カルチャーショック






雲ひとつない青空は晴れ渡り、近頃では珍しく温かい風が吹き抜ける中。

「それ」は起きた。


















居合番長こと桐雨刀也はA4サイズのブックファイルを脇に隠すようにして持ち、校舎内を歩き回っていた。
常に背筋をピンと伸ばし、淀みない足運びでいる彼にしては何とも珍しく、数歩進んでは周囲を見回し、重い溜息を吐いてはまた歩き出す。何事かを隠している事は明白で、彼の真っ直ぐな性根を如実に物語っていた。
きっと彼の幼少時代は、道端で落ちている小銭をきちんと交番まで届け、それから毎日落とし主が取りに来たかを確認しに行くようなものだったのだろう。
けれども得てしてその真面目さが命取りになる時もある。例えば前述の交番の例などでは、一円や十円などの小銭を一枚落とした程度で交番に訪ねる者というのも早々居ないのだから、きっと毎日訪れる小さなヒーローに交番に常駐していたお巡りさんは多分に困惑していた事だろう。
高校生となった今でも、彼は真面目で、そして真っ直ぐすぎるキライがあった。未だ異性に対して免疫が無い事はともかくとして、その所為で両目を切ると言う行動に走ったのは些か過激であると言わざるを得ない。
目を閉じるだけじゃ駄目だった訳?と今はこの場に居ない卑怯番長こと秋山優は彼をそう揶揄したのだが、それはきっと思っても言ってはいけない事だったのかもしれなかった。
とにもかくにも、今桐雨が所有しているものは、彼の真面目さも相俟ってひどく厄介なものだったのである。


「……どうしたものか…」


重々しい声。
ピタリと止めた足。
桐雨は大いに悩んでいた。彼がこれ程まで悩むのは、日々欠かさない鍛錬が思うようにいかなかった時か、もしくは人材不足だという事に気づいた時位のものである。
周囲を目配せで確認し、桐雨はファイルから「それ」を取り出した。
薄いそれは冊子の形をしていて、遠目に見れば学校で使われている教科書にも思えるだろう。
しかしその中にあるのは小難しい数学の公式や魔法のような英文ではなく日本語で書かれた読み物だった。
文庫サイズではないそれを桐雨が手に入れたのは小一時間程前の事である。
昼休みに入ってすぐ、借りていた本を学校の図書室まで返却しに行った際、無人のテーブルに置かれていたのが当のファイルだった。中身を見れば自分が返却しておけるからと中を見てみれば、貸し出し用のバーコードがついておらず、では私物かと思いながら拝見したのが運の尽きと言うべきか否か。
そして、その本に書かれていた文章とは―――


『居合番長は苦しげな息を吐き、自身に覆い被さる卑怯番長を睨み付けた。その瞳は長い接吻から甘く潤み、仄かに色づいた唇は卑怯番長を誘わんばかりに薄らと開いている』


(…………しゅ、しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ春ぼっっっ……!?!??!?!?)


居合番長や卑怯番長というのは自分やあの男以外にはありえないだろうという結論を出してしまうと、所々に見える淫靡な文章に桐雨は眩暈がするかと思った。
したくもないのに、知識を総動員させてこの本の正体を考え出してしまう。
気づけば図書室からこれを持って逃げ出していた。
持ち主が居る事などこの際関係ない。
問題は、こんなものを図書室などという公共の場所に放置して誰かの目につく事だった。
けれども冷静になってみれば、こんな物を持ち歩く事自体が危険な事である。今になって困惑してしまった桐雨の背中は、とてつもない哀愁を漂わせていた。


「……そうだ!」


そこで桐雨はまたも真面目な性格をここぞとばかりに発揮した考えに至る。
そもそも、この本に登場しているのは自分だけではない。
秋山とてこの本に登場しているのだから、この本の存在を知る権利があるではないか。
それに、不本意ではあるがこういった俗物的な代物を扱うにはあの男の方が手慣れている気もする。頼る相手に不満はあれど、知る権利は日本が保障している人権の一つでもあるのだ。
そこまで考えて、桐雨はそれまで何処へ行くかも決めかねていた足を屋上へと向けた。
秋山は時折屋上で昼食をとっているのだが、彼は先程教室を飄々とした体で出て行ったので、きっと今日も其処に居るのだろう。
























「あれぇ?どうしたの、珍しい」


屋上へ通じる扉を開け、桐雨の姿を目にした秋山の開口一番がこれである。
この言葉から察する事が出来るだろうが、秋山と桐雨の仲はあまりよろしくない。
いつもならば憎まれ口には冷たい言葉で応酬する桐雨であるが、事が事であるし、何より秋山の隣には何故か金剛番長こと金剛晄の姿があったものだから、グッと口を噛む事で桐雨は堪えた。


「っ……その、……」

「……ま、座ったら?」


それを見た秋山はいつもの言葉の応酬が無い事に何事かを察したのか、茶化すような声から一転して何気なく落ち着くように促した。
失礼する、と一声かけ、桐雨が刀の鞘を外し、その場で正座すると自身の真横にそっと置く。
コンクリート張りの屋上で、袴姿の美青年が正座している光景はなかなか面白いなと秋山は思いつつ、困惑しきったような、迷子の子犬のような、そんな顔をしている桐雨を茶化すのも可哀想なので、それで?と話を促した。
秋山が金剛に席を外せと言わないのは、金剛なら大抵の事には泰然と構えていられるし、金剛の方が桐雨も話しやすいかもしれないと思ったからである。
しかし秋山に用件があるという事は金剛には言えないような事であると、察する事が出来なかったのは秋山の落ち度かそれともはっきり言わない桐雨の所為か。


「その……誤解しないで貰いたいのだが、私の私物ではないのだ」

「うん?…って、何が?」

「だから……その、だな…」


要領を得ない、煮え切らない口調に秋山は苛立つ事もなく先を促す。
金剛の前でこんな本を出すのは抵抗がある桐雨ではあるが、このまま平行線を辿っていても埒があかない事など言われるまでもなく解っているし、人脈のある金剛ならばこれの持ち主を知っているかもしれないと思えば桐雨は一念発起する事で今まで隠し持っていたファイルを二人の前に差し出す事が出来たのだった。


「何?これ」

「…み、見れば解る」


それ以上は自らの口で説明する事ができず、秋山がファイルを開き、中から本を取り出すのを桐雨は死刑宣告を受ける寸前に在る囚人のような面持で見守っている。
パラパラと紙を捲くる音が最初は速く、そして段々と遅くなっていく。
けれども秋山の表情に動揺や翳りは見えず、桐雨は眉をひそめた。
秋山は一冊分を速読で済ませたのか、次の本を手に取る。二冊、三冊と終えて、四冊目に至った時になり、秋山は漸く表情を変えた。


「金剛、君が出てるよ」

「ん」

「なっ……!?!?」


驚いたのは桐雨だった。
最初に目にしたもの以外は読んでいなかったのだから当然ではあるが、まさか金剛も登場させられていたとは思いもよらなかったのだ。
秋山の呼びかけに、海老フライを頬張っていた金剛が短く声を洩らして秋山の背中越しにそれを覗きこむ。
どうでも良いが、先程から二人の距離が近い気がするのは一体どういう訳だろう。


「うわぁ、えげつな……君、居合番長に馴らさず突っ込んじゃってるけど」

「つっ……!?」

「お前なんか噛み千切るなとか脅して口に無理矢理突っ込んでるじゃねぇか」

「むりやっ……!?」

「居合番長、総受けだねぇ」


ちょっと待て。いや待ってくれ。
心の中から沸々と浮かんでくる様々な感情が一緒くたになって訳が解らない。
で、これがどうかしたの?なんて世間話の如く返された言葉に、何と返したものか。
桐雨の表情が芳しくない事から、そういえば免疫無かったんだっけと今更ながらに気付いた秋山が目を通した本の中から一冊を手に取り桐雨に差し出した。
反射的に受け取ってしまったが、これも先程と同じいかがわしい本なのではと思った桐雨に秋山が大丈夫だよと笑いかける。


「それ、道化番長との純愛ものっぽいから」


にっこりと笑って言った秋山に、桐雨は相談する相手を間違えた事に漸く思い至ったのだった。

















カルチャーショック

(あ、そういえばこれアニ研専用のファイルじゃない?)
(あにけ…?)
(アニメ研究部。同人誌とか、部活で作ってるんだよ)
(同人誌…硯友社の我楽多文庫か?)
(うーん、そうなんだけどそうじゃないというか…百聞は一見に如かずって言うし、行ってみる?)
(な、何故だ)
(だってこれ返さないとまずいんじゃないかなぁ)
(あ、あにけんという者の物なのか!?)



































金剛と卑怯はデキてるので、ショック受けないそして居合番長が総受けだという事実には突っ込まない(ぇ)
アニ研ではなかったけど、中学の時に兼部してた美術部では先輩と作ったり萌え話したりしたもんです。
あと学校で同人誌の貸し借りして、うっかり教室の机の中に忘れたりとかもしたなぁ…(若気の至り)
居合番長には気の毒ですが、妄想されやすい容姿(美形)なんだもの…!(何の言い訳?)




あきゅろす。
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