願い事は神のみぞ知る






1月1日 元旦


初詣に行こうと言ったのは誰だったか。
最初こそ参加予定者は沢山居た筈なのに、念仏番長は実家の手伝い、剛力番長は家柄上新年パーティーで忙しいらしく、卑怯番長に至っては話を振る前に居なくなっていたらしい。
居合番長も家で新年の集まりというものがあったが朝子が熱心に誘った結果、少々時間を割いてくれたそうで、朝子はちゃっかり実家に挨拶に行こうと企んでいたりする。
どうにか居合番長との時間を確保した朝子は、正月を一人気儘に過ごそうと考えていた夜子には何の確認もとらず爆熱番長を誘ったのだった。
朝子曰く、二人揃って奥手で何も進まないのが焦れったいとの事だが、彼女なりに妹にも楽しく正月を過ごして欲しかったのだろう。不器用な姉の気遣いを無下にもできず、何だかんだ好きな人と過ごせるのは嬉しいのが恋する乙女というものなので、夜子は素直に喜ぶ事にしたのだった。

























「…朝子、私もう行くけど」

「ま、待って!」


トレンチコートを着込み、マフラーまで巻いてすっかり身支度を整えた夜子が朝子の部屋を覗き込むと、クローゼットの中をひっくり返したのか床一面から果てはベッドの上にまで洋服が散らかっている。
帰宅後の片付けを考えると頭が痛くなる思いだが、今はそうも言っていられなかった。
全身を映せる大きな鏡の前で、あぁでもないこうでもないと帯締めに四苦八苦している姉が、救いを求めるようにこちらを見ている事に気付き、夜子は溜息をつくしかなかったのだ。


「夜子ぉ〜〜…」

「…………だから着物は止めておいたらって言ったのに」

「だって挨拶に行くかもしれないのに変な格好出来ないじゃない!」


情けない涙声に説教染みた言葉を返しながらも肩にかけたバッグを外して部屋に踏み入れば、ありがとうと弾んだ声があがった。
相手の好みに合わせたいという気持ちは解らないでもないけれど、元旦の初詣に着物で行っても動きづらいだけだ。
髪だってどんなに苦労して可愛く整えても人混みでクシャクシャになってしまうだろう。
それでも良いのよと言い切る姉が、何となく羨ましいと夜子は思う。


「…帯、やってあげるから…朝子は髪やってて」

「はーい」


これではどちらが姉だか解らない。
ペロッと舌を出してはにかむ姉に、夜子もコッソリ笑った。










結局、あとは自分でやるからと朝子に見送られつつ家を出たのは予定よりも随分と遅くて、遅刻は必須だった。
待ち合わせの場所まで急ぐ夜子の視界に、人混みから頭三つ分は抜きん出た男の姿が映り込む。
冬休みに入ったこの時期は、当然学生服を着ている訳もなく、また今日は23区計画も関係していないので着用の義務も無い訳で。
遠目に見える男、爆熱番長は私服姿だった。


「爆、……」


ほんの少し大きな声をかければきっと気づいてくれると知りながら、夜子は思わず口を閉じて立ち尽くす。人混みを少々鬱陶しげに見回しては近場の壁時計を見上げ息をついている姿…そこだけならば、待たせて申し訳ないという気持ちになっただろう。
だが次には、自身の身形を気にするように見下ろし、どこかソワソワと所在無さげに首を撫で擦っている所を見ると、同じように緊張してくれているのだと伝わってきてくすぐったい気分になる。
呆れて帰る事なく、自分を待ち続ける男の姿を出来る限り長い間見ていたいと夜子は思った。
隣に並んだり、相手が自分を認識してくれたり、たったそれだけで胸が一杯になって、顔なんて見ていられなくなるから。
けれど絶え間無く流れてゆく人混みの中、一人佇む夜子は良くも悪くも目立ってしまう為、爆熱番長の目が夜子へ向けられるのは必然と言えただろう。


「…遅れて、ごめんなさい」


そこで漸く、夜子は爆熱番長にバツが悪そうな苦笑を見せたのだった。

























チラリッ、爆熱番長が夜子を見下ろせば。
チラリッ、夜子がほんの少しだけ爆熱番長を見上げる。
人混みだからと理由をつけて繋いだ互いの掌は僅かに汗ばみ、それでも決して離そうとはしないまま、照れくさそうにはにかむ夜子を爆熱番長が眩しげに目を細めて微笑み返す。
そんな、傍から見ればラブラブバカップルな二人を見守る周囲の表情は、微笑ましかったり羨ましそうだったり鬱陶しそうだったりと様々であった。


「そうか。道化番長朝子の手伝いを」

「えぇ…綺麗に出来たの」

「……お前は着ないのか?」

「……えぇっと…着物とか、好きだった…?」


そういう訳じゃないが…(出来る事なら見たかった)と口ごもる爆熱番長に、自分も着れば良かったと、散々着物で初詣などと内心批判していた夜子が後悔から俯く。
すると、コートの裾を誰かが弱々しく引いてきた。


「ぇ」

「?どうし…」


声をあげた夜子に爆熱番長が首を傾げる。
夜子の見開かれた黒い瞳に映り込んだのは、今にも泣き出しそうな顔をした小さな少年少女だった。
大きな瞳がこれでもかと潤んで少女が震える声で呟く。




「…っ、ママじゃなぁい…」




次いで響いたのは、甲高い子供の泣き声であり、夜子と爆熱番長には硬直する暇など一切与えられなかったのだった。
慌てて少女を抱き上げた夜子だが、足元で未だ必死に泣くのを堪えている少年も居るのだ。
泣き出す前の言葉で、迷子である事は朧気ながら解った夜子は、ママ居ないの?と優しく問い掛ける。
そうすると少年は小さく頷いたので、一緒に探そうか?と微笑む。
少年はまた、小さく頷いた。恐らく少年は少女の兄なのだろう、小さいながらも絶対に泣くものかと唇を噛み締めている。
一方の爆熱番長はただひたすらに呆然とするだけで、一連のやり取りを見ているだけだった。


「…あの、爆熱番長…?」

「…あ、あぁ、俺も探すからな、坊主」


上背がある上に強面な爆熱番長だが、子供が嫌いという訳ではないらしい。
小さな頭をガシガシと撫で、金剛番長がよく月美にするように肩へ担ぎ上げた。
突如として拓かれた視界に少年の目が大きく開かれる。


「これならお前のお袋さんも見つけやすいだろう。だから泣くな」

「…っ…うん!」


常人の肩車よりも高い位置で周囲を見回し、少年は目を擦って力強い相槌と共に笑った。
少女はそんな兄の頼もしい姿に未だしゃくりあげながらも涙をもう溢すまいとしている。
子供達が言うには、はぐれたのはおみくじ売場付近らしい。
その年の干支の小物や派手な柄をした羽根突き板なども販売していて、見えるだけでも沢山の人が行き交っている。
成程あれでははぐれてしまうだろうと納得した二人は、とにかく行ってみるかと参列から抜け出た。

























賑やかな人混みの中、互いに子供を抱えながらの人探しなど初めての事で、やや大袈裟ではあるが捜索は難航していた。
拓けた視界にある少年が時折母親らしき女性を見つけ声をあげるのだが、それは全て空振りである。
黒髪のロングヘアーで、夜子と同じようなコート。
少年も少女も母親の事をママと呼んでいるので名前は解らない。
長々と続いている人探しに一度休憩をしようという事になり、飲食販売の屋台に足を向ける。


「…何か食べたいものとかある?」

「たこ焼き食べたい!」


最初こそ不安そうではあったが慣れてきたからかすっかり夜子に懐いた少女が声も高らかに屋台を指差した。


「ひとつ、ください」

「待て。俺が出す」


バッグから財布を取り出そうとする夜子を制して爆熱番長が店主に代金を支払う。


「でも…」

「良いじゃないか奥さん。休み位は旦那さんに甘えちゃいなよ」

「「…………は?」」


悪いからと、夜子が言おうとした言葉は陽気な店主の声に阻まれた。
奥さんだとか旦那だとか、色々な意味で聞き捨てならない言葉の連続に二人揃って間抜けな声をあげる。
店主はそんな事など気にせずに、奥さん美人だからオマケ付けてあげよういやそれにしても若い夫婦だねぇ、などと笑いながらたこ焼きの入ったパックを二つ袋に詰めて手渡してくれた。
礼を言い、その場を離れてから改めてお互いに顔を見合わせる。
学生服を着ていない二人は実年齢よりも幾らか大人びて見えるからか、それとも子供を抱えていたからか。


「……旦那さんだって」

「奥さん、か」

「…何か、照れる、ね」

「…そう、だな」


見る見る内に赤くなる二人を子供達が不思議そうに見ている。
照れくさいような、くすぐったいような、恥ずかしいような、嬉しいような。
どうにも複雑な心境で、二人はまた顔を見合わせ笑った。


その後直ぐに子供達の母親は見つかり、二人は初詣を再開して賽銭箱に辿り着いたのだが。




二人が何を願ったのかは、その神社の神様だけが知る事だった。

























願い事は神のみぞ知る

(……何人でも良いぞ)
(ぇ…)
(……いや、その…)
(……男の子が、良い、ね)
(っ……女の子が良いんじゃないか?)
(えっと………可愛かったら貴方、構いきりになりそう…だから…嫌)
(っ…そ、そうか)





























爆熱はともかくとして姉妹はなんとなく三年生だと思ってます。
進路とか考える時期じゃないかと。
いっそ爆熱番長に永久就職でお願いします(甲斐性あるか心配だが)
書き手は宗教上の関係で家から初詣を禁じられていて一度も行った事が無いので、何か色々間違ってても見逃して下さい(汗)

とにもかくにもあけました今年もよろしくお願いします!

2009/01/01




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