続カルチャーショック








はてさてとにもかくにも落とし物は持ち主に返さねばならないと、珍しくも真っ当な通説を述べる秋山に、桐雨は正直気が乗らなかったが従う事にした。
春本と思い色々な意味でパニック状態に陥っていた桐雨ではあれど、秋山の話からすればこれは部活動に励む証であり、自主制作したものらしい。
それはつまり大事なものだと認識した桐雨は、沸き上がる感情の諸々をどうにか押さえ込んだのである。
一日の授業を終え、部活動が開始される放課後になり、金剛とならばまだしも日頃犬猿の仲と言っても過言ではない秋山をも含めた三人で連れ立つ桐雨は好奇の目に晒され苛立っていた。
他の番長などは、見るどころか口に出してまで問いてきたが、そこは秋山がうまく取り成してくれたおかげで事なきを得る。


「…あに、あっ…あに、」

「アニメ研究部。ホント、君ってカタカナ苦手なんだねぇ」

「う、うるさいっ!」

「…おい、入らないのか」


一見すれば、普通の扉。
其処にかかっている表札にはアニ研と書かれている。
じゃれあう女子高生のような二人を前に、金剛はもう暫く静観していたい気持ちだったが、ストッパーがその役目を放棄するのはスジが通らねぇと、けれども控えめに声をかけた。


「はいはい、解ってるって。今―――」

「ないないないない何でないんだ誰の陰謀だえぇゴルァッ?!!?!」

「…」

「…」

「………………中から聞こえたな」


広がる沈黙に金剛の紡いだ真実というか現状というかそんな直視したくない生々しさが染み込む。
前述の通り、激しい雄叫び、いや、ヤのつくオッサンのような怒号は、三人の目の前にある扉の中から響いてきた。
ちなみに、中からはガシャーンッとかゴスベキバコッとか、どう聞いても物が大破される音としか思えないそれをBGMに、部長が壊れたとか部長がご乱心じゃとかそんな悲鳴が聞こえてくる…ぶっちゃけ入りたくないと金剛以外の二人の顔には書かれていた。


「…アニ研の顧問にでも預ける?」

「しかし中を見られたら…」

「良いじゃん別にフィクションなんだし。本当に僕や金剛からレイプされた訳じゃあるまいしさぁ」

「れ、れいっ…!そういう問題ではないっ!貴様には羞恥心というものが無いのか?!」

「じゃ、此処に置いていくとか」

「通りすがりの生徒が持っていったらどうする気だ!?」

「…君ねぇ」


心配性にもホドがある。
提案をことごとく却下され、流石の秋山も面倒くさそうな顔を隠す事なく桐雨を見た。
確かに桐雨自身、通りすがりで拾った訳だから、その可能性を懸念してしまうのは仕方がないかもしれない。
だがそれならそれでとっととノックなり何なりすれば良いものを、先程から絶え間無く聞こえてくる断末魔や怒号が引っ掛かっているのかそれもしないのだから、秋山からすれば一体どうしろと?と問い質してやりたい所だった(ちなみに現在は「悪魔がぁぁぁ!悪魔が来たりて笛を吹くぅぅぅぅっっっ!!」「部長こっち来んなボケェェェッ!!」などというやりとりが聞こえてきている)
このままじゃ埒があかないと見た秋山は、溜息を一つ間に挟み、突っ立って成り行きを見守っていた金剛を見上げる。


「金剛、ノックしてくれる?あァ、壊さないようにね」

「解ってる」


返答の内容とは異なり、ガンゴンガンゴンと響いた打音の下、扉の表面が歪にへこんだ。
これでは取り立てにでも来たみたいである。
中で繰り広げられている騒音が突然止んだかと思えば、暫くしてそぉぉぉっと扉が開いた。
またバスケ部が文句言いに来たのかしら、などとボソボソ室内から聞こえる声は小さく、開いたと言っても人の顔が微妙に見える程度である。
ちなみにアニ研の隣はバスケ部の部室だ。しょっちゅう苦情が出る位騒いでいるのだろうか。
ツッコミどころがありすぎてどこからツッコミをすべきかとおおよそずれた考えを振り払い、秋山は口元を優しげに緩めた。
まぁ、帽子にマスクでしかも腹筋丸出しの露出狂に今更優しげも何もあったモンじゃないのだが。


「これ、拾ったんだけど。此処の人のでしょ?」

「へっ……あぁぁああぁあぁっっっっ!!!!」


差し出されたファイルをまるで決別していた恋人のように抱き抱える女生徒は、ノンフレームの眼鏡に後ろで詰めた黒髪と、なんとも知的そうな容姿で、黙っていればそれなりに男が寄ってきそうに思える。
そう、黙っていれば。


「ありがとうございますありがとうございますっていうかホントもう誰に盗まれたのかと思ってたよこーのカワイコちゃんめ居合番長が綺麗過ぎるのがいけないんだぜ卑怯番長エッロ!エロスーッ!!!!」


ピシャリと水を打ったように秋山の表情が引き攣る。
桐雨はあまりの早口に加え理解できない言語があり首を傾げるだけだ。
ぶ、部長部長っ!と今やすっかり開け放たれた扉の奥から慌てた様子で部員が声をかけた。
あぁ成程これがさっきまで叫んでた珍獣か…と秋山が思ったかどうかは解らないが、桐雨は持ち主を理解した途端難しい顔をする。
多分、もうこういうものは書かないで欲しいとか、そういう事を伝えたいと思ったはいいものの、そんな空気ではない事など明白で桐雨は困惑しているのだろう。
秋山も秋山でそれなりの予備知識があった為、当初は動揺もしなかったが、それも桐雨よりはの話であり、実際に興奮状態のマシンガントークで語られるとどう対処したものか困ってしまう、というか、引く。
部員の呼び掛けに少しは落ち着きを取り戻したのか、『部長』はそこでやっと秋山や桐雨、金剛に気づいたとばかりに目を細めた。
そして数秒してから一度眼鏡を外し、眼鏡拭きで綺麗にすると、また眼鏡をかける。
そして次の瞬間、その目がこれでもかという程に見開かれた。


「ほ、ほほほほ本物ぉぉぉぉっっっ!!?!」


古典的且つ解りやすい驚き方にはもはや空笑いしか返せない秋山だが、桐雨はまだまだ元気だ。
指先を突き付けんばかりにして自分達を指す女生徒を不快に感じたのか、無礼な…と眉をひそめている。
今更になって届けられた忘れ物と桐雨達が繋がったのか『部長』の顔色は赤くなるべきか青くなるべきか解らないようだった。


「み、みみ見ましたっ?!」

「…その書物について一言あるのだが、」

「それって稼げてるの?」


桐雨の言葉の先を素早く想像したらしい女生徒の表情が引き攣る。
流石にこれ以上虐めるのも可哀想だと、秋山が場違いな声をあげた。
拍子抜けした空気の中、女生徒がコクリと小さく頷く。彼女達にしてみれば稼ぐ為にやっている事ではないのだが、質問に答えるという意味合いでは確かにそれなりの人気があった。
超人的とも言える、番長達。その中でも女性と見誤りかねない美貌を持ち、その姿勢や言葉遣いが洗練された居合番長や、マスクや帽子という怪しさはミステリアスとも言え、鍛えられた腹筋を惜しげもなく晒す妖しげな卑怯番長は人気がある。
しかもしかも、そんな二人が付き従う(客観的にはそう見える)のは見た目は厳ついけれども中身は男の中の男と言える金剛番長だ。
三角関係を妄想したりする者や、片想いの末の歪んだ愛を想う者と様々である。
…とまぁ、彼女達にも言い分はあるのだが、これは生憎男性には理解されにくいので質問には頷くのみで答としたのだった。


「ふーん…じゃあ、儲けの何割かちょうだいよ。そしたら僕のは好きに書いて良いから」

「な、何を言っているのだ卑怯番長?!」

「だって僕はあまり気にしないし?人権尊重よりお金の方が欲しいからねぇ。君も何かねだってみたら?」

「何を馬鹿な事を、」

「例えば君が欲しくて欲しくて堪らないアレとか、さ?」

「っっっっな?!」

「居合番長の家はバイト禁止でお小遣いは三ヶ月に一回だもんねぇ…ア、レ、いつになったら買えるのかなァ?」

「くっ…!い、いやしかし、それでは私の誇りがっ…!」

「だからあれはフィクションだし小説だし実際に君が喘いでる訳じゃないんだからさ、違う人間だと思えば良いじゃ、」

「おい、近いぞ」

「っちょ、金剛、いきなり引っ張るなよ」

「近い」

「解ったってば、痛いんだよ馬鹿力っ」


お金で解決できちゃうんだ、とか。
居合番長が欲しくて欲しくて堪らないアレとは一体何なのか、とか。
色々気になる所はあれど、あまりの近距離の二人に、どちらかに嫉妬していると思われる金剛…だなんて、彼女達にとっては至福の光景を前にすれば、そんなものは遥か彼方へ吹っ飛んで行ってしまうのだった。
























続カルチャーショック

(そもそも何故貴様があれの事を知っている?!)
(クハハ、君の事なら何だって知ってるよぉ?)
(おい、いい加減にしろ)
(や、やばい鼻血がっ…!)
(部長しっかり!)
(今倒れるのは勿体ないですよっ!!)




































アニ研所属の方すみません(汗)
高校にあったアニ研は部員が殆ど腐だったらしい(笑)
居合番長の欲しくて欲しくて堪らないアレはご想像にお任せします(笑)




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