アンバランスな恋心








「金剛番長の意外な一面発見!!」


…なーんて言ってたけど。

実は意外と気にしちゃってたりするんだよねぇ。























『月刊キュンキュン7月号』の表紙には大々的に空野そあらの特集が組まれていた。
それを、休み時間だからってにこやかに、というか微笑ましそうに見ている金剛を見て見ぬフリしながら陽奈子と言葉を交わしている途中も何だかムカムカするというか何というか。
いや誤魔化しても仕方がない。
認めよう、僕はムカムカしているのだ。
金剛はアイドルになんか興味無いと思ってた。
いやむしろ女に興味があるのか微妙な所だと思ってた(それもどうなんだとは思うけど実際男の僕なんかと付き合ってる訳だし真実味はあるんじゃないかと思う)
それがまさかアイドルに、しかも世間で人気のある有名な少女に熱をあげているとは…良くてマイナーな演歌歌手(熟女系)かと思ってた(それもどうなんだとは思わないでもないけど)
しかもしかも激レアチケットまで手に入れる程のファンだとは…誰が解るだろうか。


「女物のプレゼントを買いたいんだが」


聞こえた声にはもはや強がりすら言えない。
っていうか、っていうかプレゼントなんて僕だって貰った事無いんだけど…!
いやいや僕は男だしね、付き合いも浅いしね、どうせ男だしね。
良いよ良いよ気にしてないよ気にする訳無いじゃないか。








(……………なんて、意外とキてるな僕)


街頭のモニターに映る空野そあらを眺めながら、アクセサリーショップの前で激しく一人喋っている陽奈子の姿を見守る。
先程まで金剛を尾行していた彼女はすっかり目標を見失ってしまったらしい。
何だかんだと、彼女と同じ思考回路をしているのかと自身の知能指数を大いに疑ってしまったが、これ以上金剛を尾行するのも馬鹿らしく、自宅へ帰ろうと踵を返した。
だってどんな凄い趣味にしたって彼が空野そあらへのプレゼントを購入しただろう事は明白であって、そしてそれは僕がどうにかできる事ではないのだ。
そんな事は言われるまでもなく解っているのだから、みっともなく嫉妬したって仕方ないだろう。
あぁなんて賢くて聞き分けの良い僕の頭。
いっそみっともなくだだっ子みたいになれたら良いのに幻滅されるのが嫌でそれもできない。


(……なんて馬鹿馬鹿しい)


相手はアイドルなんだから、本来嫉妬する必要性なんて無い筈だ。
芸能人と一般人の恋だなんて実るのは少女漫画の中だけであって現実には滅多な事じゃありえないと言い切れる。
しかし金剛は一般人であって一般人ではないのだ。
巨大な体躯や特徴的な顔は相手の脳裏に一瞬で刻み込まれる。
鮮明な記憶は、もしも空野そあらがマッチョフェチだったりなんかした場合、絶大な効果を持つ事だろう。
23区計画に勝利した暁には日本全土を好きにできるのだしそれならば僕みたいな男より人気のある可愛いアイドルを手に入れる方が良いに決まっているのだ。
何より、金剛が異性に興味を持つという事。
それが最も恐れている事だなんて、考えてる自分は相当女々しい。
それだけでも金剛に厭われる可能性は否めなくて、そしてそれを考えてしまう事でまた女々しさを実感する。
あぁ嫌だ嫌だ。
どうして彼の事に関してはこんなにも弱いんだろう。
じわりと目頭が熱くなりそうになって、慌てて帽子の鍔を引っ張り顔を隠した。



























そんなこんなで、二日前の、家に帰ってからの僕の態度と言ったらそりゃもう酷かった。
金剛との会話は必要最低限だったし、泊まっていって良いかという金剛を素気無く追い返したし学校でもソッポを向いていた。
流石に様子が変だと思っていたようだったけれど、あまり深くは問われなかった事が逆に不安な気持ちを深めさせる。
だってそうだろう。
結局彼にとっての僕の存在なんてその程度のものだって事なのだから。
昨日に至ってはイベント前日から会場前で陣取る親衛隊の中に混ざっていたし。
いつもなら大抵は毎日僕の家に寄っていくのに、それもしないで行ったって事はやっぱりそっちの方が大事って訳で。
あぁいけないこんな風に考えるのは悪循環でしかないじゃないか。
…と、一度は思い直してみてもやっぱり暫くすればまた不安にもなってしまう訳で。
等身大の…とは言い切れずとも。異性の良さに気づいた金剛に即時別れを言い渡されたらと思うと、金剛がこの家に立ち寄るまでは気が気でなかった。
夕食を終えて、歓談の時間、弟妹達がテレビの前に集結していても、家のベルが鳴らされる気配はなくて、嫌になる。
もしかしたら、今日は来ないのだろうか。
それでもって、明日になったら学校でも冷たくされるのだろうか。
それからそれから、二度と近寄るなとか言われてしまったりするのだろうか。


(……うっわー…なんて見事なネガティブ思考)


自身をそう茶化してみた所で、誤魔化せる程単純な性格ではない事など自分自身が一番よく知っているというのに、無駄な足掻きを試みて。
来ないなら来ないって言っておいてくれれば良かったのに、来るとも来ないとも解らない人間を待つのは怖い。
待っていても来ないんだと、解っているならまだ気の持ちようもあるのに。
自然と出てしまう不安を弟妹達には見せたくなくて、食器洗いの為にキッチンに立っていると、流れ出る水音を掻き消さんばかりにベルの音が響いた。


「……幸太、ちょっと出て」


期待しまくった末に相手が希望のそれではなかったとしたら顔に出そうだと思い、ついつい逃げを打ってしまう。
何の疑問も抱かず、いい返事をしてパタパタと小走りに玄関へ向かう幸太が、暫くして金剛お兄ちゃん、と声をあげた。
力が篭らないように注意して皿を水に浸すと、幸太を肩に乗せた金剛が顔を覗かせる所だった。
何だよ、すっきりしたような顔で帰ってきちゃって。


「…どうだった?ソララ」

「ん…」


第一声がこれか、って自分でも変だとは思うけれど、幸太を降ろす金剛の横顔は憑き物が落ちたみたいにすっきりしていて嫌な気持ちがどんどん膨らんでいくばかり。
子供達の輪に戻っていく幸太を見送って、金剛がこちらを向きながら腕を壁に寄り掛からせバランスをとった。
何だよと仰げば、その顔は奇妙な位にこやかで、そして意地悪く僕の目に映る。
何なんだ、一体。


「そうだな、元気そうだった」

「あぁそう、元気そう…って……え?」


どんな皮肉で怯ませてやろうかと考えては見たが、その前にちょっと待った、と思考が停止する。
元気そう、という対象といえば、大抵は近親者や友人、とにもかくにも見知った人物という事になるのは常識だ。
少なくとも、ブラウン管や紙の媒体越しでしか知らない相手に使うものではない。
自身の脳内思考回路がそう結論付けて、そうして口に喋れと伝令を送る。


「…空野そあらと…し、知り合い……?」


だというのに、口はもごもごとはっきりしない。
これじゃあ挙動不審だと思ったら金剛がそういえば言ってなかったなとか何とか言いながら動いて冷蔵庫を開けた。
いつの間に勝手に入れたのか、蓋の表面に『金』とマジックで大きく書かれたプリンを中から取り出し、引き戸から大ぶりなスプーンを引っ張り出す姿は手慣れている。
冷蔵庫の不法占拠はともかくとして、今の僕はそんな場合じゃなかった。
金剛にとって、空野そあらが一体どんな存在なのか。
早く聞きたいような、いつまでも知りたくないような、複雑な気持ちで次の言葉を待つ。
すると、次の瞬間、金剛の口からとんでもない答えが返ってきた。






「妹だ」






(…………………………………は?)


「…………はぁ!?!??!!?」


何だそれ、何だよそれ!!
妹って、何の遺伝子操作したんだよ!!っていうか、金剛に妹が居ただなんて聞いてないんだけど!?
という事は、三日前からの僕の不安やら葛藤やらは全部無駄だったって訳であって。
今の今まで、もしかしたら別れるのかもなんて思いつめてる姿なんか、笑える位の事だった訳であって。
彼氏の妹を浮気と勘違いして悲劇のヒロインを気取る少女漫画の主人公気分をじっくり満喫してしまっていたという訳であって。


「っっっっ…………!!!!!!」


そう思い至ったら、何だか物凄く自分が恥ずかしくなった。
だってそうだろう。
勝手に一人で勘違いして、思い詰めて、金剛に八つ当たりして、さっきだって嫌な態度を取ってしまった。
金剛からしたら、なんて嫌な奴だろう。


「ふ…ふーん、そうなんだ。似てないね」

「……秋山」


カァッと顔に集まる熱をどうにかしたくて、行儀が悪くも立ったままプリンを食べている金剛から顔を逸らし、手元の洗い物に集中するフリをして俯く。
それを見透かしたみたいに金剛が声をかけてきた。
コトンと音がしたので目だけでそちらを見ると、食べかけのプリンが無造作に置かれていて、金剛がびっくりする位近くに来ていた。


「な、ななな何っ?」

「いや…機嫌はまだ直らないか?」


するりと頬を撫でる金剛の顔は、窺いの言葉の割にニヤけていて、それでもそれを不審に思う余裕もない僕は機嫌悪くなんてないよと苦し紛れの言葉を返す。
そうすると金剛の手がするすると首筋辺りにまで降りてくるから、慌てて身を引くと濡れたままの手から雫がポタポタ床を濡らした。
金剛が何事もなかったかのように水を止めて、僕へと向き直る。
馬鹿みたいに焦ってる僕は冷静な思考を見事に失ってしまっているみたいで、金剛の手が来い来いと誘うに任せて素直に歩み寄ってしまった。


「…やきもち妬いてるお前も可愛いが、いい加減触りたかったんでな」


僕を抱き締めた途端、笑いながら囁いた金剛の声に、僕が反論をするにはまだまだ時間がかかるだろう。
何もかも見透かされているのは少々気に食わないし趣味が悪いとも思うけれど。

久しぶりの金剛の腕の感触に、泣きたい位に安堵しているのもまた事実なのだから仕方がなかった。






















アンバランスな恋心

(……っていうか、気づいてたならもっと早く言えよ!!)
(何だ、さっきまでは捨て犬みたいな顔して可愛かったのにもう立ち直ったのか)
(捨て犬とか可愛いとか言うな!大体君はいつもそうやって…)
(兄ちゃんたちケンカは駄目だよぉ)
(喧嘩は喧嘩でも痴話喧嘩っていうやつだから大丈夫だぞ)
(子供に変なこと教えるなっっ!!)
































一萬打御礼企画、表での第一弾です。

■リクエスト内容
金剛×卑怯
金剛と妹の事を誤解してグルグルする卑怯
誤解時は卑怯番長、解決時は素

金剛は肝心な時には聡く秋山の心境を解ってくれていると良いと思います。
ありがとうございました!




あきゅろす。
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