好きと言って










キスがしたい。

優しく、一瞬触れるような。

子供みたいなキスがしたい。










そういった事を思うのは、一応思春期の男子高校生なのでたまにある。
所謂衝動に等しいそれは単なる思い付きであったり、取り留めもなく思い浮かべては、あまりの現実味の無さに息をついたり等様々で。

ただ単に、人と触れ合う事で落ち着ける瞬間というものがある。
例えばそれは小さな弟妹達を抱き上げる瞬間であったり、恋人に抱き締められる瞬間だったりと様々だが。

しかし、問題はその恋人というのが(傍から見たら)野獣のような、同じ男であるという事だ。


「金剛」


キス、したい。と。
それを相手に伝える事だけがこんなにも難しい状況なんて滅多にない。自分は欲求には正直な方であるし、奥手で得する事があるとも思っていないから大抵は何でも口にするのだけれど。

だって、言わなければ誰にも伝わらないのだから。

言葉というのは人間にとってとても重要な位置を占めていると自分は思っている。

好きだ、も。
嫌いだ、も。

全て人の感情であり、けれどそれは伝えないと理解されない事でもあるから。

必要な時に必要な場所で必要な分だけ必要な相手に想いを伝える事は、まぁ受け取る側の反応も様々だろうけれど、やはり明確な単語として告げられる事でそれを認識し、そして満たされるのが人の情というものではないだろうか。

だからとは言わないけれど。
いや、相手が相手だけに、何の期待もしない方が良い事は解っているのだけれど。

自分から言い出すのは、酷く勘に障る…と相手を半ば睨むように見上げた。


「…………何だ」


相変わらず、不機嫌でも無いクセに、睨むような目つきの悪さで見返す男は、一応は事実上…恋人、というやつだ。
その眼光は元より、全体的に鋭い顔つきから感情の起伏を読み取るのは非常に難しい。が、前述したように、機嫌を損ねている訳ではない。
むしろ内面はとても思いやりがあり、勧善懲悪を体現したような性格をしているのだが外見でまず損をしているのは否めない(具体的に言うなら陽奈子ちゃんとか、一般人には初見で怯えられる)
しかし、別に醜悪だと感じないあたり自分の美的感覚もどうなのか疑わしい所だ。
遥か上の方から、見下ろしてくる大男。自分とは、次元の違う筋力に体力にその思考は何をもって培ってきたのか。

しかもタチの悪い事に、この男はどうにも口が上手くないのである。
男同士の話し合い(喧嘩)に関してはとても精通しているのだろうけれど、人との日常会話にはあまり役に立っていないように思えるのだ。
彼は何事も率直な物言いしかしないし、嘘はつかない。だからこそ、と言えば語弊もあるが信じて貰えない事もあるし相手が苛立つ時もある。
男同士の喧嘩は、古臭い言い方だが拳を合わせる事で凡そを語れる。しかし日常生活に必要なものは人が今の状態に至る過程で得た言葉というものだ。
自分が男だからなのか、彼は自分に対して言葉を駆使しようとはしない。そしてその、所謂『喧嘩紛いの交流』は結論から言うと現在進行形で手に余る。むしろ手に納まる気がしないのなんて無理もない話だ。


「んー…あのさァ、」


キスがしたいと。
そう言えばこの男はきっと何の躊躇いもなくするだろう。
しかし決してその発言の意図を知ろうとはしないのだ。
キスをしたいと言う事はそこから先の行為を要求しているのだと解釈する。
確かに男というものは即物的ではあるが、時折愛や好意を表す言葉を女々しくも切望する原因は、紛れもなく彼だと言い切れるだろう。


「……何でもないや」


キスが、したい。と。

口にするのは簡単だが、意味合いの見解は面白い位に相違していて。
キスなんてものは、実際ただの接触であるけれど。
皮膚と皮膚が重なるだけの接触なのだけれど。

そこに、特別な意味があるのか無いのかなんて触れるだけじゃ解らないから。


「……具合でも悪いのか」

「んー、別に。何で?」

「さっきから何か言いたそうだからな」


その細やかな気遣いをどうしてもっと多用しないのだろうか…僅かに眉を潜ませた彼の顔が少しだけ近づく。
心配そうな眼差しに、悪い事なんて何もしていないのに、チクリッと胸が痛んだような錯覚を受けた。

解ってはいるのだ。
自分が贅沢な事位。

好きな人と触れ合えるだけで満足しなければならないと。

それでも尚、言葉を欲しがる自分がいけないのだと。

言葉なんてものより、体温の方がずっと鮮明で確かなものだと。

けれど、言葉は一瞬で。
体温すら暫く離れれば消えてしまうものだ。

その消失を畏れている自分はやはり女々しいのだろう。


「…………金剛」


空いた距離がもどかしい。
離れている今が苦しい。

君の世界は沢山の大切なもので満たされているというのに僕の世界には小さな弟妹達と君だけが居て。
そうすると決めたのは自分なのに君が君の広い世界へ目を向けたまま帰ってこなかったらと考えたら怖くて堪らないなんて。

女々しい。情けない。


なのに、キスがしたい欲求はそのままに。


名を呼び、見上げるとなかなか近い所に彼の顔があった。
それでも、僅かにでも空いた距離がもどかしい。苦しい。


「………キス、したい」




結局、負けるのは僕ばかり。

耐えきれず、君を求めて。
そしてまた、後悔をする。


「…別に構わないが、」

「早く」


急かされるままと言わんばかりに、唇が重なる。
漸く得た安堵に目を閉じるとぬるり、熱が入ってきた。
いつの間にか自分を抱き締めていた腕が、ゆっくりと下降して腰を抱き寄せる。



きっと彼は何も言ってはくれないのだろう、とは確信にも似た絶望に等しく。


「…っ、ん」


キスがしたい。
そう言ったのはその時だけは僕だけ見てくれるからだと。



そう言ったら、君は女々しい奴だと軽蔑するだろうか。


「金、ご…」




ねぇお願いだから。










好きと言って

((君に、繋ぎとめて))










不安定な卑怯も好きです。
多分金剛気付いてないけど、気付いたら凄い沢山好きって言いそうだな(笑)



あきゅろす。
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