昼休みの教室は戦場也






食事とは静かに、穏やかに。

正座をし、箸の扱い方ひとつ取っても気を抜かずに。



それこそが理想の食事の仕方だと、そう思っていた。
















近頃の若者は常識に欠けると居合番長は思う。
学費を支払い、登校しても、教師の話も聞かずに居眠り、読書、携帯三昧。
何の為の学舎がと、日本を憂う気持ちは日に日に増していく毎日。
そして今も、昼食の時間だと言うのに食べながらの会話、携帯。食べ終わったからと言って教室内で埃が立つのではという程騒ぐ生徒。
我慢がならない。食事とは静かに、そして穏やかに行うものである筈。
古き良き時代では、居住まいを正していたというのに、なんとも嘆かわしい。
漆塗りの弁当箱を鞄から取り出し、周囲の状態を見回した居合番長は、苦々しげな顔をした。
徒党を組むように、誰かの机に固まる女生徒達が、チラチラと視線を送る。
だが居合番長はスカートの短い女生徒を見ぬよう、あらぬ方へ目を逸らした。
残念そうに、けれど声はひそめて言葉を交わす女生徒達は気まずそうに仄かに赤くなった居合番長の頬を見てクスクスと笑い合う。
可愛い、という単語に居合番長の機嫌は益々下降した。
私は男だ、と当たり前の事が口をついて出てきそうだったがグッと堪える。
日本男児たる者、そして刀を扱う者として何時如何なる時も心を乱してはならない。
そう己を律し、居合番長の白い掌が漸く弁当箱の蓋にかけられた。
彩飾、バランス、そして詰め方すら洗練されたそれは見る者をあっと言わせても過言ではない。
だが居合番長には、昔から見慣れている所為もあるのか、一般的に華美と賞されても大して食欲をそそられるものではなかった。
金剛は陽奈子と月美の話で笑い合い、剛力番長はムグムグとちゃんこ鍋を食し、念仏番長はそれを羨ましそうな目で眺めている。
居合番長は静かに、穏やかな食事をと思いながらも、何故だか僅かな虚しさを感じた。
それは寂しさにも似ている。


(……馬鹿馬鹿しい)


他者に寄りかかり甘える事を望んでいるのか?
答は、否。
金剛の刃になると決めたというのに、何とも情けない話ではないかと。
嘲笑が顔に浮かびかけたその時、背後から顔の横を何かが通ったかと思えば、ヒョイッと里芋の煮つけを拐っていった。
背後に忍び寄り、あまつさえ人の食べ物に手を出す悪趣味な輩など、思い浮かぶのは一人しか居ない。
居合番長の眉間が、無意識に皺を刻む。


「卑怯番長、何をするっ!」

「何だ。あんまりボヤッとしてるから、寝てるのかと思ったよ」


振り向き様に怒鳴り付ける居合番長に対し、卑怯番長は嘲るようにケラケラと笑った。
摘まみ取った煮つけを口に入れれば、ふぅんと楽しげに声をあげる。


「よく煮てあるね。他のも豪華だ。流石桐雨家ってやつ?お金持ちはやっぱり違うよねぇ」

「愚弄しているのかっ!」

「やだなァ、誉めてるつもりなんだけど。君、被害妄想激しいんじゃないの?」

「貴様っ…!」

「…何を騒いでんだ」


陽奈子との会話にキリがついたのか、逆隣での騒ぎに金剛がくるりと顔を向ける。
刀に手をかけようとしていた居合番長は、金剛の食事の時間を害してしまったとばかりに少々決まりの悪そうな顔をしてみせたが、卑怯番長は却って普通だ。


「居合番長のお弁当が美味しいって話」


嘘くさい笑みで「ね?」と居合番長に同意を求める姿はあまりにも自然体である。
卑怯番長の言葉に、無意識から金剛の目が居合番長の弁当箱へと向けられた。


「…成程。確かに美味そうだな」


暫しの間を空け、金剛は納得したように頷く。
別に物欲しげな目をしている訳でもないのに、居合番長は金剛が美味そうだと言った途端あたふたと一人落ち着かず、そして弁当箱を差し出すようにして金剛の前で持ち上げた。


「良ければ、何か一つ如何だろう…」


あー、何か僕の時と態度違い過ぎじゃない?と卑怯番長が不服そうに言うが居合番長は金剛の返答に意識を集中している。
金剛は一度瞠目したが、その表情はすぐに緩められた。


「ありがとな」

「いや、これしきの事っ」

「はーいそこの二人ー、居合番長がオカズ交換してくれるってよー?」

「なっ…」

「本当か居合番長!」

「一度やってみたかったんですの!」


卑怯番長が投げやり気味に無責任な台詞を紡いだが、当の居合番長が制止をかける前に剛力番長と念仏番長の目が輝いた。
蓋を皿に見立てて、ヒョイヒョイとオカズが増やされては代わりに弁当箱の中のものが減っていく。
あまりに素早い交換作業に瞠目したが決して美しい配膳ではないのに心なしか元のそれよりも豪勢に見えたのは何故か。
静かでもなければ穏やかでもなく、ただ騒々しいというのに楽しいと思えるのは何故か。


「っていうか、君って意外と馬鹿だよねぇ」

「ば、馬鹿だと?!」

「食事って難しい顔してするものじゃないだろ。そりゃ、最低限のマナーは守るべきだけどさ、誰かと一緒の方が良い時もあるんじゃない?」


例えば、学校で友人と居る時位はさ?
何の悪意もなく笑ってそう問われてしまえば、突っぱねるのは難しい。
言葉に困った居合番長の目の前に、ぬっと肉団子が現れたかと思えば、剛力番長がニコニコと笑っていた。


「この肉団子、とても美味しいのですわ。良かったら」

「……か、かたじけない」

「あら、居合番長さん。こういう時は、食べて美味しいと言うのが一番のお礼になるのですわよ?」

「そうそう。白雪宮さんはよく解ってるねぇ」

「ふふ、ありがとうございます」


いい子いい子、というように卑怯番長の掌が剛力番長の頭を撫でる。
剛力番長が、ニコッと花が咲くように笑った。
居合番長がそんな二人を見ていると、卑怯番長が笑いかける。
邪気の欠けるその笑みに、やはり居合番長は気恥ずかしいような気持ちになったが、今度は黙る事なく、かろうじて「…美味しい」と呟いた。


「……貴様も時にはまともな事が言えるのだな。日頃からそうすれば良いものを」

「君こそ余計な一言は止めたら?照れ隠しにしても解りにくいからさ?」

「て、照れてなどいない!」

「クハハッ、真っ赤になって可愛いなァ」

「っっ…!私は男だ!!」

「可愛い可愛い刀也坊っちゃん♪」

「貴様っ…辞世の句を詠め!!」


やはり卑怯番長など信用できるかと居合番長のこめかみに青筋が浮き上がる。
ガタンッ!と音をたてて立ち上がった居合番長に、念仏番長が顔を引き攣らせた。


「い、居合番長、刀を抜くのは止せっ!」

「えぇい、止めてくれるな念仏番長!」

「ウフフ、皆さん仲が良いのですわね」

「……放っといて大丈夫なのかあれは」


若干一名が抜刀しているが、概ねホノボノ和気藹々と昼休みを過ごす。






「…フツーじゃないわ」




そんな番長達を、自称一般人サイドに属する陽奈子が顔を引き攣らせながらも、しっかりと携帯で撮影している。
意外とちゃっかり趣味に生きる彼女も、クラスメート達にとってはもはや普通ではなかったりするのだが、彼女にそんな自覚は無かったのだった。






















昼休みの教室は戦場也

(断りなく人のものを食べるなど人として程度が低い!)
(んー、別に低くても困ってないしねぇ?)
(あぁ言えばこう言うな貴様は…!)
(ぇ、ツーカー?やだなァ君となんて)
(違ぁぁうっっ!!!!)


















相互御礼に逸見五美様に捧げます!
『学校で一人で昼食をとってる居合に声かける卑怯』
声かけるというか…(汗)
へ、返品可能ですからっ…!(逃げやがった)



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