正しい処方箋
「……何か欲しいものあったら言ってよね」
金剛が風邪をひいた。
と言っても、自分が彼に水をかけて寒空の中放り出したのが原因だと解りきっているのだが。
どうせこうやって自ら看病する事になるのなら、水なんかかけなきゃ良かった、と思っても後の祭り。
ベッドの上でニヤニヤと笑っているようにしか見えない男の頭を思い切り叩いてやりたい。
「秋山が欲しい」
「ごめんよく聞こえなかった」
「……駄目か?」
「駄目だね」
「聞こえてるじゃねぇか」
相手はどうやら無駄な知識を持っているようで、見事に上げ足を取られてしまい唇を噛む。
顔が熱くなるのは御愛嬌だ。
どうやら彼は、あまり機嫌がよろしくないようなので呑気に赤くなっている場合でもない。
言わせて貰うならば、今回の事は金剛に非があると思う。
いくら恋人同士という関係だからって、どうして一言もかけず風呂に入ってくるのか。
下心があるからだと邪推してしまったのは仕方がない事だし、実際事に及ぼうとしたのだから言い訳はさせなかった。
問答無用で洗面器に溢れていた水をかけ、廊下が濡れるのも構わず外に押し出してやったのだ(その時も水をかけられた事を怒るより服を着ろ勿体ないとか馬鹿な事を言うから洗面器を投げ付けてしまったのはほぼ条件反射というやつだ)
だから、悪いとはこれっぽっちも思っていなかったのだけれど、当てつけがましくも調度よく風邪をひいていた念仏番長に構っていたらいい加減にしろとばかりに止められて、そこで漸く冷静になった。
確かに金剛は悪いけれど、病人に対して冷たくしすぎたかもしれないと。
だから家に帰ってすぐ寝かせて、ご飯も食べたい物を作ってあげると言ったのに、金剛はどうやら機嫌が悪いらしい。
その原因は、やっぱり学校での行いだろう。
時々変態だし、常識はずれな事ばかりな男だけど、独占欲はそれを上回るから。
だから我慢が割と長続きしていたなとか、感心していたのだが、今になって皺寄せが来るだなんて。
「……食べ物とか飲み物の話だし」
「秋山が食いてぇ」
「…それちょっとオヤジ入ってるからね?」
本当に高校生かと疑いたくなる言葉に呆れた風を装うけれど赤くなる顔は誤魔化せない。
何にも云わないだろうって解ってたからりんごの皮を剥いてはいるものの、じっと訴えるように見られるといつもよりずっとヘタクソだ。
っていうか、何でこっちばかりが気を揉んでいるのだろうか。
「……金剛もさ、普段嫌になる位丈夫なのに何で風邪とかひくかな」
「お前に看病して貰えるならいくらでも体調崩す」
「…………それあんまり嬉しくないけどね」
今度こそ本当に呆れたと目で訴えると、大きな手のひらが来い来いと揺れ動いた。
膝上に置いた皿をサイドテーブルに載せて、剥きかけのりんごと包丁を置き去りに近寄ると、手首を掴まれる。
予想していた範囲の行動だったので好きにさせていると、いつもよりずっと体温が高いと感じさせられた。
あぁそういえば熱を計っていない。
朝寝ている間にこっそり額に触れた時はちょっと熱かったけれど、朝よりずっと熱くなっているから上がってしまったのだろう。
夜になったらもっと上がるかもしれない。
「学校から直帰だし、病院行ってないよね」
「あぁ」
「体温計取ってくるから、いい子で待ってて」
「……嫌だ」
「手も洗いたいし」
りんごを剥いていたからベトベトに濡れてるんだと訴えると、細った目にギクリとする。
(しまった、失敗した)
そう思った時にはやはりこれも予想の範囲内で、金剛の舌が手のひらを舐めた。
親指の付け根、ふっくらした部分に歯を立てて、今度は他の指の付け根に移動する。
指と指の合間を舌で埋めて、執拗に舐めながら目線はしっかりとこちらに向けているあたり嫌になる位の確信犯だ。
「っ…ちょ、………っ…」
「……余計に濡れたか?」
「調子にっ…!」
掴まれた腕を引かれるままベッドサイドに引きずり込まれる。
ベトベトした手のひらがシーツについただけでも嫌なのに、その上風邪をひいた人間に、菌を移される可能性すらあるかもしれないのに舌の根を吸われる位のキスをされては流石に我慢にも限界というものがある。
すかさず鳩尾に蹴りでも何でも入れてやろうかと思ったその瞬間を見計らっていたかのように身体ごと抑え込まれてしまった。
「んっ…んんっ……!」
「……りんご」
「っ…は?」
「りんごが食いたくなった」
「…そう、それは良かっ」
「口移しで、食わせてくれ」
「っっ……君、…根に持ってる、訳…?」
念仏番長に口移し云々の言葉をかけた事を言っているのだろう、解りやすい嫉妬にはもはや苦笑しか浮かべられない。
大体、原因が自分だとこの男はちゃんと解っているのだろうか。
あぁいや、解っているから最初は我慢していたのだっけ。
それにしたって反省が生かされていないような気もするのだけれど。
さぁな、なんて今更隠そうとしているけれど遅い。
「……君ってホント、意外にも可愛い処あるよねぇ」
「?」
「解んないなら良いよ……そうだなぁ…移ったら看病してくれるって言うんだったら、口移しで食べさせてあげるけど?」
もう既にあんなキスをした後では全く意味のない前提条件ではあれど、素直に諾と返すのはプライドが許さない。
口をついて出たのは可愛らしくもない承諾の言葉で、それでも金剛にとってはそれだけで充分だったのか、解ったと嬉しそうに声を弾ませた。
あぁこれだから可愛いんだと、自分の思考回路にこっそりと笑ったのは自分だけの秘密だ。
正しい処方箋
(…ゲホ、ゲホゴホッ………!!)
(……大丈夫か?)
(……口移しは良いって言ったけどさ…誰が最後まで良いなんて…っ、ゲホッ)
(悪い……)
(……………………ま、良いけどさ)
きっちりうつりました。
7000番を踏まれたいとうあらた様に捧げます
リクエスト内容
『風邪ネタで三角関係 甘々』
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