ハッピーバースデー








夕時の穏やかな時間は、ひょんな事でブチ壊された。


「……は?」


マヌケな声をあげた僕なんかより、金剛の目はテレビ画面に釘付け。
そこにはファンシーなキャラクターがてっぺんに星のついたステッキをクルクル回して『星座占い・今日の運勢』なんてこれまたファンシーな内容の司会進行をしているのが見える(夕時に今日のも何も無いといつも思うのだが夜の運勢と言うのも語呂というか聞こえが悪いのだから仕方がないのだろう)
オープンキッチン故に、ソファーに座る金剛の心なしか楽しそうな背中を呆然と見る。
単なる世間話の延長としての会話。
だというのに意外な事実が発覚して僕は数秒、二の句が告げなかった。
金剛は金剛で、まだテレビを観ている。


「っちょ……ちょっと、こ、金剛!」

「ん」


星座占いが終わり、ちょっとキツめの美人アナウンサーがニュースを話し始めれば、漸く金剛の目がこちらを見た。
そもそも恋人より占いって失礼なんじゃないだろうか、とか頭の隅で思いつつ、いや今はそんな場合でもないだろうと思い直す。
一応確認すべきだろう、聞き間違いという可能性だってある。


「……君、今日が誕生日…なの…?」


口にした途端、恋人の誕生日を知らないのも相当失礼だという事に思い至って、馬鹿正直に訊いてしまった自身の浅はかさが嫌になった。
そんな事は気にしないのか、それとも気を遣ってくれているのか(おそらくは後者。彼にそんな気遣いができよう筈もない)金剛は至極どうでも良さそうに、あぁ、と相槌をうった。
それが冗談ならば良かったのに、頷いた金剛を見た瞬間、一気に脱力してしまいそうになったが、包丁を握っている為にグッと堪える。
そう、既に夕食の準備は終わりに近いのだ。
せめてもっと早く言ってくれれば、金剛の好きなものを用意するなり、ケーキを作るなりできたのに、もうあと一時間もしない内に腹を空かせた弟妹達が駆け込んでくるのは言わずとも知れている時間帯となるとそれはどうしようもなく難しい。
単なる世間話の延長としての会話…だった。
星座占いなんて見てる金剛が微笑ましく、そういえば誕生日とか聞いた事無かったっけという思いもあって、その疑問をそのまま口にしたのである。
が、夏生まれかな?冬生まれかな?と考えながら手を動かしていたら、金剛のいつも通り低い声が、まるで明日の天気を述べんばかりな何気無さで「今日だ」と返してきたのだから驚いたなんてもんじゃなかった。
あと少しで野菜でなく自分の指を切ってしまう所だったが、そこはそれ、過ぎた事として考えないでおく。
とにかく、彼の誕生日を知らなかった僕は今とてつもなく狼狽えていた。


「っ〜…何で君は、そういう事をもっと早く言わないかなァ…!」

「?あぁ…すまん…?」


キョトンとするな、キョトンと。
絶対に理由が解ってないクセに謝っただろ今…!
本人が気にしてないのに、周囲が気にしたって仕方がないだろうけど、でも、さぁ。
やっぱり一応付き合ってる関係な訳だし、それならやっぱり恋人の誕生日なんていう所謂記念日ってものはちゃんとやりたかったしやりたいし。
だから、つまり、僕としては祝いたかったというか何というか…


「…ま、いいや。何か欲しいものとかある?今日は無理だけど明日になら買いに行けるし」

「欲しいもの…」

「あまり高いものは買えないけど言ってみて?」

「…………プリンが食いてぇな」

「…それいつもと変わらないじゃん」


何やら難しい顔をしている。
一体何をそんなに悩む必要があるのか。
そもそも僕に何か貰いたいとか思っていないのか。
いや、それならそもそも祝ってすら欲しくないとか?
一応付き合ってるのに?


(……いやいや考え過ぎだって……でも今まで知らなかったとかありえない…)


素晴らしく飛躍した思考を否定しながらも、一度思ったらなかなか拭いきれないのが不安というものである。
お金はそんなに無いし、普段からあまり金剛を大事にしていない僕から貰えるものなんて確かにタカが知れてる。
僕が考え込んでいる間にも金剛はやっぱり難しい顔をして黙っているのが余計に怖い。


「…………ま、まァ、考えといてよ」

「…………あぁ」


結局、僕も金剛もそれ以上は言えず、弟妹達が駆け込んで来るまで沈黙を保つしかなかったのだった。





















金剛が誕生日だという事は、申し訳ない気持ちだったが弟妹達が知ると落胆や困惑をするだろうから伏せておいた。
いつもと同じ、質素だけれどバランスを考慮した料理が並んでいたし、金剛もいつも通り過ぎたのでそれが勘づかれる事は無かったけれど、夕飯を終えて、風呂を済ませた弟妹達を寝付かせた夜更けになっても、僕はすっきりしない靄のような気持ちをしつこく持て余していたりする。
自分でも少し神経質が過ぎやしないかと思うのだが、金剛の誕生日を祝えなかった落胆や困惑は正しく僕のものだった。


「……金剛さ」

「ん」


数時間前と同じ、僕はキッチンに立ち、金剛は居間でテレビを観ている。
その背中が動いて、こちらを振り向いたのは取り立てて面白いテレビがやっていないからだろうけど、呼び掛けに反応があるだけでもホッとした。
手のひらで招けば、ご丁寧にもテレビを消し、キッチンまで歩いてくる。
のっそりと現れた熊みたいな大男を見上げるも、今更気恥ずかしくなって目が泳いでしまった。


「……お風呂入らない?」

「あぁ、先に入るのか?なら俺が洗いも、」

「違くて…だから、一緒に、とか…」

「………………どうかしたのか」


金剛があからさまに瞠目したものだから、僕は何だか居たたまれない。
まぁ、いつもなら金剛からこういった事を言い出して僕が過剰なまでに反応して怒鳴り散らす…っていうのが常だから、金剛のリアクションは強ち間違いとは言えないのだけれども。


「っ良いから、とにかく先に入ってて」


金剛の答を聞くまで待っていられなくて、水を切り二人分のバスタオルと一緒に金剛の厚い胸板を押して浴室まで続く廊下に放り出す。
無理矢理扉を閉めて暫くすると金剛の重い足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
一緒に入ろうと誘ったのは自分なのだから、あまり待たせてはいけないだろう…そうは思いつつ顔の熱が引かない。


「……あー、もう…」


頬をペチペチと叩きながら、今日だけなんだからと一念発起。
何せ今日は、誕生日、なのだし。








浴室に入ると金剛の大きな身体では肩まで浸かれないからか、半身浴をしている背中が見えた。
真っ正面にこちらを見ないよう座っているのは彼なりの配慮だろうか(ただなんとなくという方が正しいのだろう)
適当に身体と髪を流して、湯船に脚を入れる。金剛は浴室の扉を開けた事で気付いていたのか、何も言わなかった。
カポーンッ、なんて、古典的な音を耳にして、小さく息をついて、また詰める。
金剛と自分との間にできた距離をそぉっと埋めて、肩を並べると、もうのぼせたんじゃないかって位羞恥で顔が熱を持った。
金剛が普段僕に要求して、でも僕がやらない事。
それが僕なりに考えた誕生日プレゼントなのだけれど、考えてみると他の事って自発的に行うのが難しい事ばかりだ(一緒にお風呂、ってだけで既に一杯一杯だし…!)
あとできそうな事…っていうと、だ。


「…っ〜〜!」

「……おい、大丈夫か?」


一人で悶々と考えて、当の金剛は何も解ってない顔で心配してくる。
そもそもの原因は彼だというのに、あまりにも理不尽な状況と、熱さで茹であがった頭はもう冷静な判断だとか正常な羞恥心を押し退けてえぇいなるようになれと叫んだ。
ザバッ、と水が鳴く。
金剛の太い首は濡れていて、触れた所がほんわか暖かい。
掠め取った唇は僅かに湿っていて、なんとなく感じた名残惜しさからもう一度重ねるだけの口づけを落とした。
ちゅ、だなんて可愛らしいリップ音に金剛の目が面白い位開かれて、でもそれを面白がるような余裕なんか僕にだって無い。


「……はい、ここまで!」

「………………は?」


ザバザバザバッ、荒波をたたせて金剛から距離をとる。
金剛の手が不自然にあがっていて、のんびりしていたら危なかったと安堵したけれど、状況を把握しきれていない金剛の情けない顔にほんの少し同情した。
よくよく考えてみれば、恋人が普段やらない甘ったるい行為をしてきて、そういった事を考えない男なんてそうは居ない。
もしかすると、僕はプレゼントのつもりで蛇の生殺しをしてしまったのだろうか。


「えーっと…僕から、誕生日のプレゼントっていうか…」

「誕生日のプレゼント…」


今のが?と目が語っている。
そりゃ、お金がかからないお手軽なプレゼントかもしれないけど、僕からしてみれば物凄く覚悟を要する事なのだから勘弁して貰いたい。
そうは言っても、金剛からすれば、なんて幼稚な贈り物だろうか。
金剛の反応が怖くて、恐る恐る目を向ける。金剛の顔は、怒ってるとか、そんなのじゃなかったけど、なんとなく呆れている風にも見えて、僕は何も言えなくなってしまった。


「……お前は…本当に…」


そこまで言って、溜息。
あぁやっぱりこんなプレゼントでは気に入らなかったのだろうか。
金剛の大きな身体が近づいて揺れた水面に呑み込まれそうな錯覚を抱き、僕は顔が引き攣ってしまいそうだった。
寸での所で堪えられたのは、次に紡がれた言葉が予想外のものだったからだ。


「……何で、解っちまうんだろうな」


俺の欲しいモン。
耳に届いたその言葉と、濡れた髪を撫でる濡れた掌の感触に、今度は僕が呆ける番だった。
次に見上げた金剛の顔は穏やかで優しく、そしてほんの僅かに照れているようで。


「お前と過ごせるだけで最高の誕生日だ」


お前の作ったプリンも食べれたらもっと良いな、なんて、そんな事を、素面で臆面もなく言うものだから、僕は不覚にも感動してしまって。
また金剛に抱き付いて、触れるだけのキスをしながら。






「…誕生日、おめでとう」





明日は特大のプリンに生クリームとサクランボもつけて、弟妹達にも教えて、盛大に祝ってやろう、なんて思った。




























ハッピーバースデー

(…………で、この手は何かなァ?)
(…此処でこのままして良いんじゃないのか?)
(ばっ…!だだだ誰がそんな事言ったんだよ?!)
(…良いだろ、誕生日なんだし)
(君さっきまでと態度違いすぎないか?!ちょっ、待っ…ぎゃあぁあぁぁぁ!!)



























金剛は最初秋山が欲しいって言いたかったけど絶対無理だろうなって思って止めました(補足するな)
都屋さんへの誕生日プレゼント的文章…秋山が逆に金剛を襲うという事で…駄目だ秋山乙女過ぎる…orz
卑怯なら自ら跨がったりしそうなモンですがね…(もう黙って)
お誕生日おめでとうございます!




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