婉曲的な独占欲








「いいか、忘れるんじゃねぇぞ!!」




怒鳴り散らさんばかりの彼は、それはそれは真っ赤な顔をしていて。

それが恥じらいでない事など、鼻孔を擽ると言うには生易しい酒気に解りきっていて。




眉をひそめるしかないのが、現実であった。
























「……一体これはどういう事なのか、説明して貰えるのかい?」


文学番長、と。
些か面倒な響きがこめられた呼びかけに、眼鏡をかけ、長髪をゆらゆらと遊ばせた姿は知的な印象を与える女性がこれもまた面倒そうに息をつく。
溜息をつきたいのは此方の方だと思いながら、膝上で気持ちよさそうに眠っている野良犬をはてさてどうしたものか。


「質問があれば5秒以内にどうぞ」

「どうして彼が此処に居てしかも酔った上にこのような花を押しつけて膝の上で眠っているのだろうね?」


それからお決まりのように懐中時計を開くと、何とも容赦のない制限時間には閉口している間も惜しいとは付き合いも浅い訳ではないのだから知っている。
一秒の間も開けずに問えば、舌でも打ちそうな顔で此方を見る文学番長。
女性がそのような顔をするのは好ましくないのだが、今にも涎を垂らさんばかりのアホ面を晒している馬鹿犬と自身の現状把握こそが最優先事項であると割り切ってしまえば気にもならない。
そもそもこの犬は、何を思って自分に花などという可憐な物を押しつけてきたのだろうか。


「…私が居合番長を経由して呼び出された時には既に泥酔状態でした。それからいつまで経っても憲兵番長の所へ連れて行けとの一点張りでしたので、此方にお連れした次第ですが何か?」

「…それでこの馬鹿犬…いや、失敬失敬。彼は、死合うでもなく意味深い言葉を残して眠り込んでいる訳だがそれに関しては何か知っているのかい?」

「貴方が目移りするのが気に入らないのでしょう、犬なりに」

「…………は?」

「これは私の推測ですが――――――」






それから彼女が紡いだ「推測」には、暫く目を丸くしてしまう事になるのだが。






















彼女が立ち去って時間が経過すれば、なんとも納得できたようなし難いような、複雑怪奇な心持で在り。
耳に煩い鼾をかいて呑気に寝こけている犬の酒癖の悪さとはもはや癖と言うのもおこがましい、もはやこれは変身とも言える、普段の彼とはかけ離れた無防備な、それでいてなんとも格好のつかない状態で在るのだが。


「……忘れるなと言われても」


ここまで手がかかると知っていたならば、自分はこの犬を遠ざけたのだろう、こんな面倒な駄犬は、調教する気にもなれない。
屈伏させるだけならばまだ好奇心はあるが、それでもこういったタイプが扱いにくい事に変わりはないのだ。
それはもはや架空の世界で在るのだが、それ故に想像するだけならばタダというものであるのでそれを言及する気にもならない。


「妙な心配をするのならば、腕をあげればいいだけの話ではないかと思うのだがね?」


夢の世界へ旅立ち、いい思いでもしているのか。
犬の顔に浮かぶのは笑みであり、酒臭さも相俟って少々不愉快なような、それでもそっとしておいてやりたいような。
なんとも複雑怪奇。
しかしてそれもまた己の感情というのなら、甘んじて受け入れるのもまた一興ではあるのだが。
パサパサの髪に手を通す。
手袋越しではやはり上手くは梳けない。
片手が塞がっているので、空いている方の指先の布を歯で挟み、引き抜いたそれで髪を撫でてやる。
流石駄犬だ。全くもって触り心地がよろしくない。


『爆熱番長ともう一度死合いたいと、仰ったからではないかと』


文学番長の言葉を思い出す。
それは正しく、他の犬に目移りするのを止めようとしているように思えなくもないのだが。
しかしこの犬は自身と死合うのを嫌がっていたのではないだろうか?
はてさて、一体どのような心境の変化なのだろうか。
パサパサの髪を撫でつけながら首を傾げる。
駄犬はまだまだ起きそうにない。
鼻につく酒気も今の所はとりあえず耐えきれない程の不快さは無いが、一体いつまでこうしていれば良いものなのだろうか。


「……起きたらまず、この髪をどうにかせねばなるまいなぁ」


溜息をつく。
けれども今度は面倒という程の億劫さはない。
起きた時には頭痛か何かでとにもかくにも体調を崩しているだろうが、風呂に押し込もうとすればまたギャンギャンキャンキャン騒がしくなるに決まっている(そして自分で自分を苦しめればいい)
腰にきつく巻きついていた腕は、今や力なくダラリとぶら下がっているだけで、振り解こうと思えば振り解けるし、膝上から勢いよく落としてやっても構わないのだが。
膝上に乗せ続けて、枕のままでいてやった事を恩として売ってやれば、以外にも性根ばかりは真っ直ぐな犬はそれなりに居心地の悪さを感じるか、もしくは素直に首を垂れるかするのだろう。
怒鳴り散らして誤魔化す、という線もあり得るが、そうなればこの花の意図を聞いてしまえば良い。
正直に言えば、目移りの意味合いはよく解らないのでそれが解決されるのならばそれもまた一つの遊びである。


「早く起きないか、この駄犬め」


目移りするなと言うのなら、目移りする前にもっと楽しませてくれれば良いのだから。
このまま寝こけているのであれば、それこそ本当に別の犬を探すまでだと言外に告げてみても相手はやはり夢の中。
なんともくだらない、しかしなんとも複雑怪奇。
それを何故だか悪くないと思いつつ、起きるまではこうしておいてやろうと再び気持ち良くもない髪を撫で始めてやる事にする。






片手に握られたのは、青い花弁の勿忘草。





























婉曲的な独占欲

(…………頭が痛ぇ……!)
(それはそうだろうね。さて、君は何故此処に居るのだろうか?説明して貰えるのだろうね?)
(………っ〜…いや、むしろ何故お前が此処に居るのか訊きたいんだが)
(…それはまた、新しい切り返しではあれど面白くはないのだがね)

























此処は何処ですか。
そして彼らは誰ですか。
知らない私知らない……!!(貴様)
爆熱とかさ、それなりの相手が居れば憲兵はワンコ放っていっちゃうと思うんですよね。
ワンコは、普段死合うのは嫌だって拒否するけど、構われなくなると寂しいんだよ……!
あれ、これどっち受でどっち攻?(気持ちは犬憲。あ、犬じゃねぇや( 狼 で す ))




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