この想いは変わらない










特別なのは一目で解った。

だってあの人は、家族や自分には見せない顔で笑っていたから。


「ねぇ、俺と金剛の兄ちゃん、どっちの方が好き?」


だから、確かめたかっただけなんだ。



















話は今より数時間前に遡る。
学校帰りには必ずという程頻繁に立ち寄る秋山の家に、磊は半ば習慣の如く今日も足を向けた。
夕暮れ時には買い物帰りなのか篭一杯にスーパーの袋を詰めた自転車が通り抜けたり、何も無い電柱の近くで井戸端会議に興じる主婦の姿が目立つ。
時折軒先から漂ってくる食欲を擽る匂いに、磊は想い人の手料理を思って一人破顔した。
図体のでかい高校生が誰と話すでもなくにやついている姿は主婦達にとってはその場を賑わせる要因でしかないが、当の磊は良くも悪くも外部から浴びせられる不躾な目を気にする性格でもない。
本人からすればにこにことした顔でステップを踏むように、周囲からすればにやついた顔でズシンズシンという地響きがしそうな足取りで突き進む磊は今正に恋人が用意してくれているであろう夕食に思いを馳せる。
この角を曲がればあの人の家だ。磊の足が更に早く進んでいった。


「……あれ?」


角を曲がってすぐ、はろばろの家と書かれた表札の掛かる表門の前には、今頃の時間には大抵キッチンで料理に勤しんでいる恋人が立っている。
勿論、彼が一人だけではなく、そのすぐ傍で佇む影は自分よりも些か大きかった。
自分よりも長身の人間になど、父親を抜かすと滅多に見かけない磊は首を傾げながら二人に近づく。
秋山が楽しそうに声をあげている所を見るとしつこいセールスとかでもないだろう。
近づくに連れ、陰影ではっきりしなかった輪郭が明らかになる。磊の姿を先に見止めた秋山は、相手に後ろ後ろ、と示して見せた。


「―――…金剛の、兄ちゃん……?」

「……磊、か?暫く見ない内にでかくなったな」

「金剛、それ年取った人の台詞だよー」


瞠目する磊を感慨深げに眺める金剛、そしてそんな金剛を揶揄するような秋山の軽快な声が夕方の住宅街に響き渡る。
予期しない人物の登場に、磊はどう反応すべきかと考えはするものの行動に反映される事はない。
金剛は、磊の叔父にあたる。そうと知ったのは幼い頃から随分と後だが、昔は月美と一緒になって遊んで貰っていた。
近頃は随分とご無沙汰だったが、別に消息が不明という訳でもない。ただ、磊の父親は何か引っかかるものがあるらしく息災かどうかを秋山に探らせているクセに当の本人には何のコンタクトもとっていなかった。


「煩く言う割に全然連絡取ろうとしないからさ。呼んじゃった」

「よ、呼んじゃったって…」

「はは、予想通りの反応。あの人は捻くれてるから、あんまりいい反応しないかもねぇ」

「そうだな。それに、昔から変な所で意地っ張りだ」

「そうそう。この間さ…」


共通の人間の話題だからか、それとも先程までもその話をしていたのか、弾む会話に磊は置いてきぼりを食らってしまう。
かと言って、この場を立ち去り中に入るのも妙な対応であるしいくら叔父とはいえ恋人と誰かを二人きりにさせるなどという愚行は犯したくなかった。
警戒し過ぎだと、単に今の磊と秋山の関係だけしか知らない者からしたら呆れる程の独占欲であるが、それはあながち下衆の勘繰りと一概に言いきれるものではない。
何故ならば、


「あァ、そうだ。あっち行く前に君もご飯食べて行ったら?磊君も食べていくし」


あくまでついでを装ってはいるが、明らかに引き留めようとしている態度に胸中の不安が確信へと変わる。
秋山が磊の恋人になったのは最近の事であり、磊にしてみれば漸く実ったばかりであるのだが、そこの夢見ていた変化は特に無い上に、秋山の接し方はまだまだ恋人というには幼く、そして相変わらず子供扱いされているような気がしてならなかった。
それとは対極に、金剛は秋山と同い年であり、過去この日本で起きた事に対し共に力を合わせていたという。
それ故か、秋山は金剛に無邪気な顔を見せるのだ。
それは弟妹達や磊のような、所謂被保護者の立場では見せて貰えない、甘えだったり幼さだった。
恋人になったら見せて貰いたいと、磊が切望している秋山の弱い部分。
それを金剛は何の努力もせずに手に入れてしまっている。
同い年というだけで。
ただ傍に居たというだけで。


(……こういう考え方がガキなんだって、解ってる)


みっともない嫉妬をどうにか隠したかった。
秋山ならこの想いを吐露しても可愛いヤキモチだと笑って許してくれるかもしれない。けれどそれはあくまでも大人としての対応であって同等ではないのだ。
対等になりたいと思うのはいけない事だろうか。
それとも、自分の体格から心構えまでが金剛のようになれたら何かが劇的に変化してくれるのだろうか。


「良いのか?」

「勿論、駄目なら言わないしね」

「……磊は、家で用意して貰ってるんじゃねぇのか?」

「最近はよくこっちで食べていくよ。学校から近いから立ち寄りやすいんだって」


本人を抜きにした所で『昔遊んでくれた男に未だ懐いている少年』のレッテルが貼られているようで、磊はおもわず眉をひそめた。
顔も顰めてしまったかもしれないが、構いやしない。
秋山は、金剛に対し磊を恋人としては紹介してくれないのだと突きつけられた現状に磊は不快感を堪えなかった。
別に誰彼構わず公言して欲しい訳じゃないし、秋山にも立場というものがあるのは磊とて付き合う事になってから秋山に言い聞かされてきたから学んでいる。
だからと言って、これでは金剛にフリーだとアピールしているようにも見えて、そんな風に思う自分を磊は嫌った。
信じているし、信じたい、好きでもない男と付き合うような人ではない―――そう、思いたい。
それでも、好きだからこそ不安になって、きっと秋山にとっては鬱陶しくしか思えない独占欲に胸が掻き乱される。
磊は乾いた声で同意を示したが、金剛がはろばろの家を出るまでその口は重く閉ざされていた。





















そして、夜。
そろそろ行くと席を立った金剛に、自分はもう少し後で帰るから兄弟でゆっくりして欲しいと告げた磊は、金剛を見送り一息ついていた秋山の肩に後ろから腕を回した。
体重をかけるようにズシッと圧し掛かる姿は、大型犬が小型犬にじゃれついているような、甘えるようなそれで、秋山は一瞬目を丸くして、それから「どうしたの磊君」とささやかな笑みを混ぜて訪ねる。
磊が拗ねていた事など、秋山はちゃんと解っていた。
しかし久方ぶりの金剛との邂逅に、ついついもう少しあと少しと会話を続けてしまい、結果的に磊を放置する事となってしまったのだ。
申し訳ないとは、思っている。
それでもこればかりは、どうにもならないのだ。


「…ごめんね。怒ってる?」

「……」


訪ね、手探りに肩口に顔を埋めている磊の頭を撫でれば、首を振って否定している事が首筋に触れる感覚から解った。
怒ってないけど、と掠れた声が囁く。
こういう声を出されると、やっぱり一人の男の子なんだなぁ、なんて呑気に実感させられた。
けど?と言葉尻をそのままにして続きを促せば、回された腕にほんの少しだけ力が込められる。
僅かな息苦しさを我慢して続きを待つ。何だかおかしいな、なんて今更ながらに磊を気遣うあたり、自分は相当金剛に集中していたのだろう。


「…怒ってないよ。怒ってないけど……」

「……けど?」

「……………………不安に、なる」

「――――――…ら、」

「ねぇ、俺と金剛の兄ちゃん、どっちの方が好き?」


ボソボソッ、言葉の通りに頼りない声色が耳元に言葉を落としていく。
どうフォローしようかと考えていたら、珍しくも磊に先手をとられ、秋山はいつもと違うのは磊なのか自分なのかと自問したが答を出すには少々時間が足らなかったらしい。
ねぇ、と急かす声にそっと溜息をついた。


これは誤魔化せないんだろうな。いいや、誤魔化す気になれないのだ。


自問するまでもなく、秋山は仕方なしにまた息をついて磊の腕の中から抜け出した。
大して力を入れてもいないのに、ほんの僅かに身じろいだだけで解けた拘束は、拒絶と見受けられる動作をされればすぐにでも解けるようにしていたようでもある。
磊の表情が悲痛なものとなる瞬間を見透かして、秋山はくるりと磊を振り返り、改めてその腕の中に飛び込むように抱きついた。
ビクリッ、磊の身体が大きく震えたかと思えば、恐る恐る秋山の背中へと回される。


「……君は昔も同じ事を聞いたよね」

「へ?」

「やっぱり覚えてない」


クスクスッ、腕の中でおかしそうに笑う人は誤魔化しているようにも見えなくて、磊は話の成り行きを待った。例えそれがもしも誤魔化しだとしても、磊にとって秋山の言葉だけが真実だと、そう彼は思っている。
けれどもそんな従順さを、秋山が時にもどかしく思っている事など、磊は知らないのだ。
そうしてそれを知るには、まだまだ沢山の時間がかかる事だろう。


「小学校に入る前かな?僕と金剛の所に来て、恋人同士なのかって」

「ぇ、お、俺が?」

「うん。それで僕は、金剛に僕の気持ちがバレやしないかって凄く焦ったんだよ」


あの時は君を叩いてでも黙らせようかって思った位だ、なんて茶化すような言葉よりも、僕の気持ちという言葉の方が自分にとっては衝撃的だったと磊はどこか冷静な部分でそう考える。
まさかそこまでとは思っていなかったけれど、何にせよ秋山が金剛を特別視している事には何の大差もないのだからそれが友愛であれ恋愛感情であれ磊にとってはどちらも面白くないのだ。
ただ、磊が問いたいのは、秋山の『今』の気持ち。
今も金剛の事が好きなのなら、自分で言うのも何だが彼と似ている所を好いたのだろうかと、磊は不安になる。
身代りだとしても傍に居れるならそれで良いなんて殊勝さを磊は持ち合わせてはいない。自分の想う限り愛したいし、相手にも同じ位愛して欲しいと思うのは、恋愛をする上での基本事項であると同時に当然の欲求だと磊は認識していたからだ。


「あの時から、磊君には色々見破られてたのかもね」

「…あの、さ。優兄ちゃ」

「でーも」

「あだだだだだだっっっ!!?!?い、いひゃいいひゃいっっっ!!!!」


グイーッと頬肉を引っ張られる。
手加減の無い力の加わりようにおもわずあがった声は本気で痛みを訴えているというのに、秋山はその手を離そうとはしない。
その顔に浮かぶのは確かに微笑ではあれど、こめかみが僅かに震えている所を見ると空恐ろしい笑みでしかなく、磊は文句を言う寸前にガッチリ口を閉じた。


「不安になるのはともかくとして、疑うのって酷いんじゃないのかな?磊君」


好きでもない、しかも男で、その上年下の子供と、適当に付き合うような男だと思ってるのかと。
ねぇ?と先程の磊よりずっと強い催促に、磊は頬を引っ張られたまま口をもごつかせた。


「…ふぇ、ふぇもはっ」

「うん?でもとかマリモとかそういう否定の言葉はお兄さん欲しくないなー?」

「いだだだだだだだだっっ!!!ほめっ、ほめんっ!!」

「……ま、今回は僕の態度も悪かったしね。誤解させちゃった事に関しては、多少の責任があるのは認めるけど」


でもあんまり疑われるのもあまりいい気はしないものなのだから、今度からは疑わないで、なんて。
ちゅっと、可愛らしいリップ音が響いた時には、頷くしかなくて。


「……好きだよ、優兄ちゃん」

「うん、ありがとう」


また怒られるかもしれないけど、今の優兄ちゃんの気持ちが何であれ俺はこうして傍に居てくれるなら何でも良いかな、なんてぼんやりと思った。



































この想いは変わらない

(……今また疑ったでしょう?)
((ギクッ)そ、そんな事無いって!)
(……別に良いんだよ?磊君が浮気して欲しいって言うんならお望みの通りにし、)
(ごめんなさい俺が悪かったですお願いだから勘弁して下さい)
































一萬打御礼企画、表での第三弾です。

■リクエスト内容
10年後磊×秋山+金剛
秋山は昔金剛の事が好きだった。
金剛が昔秋山を好きでも単なる仲間意識でも可

嫌になる位甘やかせばいいじゃないと思いつつ、この後猛と出会った金剛が磊は随分秋山に懐いてるなとか空気読めない事言って猛を困らせればいいよ(ぇ)
表の方はこれがラストリクになります。
ありがとうございました!




あきゅろす。
無料HPエムペ!