sample









 反乱軍を解散しユバに戻ったコーザが、オアシス開拓責任者であるトトの代わりに此処アルバーナにて月に一度で行われる定期報告の為参宮するのは初めてではなかった。
国王との謁見を済ませ、ユバの現状、物資の貯蓄状況などを述べたコーザは、自身と特別な仲である王女の所在を問うでもなく早々と守護神らへ声をかけたのである。幸い、ビビが席を外していたからよかったが、居合わせれば癇癪は免れなかっただろう。そう苦笑しながらも、守護神らにとってもコーザとのやりとりは久しいものだった為、苦笑した顔を見合わせながらチャカとペルは快く頷きコーザの誘いを受け入れた。
 給仕に頼んで用意して貰った茶の席は室内ではなく宮殿内のバルコニー、毎日のように強い日差しが差しかかるこの国も、日蔭のある所ならばその風は涼しいものである。飛来してきた砂粒がカップに入らぬよう気を配る事だけが難点だが、宮殿の数ある部屋ではコーザも肩に力が入ってしまうからやはりこの場所こそが最良なのだ。
 近況について暫し雑談し、そういえばとコーザが手持ちの荷から取り出したのは彼曰く『いい土産』らしい。
ことりと置かれたそれは透明な瓶で、中には薬品だろうか、液体がたっぷりと詰まっているのが見て取れる。
 コーザを見ればどこか得意げで、そういえばと言いながらも本音はこれを取り出すタイミングを図っていたのだろう。
「子供用の風邪薬か?」
「はぁ?」
「…違うのか?」
 真面目な顔つきで返すペルに、コーザは困惑から瞠目した。
そして流れた視線の先にチャカを捉えると、彼もまた不思議そうに瓶を見下ろしている。
「すまないが、私も同じものだと思った」
 鼻孔に届く匂いはどこか甘く、子供用に煎じられた薬と似たものがある。色合いは蜂蜜に類似していて、ビビやコーザ、砂砂団の子供達が昔よく口にしていた風邪薬そっくりなのだ。
 まさかそんな返答をされるとは思ってもみなかったコーザは、あのなぁ、と呆れたように声をあげた。けれど次いで放たれる筈の言葉は、恐らく予想しているものとは違うのだろうと考えながらも微笑みすら浮かべたペルに遮られる。
「懐かしいな。ビビ様もお前も、苦い薬など飲めないと駄々をこねて…」
「そんな昔の話を持ち出すな…!」
 今にも昔話に花が咲きそうな所を、コーザの呻き声が留めた。
 若干頬が赤らんでいるのは照れているのか恥ずかしいのか、どちらにしても意味合いは似たようなものだが、ごほんっ、とわざとらしい咳払いを一つした所で気を取り直したコーザは、改めてその瓶を見下ろす。
「まぁ、嘘を吐けなくなる薬、って所だ。この前ビビがユバに来た時に、カトレアの市場で買ったとか」
「つまり、自白剤か?」
「いや、そこまで大袈裟な物でもないと思うけどな」
 市場でそのような物が出回っているとは商船の取り締まりを強化すべきかと猛禽の瞳を鋭くさせたペルは、そんな大袈裟なものじゃないと苦笑するコーザに首を傾げる。
「だが、嘘を吐けなくなると」
「分類的には自白剤なのかもしれないが、少し違う」
「ほう、違うとは」
 自白剤とは違う、という点に興味を示したのはチャカだった。
 使用する薬品によっては対象者を中毒、若しくは廃人にする可能性がある自白剤というものは、主に脳の一部を麻痺させる効能を持っている。一般人がおいそれと手に入れられるようなものでは困るのだ。
けれどもコーザが言うには、ビビが持って来た薬に関しては非合法と少し異なっているらしい。
「この薬は、あー、紛い物っていうのかな」
「紛い物?」
「中毒性もないし、命に別状もないし、後遺症もない」
「……便利すぎやしないか?」
 逆に怪しい、とジト目で見やるチャカだが、ビビが言ってたとコーザが引かないものだから瞠目した。ペルも話の違和感に気づいたのか、顔を顰めながらもコーザの話に口を挟む。
「もしやとは思うが、ビビ様ご自身がこれを試されたのか?」
「あぁ…って、お、おい、俺だって後から知ったんだからな。飲んで証明しろなんて言ってないぞ!」
 二人の守護神からの訝しむ眼差し、その意味に気づいた途端慌てたように身を乗り出して否定を口にするコーザの顔色は、打って変わって青白くなっていた。
よりにもよって国の王女に薬物を勧めるなんて馬鹿な真似、いくらコーザとビビが幼馴染であり、例えばそれ以上の関係であったとしても許されない事位は解る。
「…まぁ、お前の事は信用しているが。なぁ?ペル」
「あぁ。だがどういった経緯でビビ様がそれを口にされたのか位は説明して貰いたい所だな」
 宥める為にチャカが肩を軽く叩くと、コーザは一先ず安堵の息を吐いた。
妙な誤解はされないに越した事はない、といった所か。
「だから、この前ビビがユバに来ただろう」
「あぁ、視察に行かれていたな」
「本音はコーザに会いに行ったんだろうがな」
「っそ、れは…っともかく!その時のビビが、どうにもいつもと違うというか…」
 話を聞いてみれば常から素直な王女が更に素直になっていたとかで、人前だろうが何だろうが構わずコーザに対し積極的に接してきたらしい。
いくら互いに気持ちを確認し、特別な関係となってもコーザとて未だ思春期の青年なのだ。堪らず、人気のない所に連れて行き事情を問えば、ビビは自分の気持ちをもっと知って欲しいのだ、と言い募ったらしい。
 赤面状態で硬直するコーザの姿が容易に想像でき、チャカはつい噴き出しそうになった口をさりげなく押さえた。
何だよっ、とコーザがじとりと睨んで来るのであまり意味はなかったらしいが。
大して恐ろしくもない眼光などさらりと往なして、チャカは先を促した。
「それで?何故お前がそれを貰っているんだ」
「……ビビの所に残しておくよりは、いいかと思ったんだよ」
「しかし、私達にしてみればどちらが持っていても大差はない気もするが…」
「ペルっ、いい加減子供扱いはしないでくれ!」
「あぁ、すまない。ついな」
 子供扱いするなと言われても、幼い頃から二人を見ていた分、どうしたって親の気持ちに近くなってしまう。
一応は謝罪を述べたものの、大人扱いできるようになるまで道のりは遠いな、とペルは内心で笑った。チャカも同じらしく、ペルと目が合うと小さく肩を竦めて笑って見せる。
「良かったら貰ってくれ。俺が持ってても使い道はないからな」
 頬杖をついて、そっぽを向き、明らかに臍を曲げたコーザがそう言い捨てた。貰ってくれと言われても、とチャカが視線をペルへやれば、考えるまでもなく生真面目な隼は片手をひらりと挙げた。
「私はそういうものは好かない。悪いが、遠慮する」
 だろうな、と。
思ったのはチャカもコーザも同時だっただろう。
 このペルという男、根っからの武人気質に加えて生真面目、遊びで羽目を外した姿など見た事もない。人間関係を築く事に対して誠意ある人間だとは昔から付き合いがある者ならばよくよく知っている事だ。
「ペルはそう言うと思ったが…チャカは必要だろう?」
「おい、コーザ」
 何を言い出すのか、目を瞠ったのはチャカとペル、どちらが先だっただろう。
「この前言ってただろ、チャカ」
 ちらりとチャカを見やり、口角を引き上げるコーザの表情は間違いなく得意げで、チャカは背筋を冷や汗が伝い落ちた気がした。
言われてみれば、コーザにはビビの事で相談を受けた折に、チャカ自身の恋愛沙汰も聞かせていたのだ。
 勿論、相手がペルだとは教えなかったが、相手が何を思っているのか不安だと思うのに年など関係ないと、いかにも自分もそれに当て嵌まっているのだとばかりに聞かせてしまったのは記憶の彼方に追いやるには難しく、近頃の話だった。
「チャカは必要、とは」
「ペルも聞いてるだろう?チャカの恋人、最近素っ気ないって」
「…………あぁ、そうだったな」
 何でもない事のように紡がれる一言一言が恐ろしい。
チャカはもう視線を横にずらす事ができなくなっていた。
ただひたすら真向かいに居るコーザへ、余計な事をこれ以上言わないでくれと願いを胸に睨み続ける事しかできない。
「ビビから話を聞いた時にこれを土産にしたらチャカも喜ぶんじゃないかと思ったんだ。良かったら使ってみるといい」
「いや、私も流石に薬を使ってまでとは…」
「直接聞けないんだろ。どんな怖い彼女か知らないが」
 むしろ今正に目の前に居るが、と言えたら、どんなにか良いだろう。しかし勿論、そのような事はできないのだ。
この場でチャカができる事といえば、これ以上ペルの機嫌を損ねる話題を続けないようにするだけである。
「私の事より、お前の方こそ心配だ。ビビ様にばかり主導権を取られているようではまだまだだな?リーダー」
「俺の事よりそっちだろう。長い付き合いならそれこそ主導権取るべきなんじゃないか?」
 昔は少し揶揄を混ぜればすぐに怒り肩で乗ってきたコーザも、やはり本人の言う通り幾分か大人になっているのかあっさりと流されてしまった。
もはやすっかり黙り込んでしまったペルの存在など、コーザには一つも不思議ではないらしく、けれどもチャカにとっては恐ろしい事この上ないばかりである。
「飲むならともかく、騙して飲ませるなどと、落ちぶれた事はしない」
「別に騙さなくたって、普通に飲んでくれって言えばいいだろ」
 確かに、それでペルが飲んでくれるのならまだマシだろう。しかし飲んでくれず、その上理由まで問い正されてはどう答えたらいいものか。いや、その事態は既に寸前にまで迫っている気がしないでもないチャカとしてはせめてこの話が早く終わる事を祈るしかなかった。
「要らぬ世話だ」
「俺はビビの本音が聞けて、まぁ、そりゃ、恥ずかしかったが、嬉しかった。チャカだってそうなんじゃないのか?」
「……とはいってもだな」
 未だ青臭い域を抜け出ていないコーザの言葉は、もはやその域から抜け出て随分と経つチャカにしてみれば強烈で、尚且つ純粋だ。
コーザが単なる下世話な意味として「土産」を持って来た訳ではないと解ってしまうからか、余計にチャカの断りにも力が入りきっていなかった。
 本心から嫌がっている訳でもないだろうと踏んだコーザは、今気づいたとばかりに懐から時計を取り出して声をあげる。
 別段この場から逃げ出す為という訳ではなく、本当に思っていたよりも長い事話し込んでしまっていたらしい。
「あぁ、そろそろ行かないとな。それじゃチャカ、感想は今度聞かせてくれよ」
「お、おい、コーザ」
 呼び止める声に応える気はないのか、またな、と手をあげて席を立ったコーザを見送る。
反乱から幾許もしない頃は自責の念に駆られて、参宮する事すら遠慮していた男も、国王や王女からの度重なる説得により姿を見せ始め、漸く笑顔すら浮かべられるようになった。
 それを微笑ましく思うだけで終えるのは、今の状況からすると些か無理な気もするが。
「……」
「……」
 コーザの立ち去った方向へ向けたままの顔をなかなか動かす気になれないのは、真横から突き刺さる剣呑な視線の持ち主と目を合わせ難いからだ。しかしどんなに努めて無視した所で、咎められるのに変わりはないのだろうが。








第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!