待宵に徒花を抱いて










これが恋というのなら

待ち続ければいつか冷める日も来ましょうか


これが愛というのなら

待ち続ければいつか尽きる日も来ましょうか
























計画から早十数年、安定した日本の情勢は過去のあの日を夢だと思わせるほど平和だった。
あの頃は恋なんてできもしなかったし、する気もなかったけれど、他の番長達の何人かは、死闘を共にした事によって芽生えた連帯感や仲間意識を恋愛に発展させた末に交際中だったり結婚したりしている。
僕はといえば、弟妹達は其々立派に成長していて、早々に家を出て結婚したり、学校の寮に入ったりしていて、今や僕を必要とはしていなかったから、僕は広い家の中で割と気ままに生きていた。
けれどもそれを心配するお人よしが一人は居る訳で。


「金剛、電源入れて良いよー」


夕食用に作った特大オムライスを皿に乗せ火を切りながら声をかけると、食前用にと出していたプリンを食べていた金剛がスプーンを口に挟みつつテレビのリモコンに手を伸ばす。
壊さないようにと口うるさく言ってきた成果か、難なくテレビの電源が入った。オムライスを金剛に手渡し、自分の分を机に置いてから借りてきたDVDをプレーヤーにセットした。
一晩中観るつもりなのか、レンタルショップの青い袋の中には三本の映画DVDが入っている。
ビデオでなくDVDを持ってきたあたりは少々成長しているんだろうけれど、それでもこれじゃあオールナイトシアターだと思ったら笑ってしまった。


「映画でも観ないか」


そう言って何の前触れもなく家を訪ねてきたのは金剛の方だった。
寒さに震えそうな夜、暗闇の中浮かび上がる人影に目を凝らすとそれが異様に大きい事に気付いて、もしや弟妹の誰かが帰省でもしたのかと一瞬思ったが、発された声にそれが間違いだったと知る。
金剛に最後に会ったのは二週間ほど前で、その時も彼はこうして興味があるのかないのか解らない映画を何本か借りてきては僕の家に持ってきていた。
お人よしなのだ、彼は。
以前、ずっと昔、彼が家を訪れた時に弟妹達が居ないこの広い家を寂しいと評した。
慣れるとそうでもないと言ったけれど、あの時こうなるような気はしていたと思う。
何と言っても彼はお人よしに輪をかけているのだから。
時折様子を見に来ているつもりなのは知っている。
こうして一日逗留しているのは、寂しさを紛らわせようとでも思ってくれているのだろう。
彼にしては珍しく押し付けがましい善意を、それでも僕は咎めなかった。
咎める必要性を感じなかったと言えば良いのだろうか。
そう考えると、やはり僕は現状を寂しいと思っていたのかもしれなかった。


「よし、っと」


ディスクを読み取る機械の音を尻目に金剛の座っているソファの逆端に腰掛ける。
と言っても昔使っていた物のままな家具は子供用であるので、既にいい歳をした、とも言える男が二人並んでは両端に腰掛けたとしても大した距離は空かない。
黒い画面に『最新映画情報』と出て既に発売されているDVDの宣伝が流れるのをぼんやり眺める。
適当に一枚を抜いて入れたから、どんな映画かなんて知らない。
そもそも彼の選択基準は大抵アクションか動物ものだ。
後者の場合は時々隣から鼻を啜る音が聞こえてくるのでそういう時はさりげなく机の上にティッシュを配置するのだけれど、一通り見た所だと動物ものは無かった筈だ。


「秋山」

「ん」

「美味い」

「当然」


簡潔なやり取りはもう慣れ親しんだものであり、今更照れを感じる必要もない。
映画の長い宣伝が終わり、画面に現れたのは色彩豊かなアニメだった。
青い海に白い砂浜。パラソルに見立てた黒い傘の下で優雅に昼寝をする者の傍で電話が煩く鳴り響く。
金剛の選んでくるのは大抵がアクションか動物ものであるが、時折その外面に似合わず大手アニメーション映画を借りてくる。
言うなれば、森の奥に住まう灰色の妖精が姉妹と木の上で笛を吹いたり、呪いを受けた青年がそれを解く旅に出たりするようなもので、子供なら大抵知っているそれだった。
そんなものをこの男が借りると知ってレンタルショップの店員がどんな顔をしているのやら、その類いの映画を観る度に想像しては笑ってしまうのだけれど、実際に見に行った事は一度もない。
何故ならこれは金剛の善意であって、そして大抵が突然の事であり、この関係は約束の上に成り立っているものではないからだ。
これがもし縁遠くも付き合っている者同士ならば、外で食事をしたり待ち合わせをしたりするのだろうけれど、男同士である僕と金剛の間にはそんな感情などありえなかった。
僕か金剛のどちらかが女であったならこんな状況は仲を深めるチャンスになっただろうけれど、それはもはや仮定の話でしかなく無駄なものでしかない。


「あ、金剛。お酒は?」

「今は良い」

「ん」


お酒と言っても彼が口にするものは大抵アルコールが殆ど入っていないカクテル系だが我が家にあるのはビールだけだ。
とりあえず訊いてみるとやはり予想通り、否と返ってきた。
ジッと画面を見たままな所からして、今はそれどころではないという事もあるらしい。
一度ソファーから離れて冷蔵庫に詰められた缶ビール片手に戻ると、迷彩色の飛行機…飛行挺だったかな。とにかくそれに乗って小さな子供達がはしゃいでいる所だ。


「……何で豚が喋るんだろうな」

「魔法で人間の男が豚にされちゃったんだよ」

「……何で豚なんだ?」

「さぁ」


本編中では魔法云々という話があるけれど理由なんてそこには無い。
何か悪い事でもしたんじゃないの、と知らないから適当な事を言えば、金剛はまた黙って映画に専念した。
先の展開を知っている僕からしたら、豚よりも後に出てくる美女の方が良い。
空を飛ぶ石を持つ少女の話にも出てきそうなひげちょびんもちょっとキャラが濃い所為で三枚目だし、あんまりにも報われてなくて面白いが哀れにも思えてしまう。




三本目の缶ビールを空ける頃には豚の飛行挺は墜落してしまった。
形あるものはいつか壊れるって言うからね、御愁傷様、なんて皮肉を思い浮かべながら空いた皿を水に浸けるついでに四本目の缶ビールを冷蔵庫から取り出す。
金剛は手も疎かに見入っていて、食べかけのオムライスは勿体ない事にもとっくに冷めているだろう事が明らかだった。


『飛ばねぇ豚はただの豚だ』


豚は豚だろう、という野暮なツッコミは心の中でのみにしておく。
何故かって言ったら、金剛の目が主人公の決め台詞を聞いた瞬間からヒーローを見る子供みたいにキラキラし出したからだ。
外見に伴わず、某犬の話だとかアルプスで少女が立つ話だとかを観てはひっそりと目を擦っていたりするのだからそれこそ感覚が子供みたいに純粋なんだろう。
金剛が不意に見せる純粋さは見惚れる位綺麗だ。
作り物の話に一々リアクションして感動できるなんてのは少々現実主義が過ぎている自分からすれば羨ましいと思えなくもない。


(…あーあー、溢してる溢してる)


画面を見たままの状態で食べようとするから、口に上手く入らずにご飯粒がポロポロと溢れていてそれが余計に幼く見せた。
こうなると話し掛けても何をしても反応しないので、苦笑しながらご飯粒を拾ったり口の横についたそれを拭いたりしてやる。
本来なら怪訝な目を向けられるだろう行動も、幼き日の弟妹を思い起こさせるような事をする金剛の所為なのだから気にしない。
そうこうしている内に、豚の新しい飛行挺を造る作業が着々と進められていく。
男は皆出稼ぎに、飛行挺作りをできるのは女だけ。
何とも頼もしい女性達に、番長を務めていた女性陣を思い浮かべる。
何だかんだ、以前交流があった他の番長達とは滅多に連絡をとらなくなった。
何せ僕にはもう『卑怯番長』で居なければならない理由が無いのだから、素性を知らない彼らには僕からコンタクトをとらなければ顔を合わせないのも致し方がない事であり、むしろそれが当然の流れと言えたのだ。
近況を探ろうと思えばいつだって探れるが大して興味も無かったので誰と誰が結婚したとか付き合ってるとか金剛から聞き齧る程度のものである。
元気だろうか、だなんてらしくない考えが浮かんだ。
こんな風に考えるのは金剛が家を訪れた時位なのだが、ならば自分は二週間前にも同じ事を考えたのだろうか。あまり覚えていない。
ただ黙って映画を観ているだけだからか、金剛との時間はゆっくりと、けれども反面あっという間に過ぎてしまうから、翌日になると夢だったのでは、なんて考える事があった。


「…はは、」

「?」

「や、何でもない」


いい歳した男が二人、映画を観ながら夜を過ごす夢を一定の間隔で見ているとするなら異常だ。
そう思ったらつい笑ってしまって、異常なのは昔からだったかと思い直す。
画面にはアメリカ男がいいようにフラれている所で、豚が空を飛び去っていった。


『また賭けに負けちゃった』


女性が切なそうに呟いた。
笑うシーンではないのは明白なのだから、金剛が首を傾げるのも解る。
何でもないと手を振り、座り直してまた寂しく一人の晩酌に浸れば、やはりまた金剛は画面を食い入るように観ていた。


「………」


そして僕はソファーの肘掛けに寄り掛かって、そんな金剛の横顔を見る。


「…………」


朝陽が出てくる前になれば、見終わった映画を手に金剛は帰ってしまうのだ。
またいつ来るか解らない彼の顔を忘れてしまわないようにジッと見る。
それでも金剛は気付かない。
気付かないから、こうして彼は此処に居るのだけれど。


(……負ける賭けなんて御免だ)


朝陽が出てくる前になれば、見終わった映画を手に金剛は帰ってしまうのだ。










彼が愛し、また、彼を愛す女性の元へと。
























待宵に徒花を抱いて

(遅くまで悪かったな)
(ううん。奥さんによろしくね)
(…まだ奥さんじゃねぇ)
(なーに言ってるの。婚約してるなら確定だよ)


























ノンケ金剛な金剛←秋山
秋山君は本当にこんな未来送りそうで嫌だな…
弟妹達が居なくなっても最後には居場所になってあげられるようにって家に居続けて、番長達とは疎遠になりそうです。
誰でも良いから秋山君を幸せにしてくれ…!

ちなみに作中の映画は言うまでもなく…(汗)
まずかったらこの話はお蔵入りにします。




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