穴埋め問題が穴だった




大好きで大好きで大好きで大好きなあの人に。

大好きで大好きで愛しくて仕方ないと伝えた。





『全教科80点代、次の期末でとれたらお付き合い考えてあげる』





一世一代の大博打と言ってもいいんじゃないかって位に勇気を振り絞った告白は、そんな言葉で返されて。
だから俺は今までした事が無いんじゃないかって位に勉強した。
何と言ってもこれまで中の下、いや下の上あたりだった自分が、いきなり上位に入らなければならないと宣告されたようなものなのだから、それはもう、勉強しまくった(親父には何だか苦い顔されたけどそれはこの際気にしないでおく)




なのに。




「次、児玉」

「押忍!!!!!!」

「っっっ…声がでかい!まぁ、今回はよく頑張ったみたいだしな。ほれ、返すぞ」

「っしゃ!……………………ぇ、な、な、なななっ」

「次、古手川ー」















児玉磊

英語 70点










「っっっ嘘だぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「先生ー、児玉君が絶叫してます」

「気にしたらきりがないから気にせんでよーし。次、佐藤ー」


同情の欠片もないクラスメイトと担任のやりとりすら暖簾に腕押し、柳に風と言うべきか、頭を抱えて絶叫する磊の手に握られた答案用紙にはデカデカと「70」の文字がこれまた丁寧にも赤ペンで書かれていた。
70点…70点だなんて…!と磊が地団駄を踏む代わりにその場で力なく崩れ落ちたかと思えばバキバキと床を殴りつけている。
容赦のない打撃の所為でヒビが入った床を見た近隣の席の者は「うわぁ、これまた弁償だな」とばかりに顔を顰めたりしていたが、それを気にする余裕もない。
何と言っても腕力の加減がいまいち出来きれていない磊はよく教室の物を意図せずして壊してしまう。
それは大抵磊の父親であり、それなりに財力もある猛が学校に賠償金を支払う事でどうにかなっているのだが本人もそれなりに気をつけているようだった。
にも関わらず、今只管に床を殴りつけている磊は駄々をこねた子供のようであり、何事かに必死なのは目に見えて明らかだった。


「…はぁ…クラス委員」

「はーい」


疲れ切った溜息をついた担任教師の呼びかけに何か異論を唱える事もなく颯爽と席を立つクラス委員のこなれた感は、クラス委員という称号の後に「児玉磊係」とでも付きそうである。
ちなみに彼女の英語の成績は文句なしの100点満点…という訳でもなく、しかし磊が望む80点は余裕で超えていた。


「児玉君、その位にしないとそろそろ下に穴開いちゃうよ」

「お、俺なんかっ、あ、穴に落ちちまえば良いんだぁぁぁああぁぁぁ!!!」

「いや、児玉君が落ちれる位の規模の穴は開けないで欲しいけど。何をそんな自暴自棄になってるの?」

「だ、だだ、だって…80点以上とらないとっっ…!」

「お父さんに殴られるとか?」

「ち、違ぇけどっ……せ、せせ、折角オッケー貰えそうだ、だだっ、だったのに…!」

「オッケー?」


正に泣いている子供をあやす姉の如し。
着々と進む答案返却の作業中、断片的な磊の話に耳を傾け、事態を把握し始めたクラス委員はやや呆れた顔をしている。
流石にもう床を叩くのは止めたものの、教卓の真横で答案用紙を握りしめ男泣きしている磊に、担任教師も少々気まずい思いをしたがクラス委員の顔を見て同情はなしと見たらしい、素知らぬ風に再び答案返却の作業へと戻った。
児玉君、とクラス委員の呼びかけに「なーに?」とばかりに無垢な目を向ける磊は図体さえ小さければ十分子供で通るだろうあどけなさがある。
そんな無垢な眼差しに母性本能でも擽られたのか一瞬怯んだクラス委員は、しかし力強く握り拳を作って見せた。


「あのね!80点以上とれたら付き合うの考えるっていうのは、余裕で脈ありって事だと思うの!」

(((いやそれはむしろフラレてるんじゃっっっ!!!!???)))


その一声でクラス中に児玉磊が恋愛ごとで泣いているのだと広まったのだがそれはともかくとして、クラス全員の心の声は同じだった。
何と言っても児玉磊である。
別にそこまで馬鹿だという訳ではないが、大抵の教科は補習の常連メンバーだし成績順位とて後ろから数えた方が遥かに早い。
そんな磊に80点以上だなんていう条件はほぼフラレたのも同然ではないかと、男子は可哀想にとばかりに憐みの目でもって磊を見た。
男子達の頭の中ではまさか磊の恋の相手が学校の成績順位など知らない外部の、しかも30間近な男であるなどとは思いつかない。良くて他のクラスの女子だろう位の想像である。
ちなみに女子は恋愛ごとが大好きなご様子で話の成り行きをソワソワして見守っている。


「…みゃ、脈、あり?」

「そうよ!だって好きでも何でも無かったら問答無用で嫌いって言うに決まってるでしょう?」

「で、で、でも、俺70点しか…」

「英語以外は?全部駄目だったの?」

「え、英語だけっ…でも、やっぱ、70点だしっ…」

(((児玉そんなに好きなんだ頑張っちゃったんだ……!!!!!!!!)))


健気な上いじらしい努力に涙するクラスメイト達を尻目に、脈ありも何もそれ以前の問題だろうと、磊が言えばクラス委員は甘いわね、と授業中のみかけている眼鏡のブリッジを指先で押し上げて口の端をニヤリと引き上げてみせた。
何とも言えない迫力に周囲は息をのんで黙っている。
もはや答案返却だなんて場合では無かった。
いいのかこんな学校で、と思う真面目な人間はこの場には居ない。


「『貴方の事を考えていたら勉強どころじゃなかったんです』とでも何とでも言って誤魔化してそのまま押し倒せば良いのよ!」

「押したおっっっっ…?!?!??!」


そのままなし崩しにいっちまえと無責任に出されたゴーサインにそれはまずいんじゃないだろうかと思う者多数、あぁそれならいけるんじゃないかと同意する者少数であるが誰もそれを口に出さなかったのはこの異常な状況下では賢明な判断だった。
担任教師も不純異性交遊云々という言葉は胸中にのみ抑え、そういえば今は授業中だったんじゃないかと漸く正気に返る。


「児玉、あー…あれだ。その、好きな人の事は休み時間にでも先生が聞くから、とりあえず席に着け」

「先生、児玉君の恋路は今佳境なんです!この危機をクラス全員で力を合わせて乗り越えていこうではありませんか!!」

「あー…うん、そうだなぁ」


一体何が引き金だったのか、クラス委員のやる気に火をつけてしまったらしい。
そういえば、普段は普通に優等生なのにクラス行事になると異様な拘りを見せていたような…と教師が思い至った時にはもう遅かった。
クラス委員が黒板の前に立ったかと思えば、黒地の其処には『児玉君の恋の成就について』と綺麗な字が書き込まれる。
本格的にクラス会議の議題になってきたので、流石の磊も恥ずかしくなってきたのかチラチラと教師を窺う。
だが、こうなったら仕方がないとりあえず答案だけ返そうと黒板から目を逸らし現実逃避に向かった教師はその視線をあっさりと無視してくれてしまった。


「そういえば、児玉君の好きな人ってどんな人?」

「ぇ、ゃ、そっ…えぇ?!」


クラス中の前で言えと言うのか何のいじめだこれ。
一種の吊るしあげでしかない行為は、しかしクラス委員の善意からのものと解っているので撥ねつける訳にもいかず、磊はボッと赤くなって口ごもった。
男子は自分の想い人ではありませんようにと祈り、女子は誰かなあの子かなとヒソヒソ話をしている。
しかしながらクラス委員である女子には既に年上である事は言ってあったので、磊が答える前に黒板には『20代後半』と書かれた。
これに驚いたのはクラスメイト達で、書かれた文字を凝視しマヌケにも口をポカンと開いている。
実は30半ばにして奥さんどころか恋人すら居ない担任教師に至っては、むしろ俺がとばかりの目をしているがやはり現実逃避に努めてまだその手にある答案用紙を配り歩いていた。


「髪の色は?趣味は?性格は?化粧品何使ってる?」

「か、髪は黒。趣味?趣味はー…えーっと、家事?料理してる時楽しそうだし。せ、性格はー…子供好きで、でもちゃんと叱るし、しっかりしてる。化粧品は使ってないけど、肌は白くて綺麗だし…って関係ないよな化粧品とかっっ!?」


怒涛の勢いの質問に、たどたどしくもどうにか答える磊が冷静なツッコミを返す。
しかしながらその内容はかなりベタ惚れですと言わんばかりで、しかも母性愛に満ちた家庭的な女性を連想させられる…要は、クラスメイト達には間違った情報が組み込まれてしまった。
まだまだ若い男子生徒はともかくとして、女っ気のない教師すらエプロンを身につけ微笑む黒髪の美女を想像している。


「じゃ、クラス会議始めます!」


こうして、二人の恋路が成就するよう、優の知らぬ所で話は進められていくのであった。



















穴埋め問題が穴だった

(そういえば児玉君の好きな人って女?男?)
((((何わざわざ聞いてんだろ))))
(あ、男)
((((えぇえぇえええぇぇええ!??!?!?!))))





























クラス委員にそろそろ名前をつけて差し上げたいなと思ってます(笑)
クラス委員的には「児玉君っていろいろ規格外だから男好きになっても驚かない」だそうです。
前回よりちょっと熱血なのはそろそろ学校行事が近いからだよきっと(笑)
ちなみにテストに関しては学校に登録する成績はそのままにして救命措置で磊は同じ問題でもっかいテストを受けてどうにか80点以上にして貰ったそうです(笑)
ないよこんな自由な学校(笑)




あきゅろす。
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