わない」


ただの言葉遊びなのだから。
そう言ってまた茶を啜る。
その横顔は何を考えているのか全く解らず、何と言って良いものか困ってしまう。
手持ち無沙汰になっていつの間にか用意されていた自分の湯呑みを手繰り寄せて急須に湯を注ぐ為に席を立つ。
ポットに入っている湯を移して部屋に戻ると、男が手にしていた筈の湯呑みは空の状態で並べられていた。
煎れろ、という事なのだろうか。
お前はどこの亭主関白だと思いつつ、わざわざ言及するのも面倒で、しかしただいう事を利くのも癪であるものだから、無造作に茶を煎れてやる。
ドボドボドボドボッ…溢れるんじゃないかって位の縁寸前まで煎れてやり、どうだと笑ってみせると男は無表情のまま暫く湯呑みを眺めていた。
手袋を外していた為、白い指先が湯呑みの輪郭を辿るようにゆっくりと伸ばされる。
が、暫くしてから手を離したかと思えば、長考の後に手袋をはめ直し始めた。


「おい、飲まない気か?」


煎れろとばかりの態度をとっていた癖に、いや自分もそれなりに大人げない行動に出てしまったかもしれないが、その程度の事で怒ったのかと呆れ半分焦りが半分で声をあげる。
しかし相手は怒っていた訳ではないらしく、あぁいや失敬、と控え目な声を出した。
何とも珍しい反応に目が丸くなる。
手袋に包まれた掌が、再度湯呑みを覆った。


「熱すぎるのは苦手でね」

「……それは、すまない」

「構わないさ」


触れるか触れないか程度に口をつけ、茶を啜る音が短く聞こえてくる。
そういえば、先程男が飲み干した茶は随分前に煎れられたものだったか。


「……………………まさか、猫舌か?」

「……………それに関して、君に何か不都合でも?」


ビンゴ。
形のいい眉が不愉快そうに歪められる所を見ると、大当たりだったらしい。
という事は、自分のイヤガラセは予想外の所で効果を発揮したのか、普段の狂人具合を知っている分、余りあるギャップというか予想外の弱点に笑ってしまいそうになりつつ、笑ったらどうなるかなど考えずとも解っている事なので今にも緩みそうにピクピクしている口許を掌で覆う(本当なら声をあげて笑ってしまいたい)


「…犬が猫を笑うものではないよ」

「犬じゃない、狼だ」

「…どちらも似たようなものだと思うのだが」

「うるさい。で、何なんだ駆け落ちってのは」


じとりとねめつけられても、状況的に怖くも何ともない。
むしろおかしささえ感じて、笑え過ぎて困る。
さらっと話を蒸しっ返すと、男はそれまでの不機嫌から一転、不思議そうに目を瞬かせた。
その話題自体を忘れてしまったのかとも思ったが、そうではないらしく、あぁそれは…と口を開く。


「先日テレビを見て近頃の流行というものを知ってね」

「ほう?」

「敵対した者同士が駆け落ちすると、様々な事件が起きるのだが」

「…ほう……?」

「事件が起きればそれなりに金糸雀も鳴いてくれるのではないかと思ってね」

「……ほ、ほう…?」

「で、如何かな?」


(如何かなって何が?!)
(というかそれって流行は流行でもドラマだろ絶対!!)
(ツッコミをしようにも全部が全部ボケでどこから手をつけたものか困る!!)
(むしろ自分から聞くんじゃなかった…!)


内心では激しい後悔の渦に呑まれながら、答を待っているのだろう、いつもなら感情の浮かばない黒い瞳は心なしかキラキラ輝いていて、答を待っているというよりは期待しているようにも見えなくない。


(肯定か?!肯定を求められてるのか!?!??!)
(駆け落ちをしろと?!それでもって事件を起こした末に惨劇を繰り広げさせろと?!!?)


「………い、」

「い?」

「……………………良いんじゃ、ないか……(激しく目が泳いでる)」


(ま、負けた…負けてしまった…!)


こんな適当な事を言ってしまって良いのだろうか。
本来なら世界の為に止めてやらなければならないんじゃないだろうか。
むしろ自分とこの男が駆け落ちした所で何の問題も…暗黒生徒会から刺客位は来るかもしれんが。
やばい、それを狙っているんじゃないだろうな。


「そうか。ならば早速、駆け落ちをしようではないか」

「………はぁ」


溜息ともつかぬ同意というか諦めに、男は気づかないフリをしているのかそれとも本当に気付いていないのか、今やすっかり温くなった茶を一気に飲み干し立ち上がった。
そんなにまでして駆け落ちしたかったのだろうか。
おそらくは駆け落ちの正しい意味すら解っていないのだろうが。
楽しそうなその姿を、なんとなく可愛いというか幼いというか…いやいや、考えている事はまったくもってドス黒い事この上ないのだけれども。


(…まぁ、一日位はな)


ガキの遊びに付き合うつもりでいれば良いだろう。
一日何も起きなければこの男は落胆し、それから飽きるだろうし。


「よし、じゃあ行くか」

「おや、意外と乗り気ではないか」

「うるさい。ゴチャゴチャ言わずに行くぞ」

「そういえば、何処へ行けば駆け落ちになるのだろうか」

「………舞浜でも行くか」

「まぁ、君に任せてやるのも吝かではないとも」

「…素直に解らないから任せたと言え解りづらい」


軽口の応酬も悪くはない。
一日部屋の中で茶を啜っているよりはずっと健康的でもあるのだし。


夕方位までなら、付き合ってやっても構わんだろう。






















駆け落ちゴッコ

(今頃文学番長が報告しているだろうから、日暮れ前には金糸雀が鳴いてくれるだろうか…)
(おい今何て言った?!?)


























ワンコ死亡フラグ(笑)
何なんだろ、私は何の夢を見ているんだろorz
ワンコは某ランド好きなら良いな。
憲兵は基本、如何にして金糸雀を活躍させるかしか考えてないと良いな。あと変な所天然なら萌える(うんまぁ捏造なのは解ってる解ってるんだ、うん)
段々憲兵の口調が直ちゃんになってきた罠orz




あきゅろす。
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