赤鬼のささやかな悪戯






2月2日の夕方




「あのね…金剛」


明日、うち来てくれない…?






上気した頬。

潤んだ瞳の上目遣い。

恋人からそんな風に可愛く「お願い」をされたら、断れる訳もなく。










「はい、じゃあこれ着けて」









例え何の用で呼ばれているのかが解っていても。

例え手渡されたものが悪意を感じる程酷似した鬼のお面でも。




これもまた、惚れた弱みというやつで。































「…お前、近頃俺の扱い方を心得てきたな」


不本意ながら、あっさりと釣られてしまった自分が悪いとは思いつつ、受け取った仮面をまじまじと見つめる。
鋭い目つきに、堀の深すぎる鼻筋。
その割に口元はにこにこと笑っている鬼のお面は、なんとなくだが自分に似ていてどう反応したものかと困ってしまった。
するとそれを察した秋山が弟妹達の方を見る。


「あいつ等が作ったんだよ。晄兄ちゃんに来て欲しいから、だってさ」

「…………そうか」


ほんわか胸の中が暖かくなって、潰さないようにお面をそっと持ち直す。
真心の篭ったお面に感動しながら、よし俺は頑張って鬼をやろうと思っていると、秋山が大きな籠を持ち出してきた。
その中には大豆では無く殻に入った落花生がこれでもかと詰め込まれている。


「よーし、皆持って行けー」

「はーいっ!」

「……お、おい」

「ん?なーに」


なーに、だなんて可愛く言ってみてもこればかりはスルーしない。
場所によっては落花生を使う所があるとは知っているが、東京では大抵が大豆を使用する筈ではなかったか。
それをそのまま素直に口にすれば、だって炒るとお金かかるし落ちたやつは食べれないから勿体ないだろ、なんて主婦魂全開の事を言ってくる。
いや問題はそこではなく、まぁある意味はそこであるのだが、とにもかくにも大豆より落花生の方が痛さの度合いが強いのではないだろうかと思う。


「はは、何の心配してるの。大丈夫だよ、落花生で人は死なないからv

お前もしかしなくても俺の事嫌いだろう

「嫌いじゃないよ?安売りしてるもやし並みには


既に生死云々が前提なのか。
そもそも安売りしてるもやしっていうと、近所のスーパーの13円のやつじゃないのか。お前の俺への愛は13円かそうなのか。
明らかに見え隠れする悪意も、子供達が邪気のない笑顔で楽しそうにしているのを見ると和む。
そりゃもう和むあまりお面を着けるまでもなく顔が崩壊しそうだ。


「ホラ、お面着けて」

「……」


そのつもりで来たのだし、急かされるまま仕方なくお面を着ける。
すると子供達は何が楽しいのか「わー」とか「きゃー」とか声をあげて立ち向かう者や逃げ惑う者に分かれた。
秋山はそんな弟妹達が転ばぬように、一緒になって駆けている。
そんな秋山の背景に花が散っているように見えるのはいつもの事だが、今日は家族も一緒だからかいつも以上に穏やかで、そして油断しきっている。
リラックスしている、とも言えるのだろうか。
こんな顔を見れるのは、家族と、それから自分位のものだろう。


(……悪くない、な)


「ふくはーうちーっ」


子供達が騒ぎながら、玄関先に落花生を投げ込む。
パラパラと舞って玄関に落ちる落花生は後で拾われるのだろう。
それを見守っていると、子供達が落花生を手に走り寄ってきた。
そろそろ「鬼は外」だろうかと待っていると、幸太が晄兄ちゃんもこっち、と手を引いてくる。


「?」

「ふくはーうちー」

「おにもーうちー」


子供達の笑い声に混じって響く掛け声は、自身を中へ招くものだった。
驚きながらも手を引かれたまま、玄関前に連れて行かれる。
踏まないでね、という子供達の声に従って注意して中へ入ると、おにさんいらっしゃーいと盛大な合唱を受けた。
自分の知る限りでは、鬼を祭る神社や鬼という文字の付く苗字の家以外では「鬼は外」と言うものだと思っていたが違っただろうか。


「去年までは僕が鬼役やってたんだけどね」


兄ちゃんに豆なんか投げられないって言われてからは毎年こうなんだよ、と。
笑う秋山は遅れて玄関から入ってくる所だった。
片腕に小さな妹を抱き上げて、ね?なんて笑い合っている。


「晄兄ちゃんは優しいおにだもんねー」

「ねー」


無邪気な会話は問答無用に胸へ染み込んでいった。
いつまでお面着けてるのと、秋山の声が優しく響いてお面を額まで押し上げる。
開けた視界には、炊き込みご飯を作る時だけ使用される釜がコンロの上で湯気を吹き、美味しそうな匂いを醸し出した。


「出来たみたいだし、食べよっか。豆ご飯」

「わーいっ!」

「ぇー、豆きらーい…」

「はいはい、好き嫌いするなよー」


ガヤガヤと騒ぎながら居間へ走っていく者、戸棚から食器を出す者と手分けして駆けていく。
そんな子供達を半ば呆然と見送っていると、秋山が仕方ないなとばかりに笑った。






「後で投げた落花生拾うけど、その前に一緒に腹ごしらえでも如何かな?赤鬼さん」




「………参った。これじゃあ悪さもできねぇ」






微笑む秋山の肩を抱き寄せて、情けなく呟くと、そりゃ重畳、と舌先を出した可愛い顔で可愛げのない事を言うから、子供達の目を盗んでその舌先に噛み付いてやった。






























赤鬼のささやかな悪戯

(晄兄ちゃん、お顔どうしたの?紅葉みたい)
(ん……いや…)
(はは、気にしないで食べな)
(……ちょっと触っただけじゃねぇか(ボソ))
(そこの変態何か言った?(ニコッ))






































節分ネタです。
金剛ははろばろの家の守護神だから、祭ってるよきっととか意味不明な理屈を述べてみたり。
我が家はもう豆まきしないんですがね、散らかるし、家具の下に潜り込むと面倒だから(情緒の欠片もない)
ギリギリ節分当日にアップできて良かったです。




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!