父>越えられない壁?






「「ぁ」」


声を発したのはほぼ同時。
片方は反射的に、片方は失態から。
児玉家のリビングで猛と歓談(というにはあまりに秋山からの一方的な会話だが)でもしていたのか、秋山はソファーに腰を落ち着けていた。
通常、学校から帰宅した磊が、こうして訪問中の秋山を見つければ途端に忠犬よろしく秋山の傍に寄る筈だ。
しかしリビングに足を踏み入れた磊は、出入口のドアノブに手をかけたまま秋山を見ている。
秋山は秋山で、悪さがバレた子供みたいにバツの悪そうな顔で。


「…優兄ちゃん、煙草吸うんだ」


磊の視線は秋山の手元へ。
そして手元には白く細長い大人の嗜好品がある。


「参ったなァ、見つかっちゃった」


秋山の言葉通り、磊は秋山が煙草を吸っている姿など今まで見た事が無かった。
確かに秋山が来た日は、なんとなく普段父親が愛用しているものとは違った仄かに甘味のある匂いが残っているとは思ったが、気のせいだろうと思っていたし、常日頃から弟妹達の健康に気を配っている秋山が、まさか自ら有害なものに手を出すとは思えなかったのだ。


「何だ、教えてなかったのか」

「子供の前ではね。成長期に悪いでしょう」


言いながら、まだ充分に長さを残した吸いかけのそれを灰皿に擦り付ける。
手慣れた姿はやはり初めて見るもので、父親の猛が当然知っていたという事も相俟ってか、余計に疎外感が鮮明に感じられるようだった。


「……俺も、吸ってみたい」


好きな人と同じものを共有したいというのは、恋をする者ならではの発想と言えよう。
だが磊の好意は察していても変に鈍い秋山は子供の好奇心とでも受け取ったのか、苦笑して止めておいた方が良いと宥める。
いつもならばそこで退く磊も、歳相応に子供扱いに対しては敏感で、尚も吸いたいと食い下がった。
困ってしまったのは秋山だ。まさか食い下がってくるとは思ってもみなかった。


「……ちょっと、」

「…煙草が切れたな。下で買ってくる」

「ちょっ…」


本来なら注意を促すべき父親という立場の猛は、秋山がどうにかしろと言う前に素知らぬ顔で席を立つ。
この野郎、と恨みがましい目を一度向けてから、秋山は暫し考えて妙案を思い付いたとばかりに意地の悪い笑みを浮かべた。


「ね、磊君。身体に悪いから止めておいた方が良いと思うよ」

「そんなの優兄ちゃんだって同じだろ」

「僕の場合はもう中毒みたいなものなんだよ」

「その方が身体に悪いじゃないか」

「無いと口寂しいっていうのかな…磊君が、煙草の代わりにキスでもするって言うなら別だけど、ね」

「キっ……!?」


にこりと笑いかけてそう言えば、瞬時に真っ赤になって硬直する磊に計算通りだと内心でほくそ笑む。
このままなし崩しに話が終われば万々歳。
もしも磊がその気になったのなら、それはそれでバレバレな恋愛感情を吐露させるいい機会になるだろう。
男が男に言うにはあんまりな冗談かもしれないが、磊の好意を感じ取っている秋山からしてみれば引かれる可能性など頭から無かった。


「……っ…………」


さてはて、そんな風にややからかわれ気味な磊は、本気で悩んでいるらしく。
真っ赤な顔は異常なまでに赤黒くなり、冷や汗か脂汗かよく解らないものがダラダラ流れている。
純情な少年にはハードルが高過ぎたかと、秋山がまだまだ先は長いなと苦笑し、冗談だと打ちきろうとした正にその瞬間、磊が意を決したように切迫した表情で秋山の肩を掴んだ。


「……磊、君?」

「キ、キスしたらっ…煙草吸わなくなるんだよなっ…!」


返答はもはや必要としていないのか、一方的に口走り、磊はグッと一気に距離を詰める。
本人ばかりは隠せていると思っているらしい恋愛感情は、やはりここでもひた隠しにしたいのか、あくまで秋山が言ったのだからという前置きをしての行動に、とうとう告白されるのか、どう返そうか、と身構えていた秋山はすっかり毒気も抜かれてしまい、別にキス位なら挨拶みたいなものだし良いかな、などと多少ズレた考えの元、ロクな抵抗もせず成り行きを見守る事にした。
それは磊にとって受諾も同じ事であり、まだまだ思春期の若き性は益々熱くなっていく。


「…っゆ…優、兄ちゃん」


唇が触れるまでもう数cm。
バクバクと激しい鼓動が伝わってきて、秋山は自分まで緊張してきたと苦笑したが、すぐに異変に気付き眉を潜めた。


「優兄ちゃん…お、俺っ…」

「あ、磊君、待った」

「ぇ」


ストップ、と顔と顔の間に挟まれたのは秋山の掌。
すっかりその気になっていた磊は、今にも泣き出しかねない顔で秋山を窺う。
すると、秋山の視線が自分の背後へと向けられている事に気付いて、磊はまさかと固まった。


「覗きなんて、趣味悪いね」

「ふん、好きで覗いた訳じゃない」


振り返るまでもなく、秋山と会話を成立させる声に磊は一気に疲弊した。
児玉家が住むマンションの一階にはコンビニが入っている。煙草を買いに行った猛が早々に帰ってくる事など本来なら考えるまでもない事だ。
だというのに、すっかり失念していたのは余裕も無く一人葛藤していたからか。
今思えば、躊躇っていた時間を無くしてしまいたいと、磊は数分前の自分を呪った。
秋山は秋山で、流石に親の目の前でという一般的なモラルを尊重しただけであって、見られていた事に対しての動揺や羞恥などは無いが、自分の目の前で酷く落胆し脱力している磊を見ると、些か気の毒な事をしてしまったかな?と少々の罪悪感を覚えていたりする。


「大体、口寂しいなら飴でも舐めていれば良いだろう」

「あァ、それもそうだね。何だ、買ってきてくれたの。ありがとう」


コンビニ袋を放り投げられ難なく受け取れば、棒付の飴や各種フルーツのものなどなかなかの量が詰まっていて、秋山は素直に感謝の言葉を返した。
秋山の考えを聞くまでもなく察し行動する猛と、そんな猛に何の違和感も抱かずに平然と受け入れる秋山の、何と言うか割り込めないやりとりに、磊はもう脱力し続けるしかなく。
そんな磊に、秋山は何の慰めにもならないと知りつつ「飴、要る?」と笑いかけたのだった。



















父>越えられない壁?

(……磊が昨日から口を利かんのだが)
(反抗期かな?)
(遥が泣きそうだったからどうにかしろ)
(ぇー…父親なら体当たりで頑張ったら?)
(……(誰の所為だと))






















そろそろ最大の敵に気付いてきた磊君と身に覚えがないとは言い切れないので秋山に強く出れない猛(笑)
もう付き合ってるだろお前等と思うのはきっと私だけじゃない…筈(ぇ)



あきゅろす。
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