そんなあなたが大好きです






昔は誰よりも大きなこの身体が嫌で仕方がありませんでした。

話し掛けるだけで脅えられるこの大きな身体が嫌で嫌で仕方がありませんでした。


それでもこの身が貴女のお役に立てるのなら。




私にとってそれ以上の幸福は無いと思うのです。






























「貝裏鬼ー!」


満面の笑みで手を振りながら駆けてくる少女は、片手で巨大な鉄棍二本を抱えていなければ少女漫画のヒロインに相応しい可憐な人。


「お疲れ様です、剛力番長」


統括していた港区を金剛番長に譲ってからも、少女曰くの「正義の実行」に終わりはない。
それでも彼の男との対決が彼女に変化を与え、これまでの過剰な正義の行いと、偏った正義感は多少ともナリを潜めていた。
喜ばしい事、なのだと思う。
少女が暴走していたあの時の自分は、今のようになって欲しかったのだ。
港区の住人を思うが故の正義感といっても、第三者からは事件と称されるような行いを続けていけば、少女はいつか心ない誹謗中傷に傷つけられてしまうだろう。
少女の体質からして肉体的な傷を負う事は無い。だが人の言葉には良くも悪くも力があるのだ。
特に、少女は実直で、他者を思いすぎる所があるから。
そうならない内に、少女には加減というものを覚えて欲しかった。
そしてそれを教えるのは、本来ならば近しい者が、もっと言うのなら少女を慕い忠誠を誓った舎弟の自分こそが、進言するべき事だったのだ。
けれど自分は、己の無力を理由に他の人間を頼ってしまった。
少女の変化を喜びながらも、そうさせたのが自分ではないという事が口惜しい。


「貝裏鬼?」

「あ…い、いぇ、何でもありませんからっ!」


小首を傾げて見上げてくる少女に慌てて平静を訴える。
しかし慌てるあまり両手をブンブン振っていては、何かあったと言うようなものだった。
隠し事をされたと察したのか、少女の顔がムッとしたものになる。
しまったと思った時にはもう遅く、貝裏鬼、と些か強い声が咎めんばかりに名を呼んだ。


「私には話せませんか」

「いぇ、あの、そういう訳では…」

「では!話せるのですね」


ニコッと綻んだ少女の笑顔には、きっと一生勝てない気がする。
それは腕力や体力の問題ではなく、器の大きさや心の持ちようの違いである。
その上、有無を言わせない穏やかな微笑みに自分はとても弱いのだ。


「…剛力番長の舎弟として、私はまだまだ未熟だなと」


ここは素直に話すべきなのだろう。
優しい方だから、そんな事はないと慌ててフォローしてくれるのは解っている。
そうなったらお礼を言って、話を終わらせてしまおう。
そんな打算の元、やはり情けなくも呟けば少女は慌てるどころか何だそんな事というように微笑んだ。


「貝裏鬼、ちょっとお話しませんか?」

「ぇ…あ、はぁ……」


座って下さい、と言われるままその場に腰を降ろす。
少女との待ち合わせ場所は大抵が緑の多い場所だ。
今回もそれに漏れず川沿いの土手で顔を合わせたので思うままに育った草花が服越しに触れて何となくむず痒く、擽ったい。


「あ、剛力番長。良かったら…」


何の躊躇いもなくその場に座ろうとする少女の前に、ズボンのポケットに入れてあったハンカチを取り出し広げる。
自分にとってはハンカチでも一般人からすればバスタオルにも成り得るそれは、さながら遠足に持っていくシートのようであった。


「どうぞ」

「ありがとう。貝裏鬼」


少女が座ると柔らかにハンカチが揺れる。
緩やかな風が草花を撫で揺らし、少女の短い髪をふわりふわりと靡かせた。
話とは、一体どんな内容だろうか。
まさか、ありえないとは思いつつ、舎弟を辞めろと言われてしまったりするのだろうか。


「そういえば」

「はいっ!」

「あの日から、あまり改まってお話した事ありませんね」


悪い方にばかり考えている所へ少女の朗らかな声が無邪気に響く。
大袈裟に身震いした自分を不審に思う事も無く、少女は話し続けた。


「あの時は、沢山の方に迷惑をかけてしまいました。それ以前にも、私は同じように沢山の方を傷付けてしまっていたのかもしれませんわ」

「そんな事は、」

「良いのです。自分の駄目な所から目を逸らしては、立派な番長にはなれませんもの」


前を見る事だけが必ずしも良い事ではないと、そう少女が思えるようになったのは、金剛番長のおかげなのだろう。
そう思うと、また自分勝手な悔しさが胸を貫く。
こんな風に思っている事自体が己の器を小さくさせるとは解っていても、狭量な男だと自覚していても、悔しさは勝手に込み上げてくるのだ。


「貝裏鬼は、何を未熟だと思っているのです?」

「ぇ、いや…それは……」


まさかここまで核心に触れようとしてくれるとは思ってもいなかった。
それだけ自分を大事にしてくれているのだと思えば嬉しいが、情けないグチを吐露するのはできるなら避けたい。
それでも、少女がこうと決めたら譲らない性格だという事は、身に染みてよく解っていた。


「…私は、この通り身体ばかりがデカイだけでしょう。勿論、舎弟が番長に勝てるとは思ってもいません。しかし…あ、貴女を、少しでもお守りできたらと…」


それでも、そう思うだけで実際には何からも少女を守れていない。
せめて役に立てればと思うのに、大きすぎる手は不器用で何も作り出せやしないのだ。


「貝裏鬼」

「…ははっ、駄目ですよね。こんな情けない話をしていては…」

「違います、貝裏鬼。私はもう何度も貴方に守られています」


力ないカラ笑いも情けなさを助長する。
下に向きかけた目は、予想外の言葉からそれを発した少女へと向けられた。
少女の表情は困惑していて、自分の言った事を本当に違うと思っているようで。
何が違うのかと、解らぬ自分も似たような顔をしてしまったのか、少女の小さな手がおもむろに伸ばされた。


「貴方の言うことに耳を貸さず、一人でいい気になっていた私を、貴方は見捨てないでくれたでしょう」

「それは剛力番長が思いやりから行動していると知っていたからであって、」

「貴方は身体ばかりが大きいと嘆くけれど、貴方の大きな身体が、あの時人の命を守ったのですよ?」

「いぇ、あれは全て金剛番長のおかげで…」


自分にはない知識をあの男が持ち得たから、だから今、こうして少女と自分、それに多くの人間が生きているのだ。
そう言おうとすれば、いいから最後まで言わせて下さい、と叱りつけられる。


「貴方がコンテナで押さえ込んでくれなかったら、金剛番長は間に合わなかったかもしれませんわ」

「はぁ…」

「貝裏鬼、貴方は私が必要とされていると言ってくれましたね」

「はい、それは勿論」

「私には、貝裏鬼が必要です」

「ぇ…」

「貴方が私を守りたいと思うように私も貴方を守りたい。守りたいものがあるからこそ人は強さを求め、また、強くなれるのだと思うのです」


だから、貝裏鬼。
自分を呼ぶ声と共に、指先を少女の掌が握る。






「互いに守り合えるように、これからも私と一緒に、強くなっていきませんか?」






微笑む少女は穏やかな笑みのその裏にゆっくりと、しかし確かな決意を秘めていた。
一緒に居てくれと、未熟だと言うなら共に強くなろうと、言ってくれている。
同情でも憐れみでもない、本心から必要とされる喜び。


「…貝裏鬼?も、もしかして駄目でした?!」


微笑から一転、どうしましょうどうしましょうと慌てふためく少女に零れ落ちる笑みを堪えぬまま、指先の腹で壊さぬように髪を撫でる。






「……勿論、喜んでお供させて頂きます。剛力番長」



「…………!大好きですわ、貝裏鬼!」






ポカンとこちらを仰ぎ見た少女は、自然と出た言葉の意味を理解するなり満面の笑みを浮かべ、高らかに声をあげた。






自分の言葉ひとつで笑ってくれるなら、今はそれで満足しよう。



























そんなあなたが大好きです

(貝裏鬼、大好きですからね!)
(はい、私も大好きですよ)
































一萬打御礼企画、表での第二弾です。

■リクエスト内容
貝裏鬼×剛力で甘々

この二人の話は初めてですのでキャラが崩壊してないかが心配です。
二人揃って一人称「私」なので二人称で区別をつけてみましたが読みづらくはなかったでしょうか…(汗)
タイトルの「あなた」はどちらともとれるようにしてみました。両想いですから(笑)
ありがとうございました!



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