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 なんというか、その島は最初から奇妙だった。
 見る限り自然を主としているのか緑が多く、しかし海上からぐるりと周囲を探った所島の片側にしか人の手は入っていないようで、拓けているのは側面だけ。
 森が埋め尽くす側は崖が切り立っている為上陸には向かず、海軍の駐屯所がない事を視認し、ドレーク海賊団は仕方がなく表側から上陸する事となった。
 物資の調達は此処より少し前の島の分でも充分だったので、今回の上陸は船員達の休息の為といっても過言ではない。
それならば海賊が上陸する事で島民達の不安をわざわざ煽る必要性もないだろうと思っていたのだが、流石に無茶な上陸の仕方をして船員達を消耗させたのでは本末転倒だ。
 ところが、いざ上陸してみれば、島民達は思いの外穏やかにドレーク達を迎え入れた。
 聞く所によると、どうやら以前に白髭の温情を受けたとかで、海賊には世間よりも柔軟な姿勢で対応しているらしい。
 大海賊、白髭の名を知らぬ者は居ない。
温情を受けたとなれば迂闊に手を出す輩も居まい。確かに、そういった意味では海賊を警戒する意識が他よりも低くなって当然だろう。
島民達が無警戒な島に上陸するのは、海軍の駐屯所がある所以外では初めてだったドレーク海賊団にとって、海賊である者達が歓迎されるというのも奇妙な感覚だった。
 島のログは数時間で貯まるが、良ければいくらでも滞在してくれて構わないと、気の良い島民達はそう言って笑った。
 そういう事なら一泊程度過ごしたとしても問題はないだろう、ドレークは航海士と相談した上でその島に停泊する事を決めると、見張りを数名残し、他の船員達には海路の疲れを取るよう言いつけたのである。
 久方ぶりに心身ともに休まりそうだ。喜んだのは何も船員達だけではなかった。
「……」
「どうにも言い表し難いその表情も良いな、ドレーク屋」
 この男さえ、居なければ。
 ドレーク海賊団が上陸を終えてからすぐだったろうか、別の海賊団が上陸したという報せを受けたのは今よりも三時間前の事だった。海賊ばかりが増えて行くこの時代、同じ島に複数の海賊団が上陸する事はそう珍しいものでもない。だが小さな村一つしかないこの島では嫌でも顔を合わせる事になるだろう、せめても相手が問題を起こさない相手である事を願ったものの、海賊とは海の無法者を指すのだから、それも叶わぬ願いになるかと思われていた。
 だが、上陸してきた海賊の一団と顔を合わせたドレークは、一気に予想の斜め上を行く結果に脱力してしまったのだ。
「何故貴様が此処に居るんだ……」
「奇遇だなぁ、ドレーク屋。優雅に食事とはいい時に出会えた」
「……ふざけるな」
 奇遇だな、というその言葉は、今回が初めてだという前提があってこそ成立するものである。だというのにこの男は、もう三度も同じ島に上陸しているのだ。それも、決まってドレーク達の後に。
 最初は確かに偶然だと思った、二度目に嫌な偶然だと思った、三度目に二度ある事は三度あるしと己を納得させた。
 だがこれでもう四度目だ、いい加減に何かがおかしいと思う頃合いではなかろうか。
「今日という今日は、いい加減に白状して貰うぞ。貴様、俺の船に盗聴機か発信機でも付けているだろう」
「っは、何を言うかと思えば…いいかドレーク屋。俺は誓ってお前の船に何も仕掛けちゃいねぇ。そう、言うなれば幾度もの偶然はもはや運命。お前は俺のもんになる、そういう事だ」
「あぁすまん、言葉が一切理解できんのだが、要はお前の頭が異常だという事で良いだろうか」
 おかげで、変に絡んでくるトラファルガーへの対応も慣れたものだ。
 しかしドレークは知らない、彼の船員達はとっくに今回も、そしてこれまでの邂逅も偶然ではないだろうと考えていたとは。
 変な所で鈍感なのは船員達の知る所であり、けれども本人の自覚へは至らなかった。
 そんなつれない所も好きだ、などと背筋に寒気が走りそうな事をにやにや笑いながら言われた所で、自分の事にはとことん鈍感なドレークは悪質な冗談としか受け取らない。
「折角の食事が不味くなる…」
「何だ、もう満腹か、意外と少食だな。残すなら俺が、」
「いい、それ以上言わないでいい、食べるから取るな」
 げんなりと呟き、溜息を吐いたドレークは、トラファルガーを視界の外側へ追い出してから食べかけで中断させられていた食事を再開させる事にした。
 真向かいの席に我が物顔で座っているトラファルガーはその反応にもめげず、いやそもそも傷つきもしないのだろうが何が楽しいのかいつもの笑みを唇に浮かべドレークを見守っている。
「ドレーク船長」
 そんな折、一人の部下が、ドレークの背中に声をかけた。
 振り向けばそこに居たのは副船長の姿。
海軍に身を置いていた頃から、ドレークの右腕として務めていた男であり、その隣にはどこか困ったように苦笑した島民の姿もある。
 一体何事かと、目を細めて先を促すように問い掛ければ話は単純、しかし奇怪なものだった。
「呪いの森?」
「えぇ、まぁ…ワシらん中では、そう呼んでおります」
 呪いとは随分穏やかではない単語が出たものである。
 島民が言うにはこの島の半分以上を埋め尽くす森に、呪いがかかっているとか。
 具体的にどういった呪いがかかっているのか問えば、それがよく解らないのだとやはり困惑の滲む苦笑で返されてしまった。
「それは、どういう…」
 解らないとは、一体どういう意味なのか。
 話を横で聞いていたトラファルガーは、然したる興味もないのか、店の者が出した水をのんびり口にしている。
 無駄に首を突っ込まれるのも疎ましいが、こう大人しいのも胡散臭いというか不審でしょうがない。
 そんなトラファルガーの反応は島民の目に入っていないのか、男はドレークの疑問に対する答を躊躇いながらも口にした。
「外から来た人らにしかかからんようで…ワシらが見に行った所で実際何にも起きないんですわ」
「…それなら、何故呪いだと?」
「えぇそれが…一日と待たず出て行ってしまうんですよ、この島に来た人らは皆ね」
「……失礼だが、ログが貯まれば普通は出て行くものではないだろうか」
「いえいえ、それが、暫くは逗留すると仰った人までもがね、皆さん逃げるみたいに出て行ってしまうもんで」
 それ故にこの島では宿屋が成立しないのだと、島民はやはり困ったように頭を掻いた。
 一日として他所者が留まらない島。それは外から来る人間を対象とした上で商売をしている者にとって死活問題と言ってもいい。
飯処などならばまだともかく、宿はその文字の通り宿泊して貰わなければ金銭の類が発生しないのだから。
 それは確かに困るだろう。
しかも解決しようにも島民が行っては何も起こらないというのだから尚の事だ。
「…つまり、その怪奇の原因を探ってみれば良いんだな?」
「よろしいんですか」
「まぁ、一宿一飯の恩に預かる訳だからな」
 部下の問いかけに笑って頷くと、島民が心底嬉しそうに顔を綻ばせて何度も頭を下げる。
 怪奇の原因を探ると言っただけで、解決できるとは限らないのにだ。
 その喜びようは海軍時代には幾度か目にした事のある感謝の類であり、海賊になってからは感謝される事も随分と久しいと気づいて、ドレークはどことなく照れくさくなってしまった。
「っは、人が良すぎるんじゃねぇのか、ドレーク屋」
 しかしそのような照れに身を浸している状況でもないらしい。
 グラスを左右に軽く振り、揺らしていたトラファルガーは、目が合うなりニヤリと悪い顔で笑って見せる。ドレークはその顔が嫌いだった。歳は確実に下である筈の若造に、何もかもを見透かしたかのような軽薄な笑みを向けられるのだからそれも当然の事だ。
「貴様には関係のない事だ、トラファルガー」
「おかしいとは思わねぇのか?島民には何も起こらない呪いだなんて、都合が良すぎるぜ」
「なっ…ワシらが嘘を吐いているとでも言うんですか」
「おいおい、勘違いすんなよ、ジーサン。俺は断言したんじゃない。ただ事実に基づいて怪しいと言ってるんだ」
 自然と鋭く尖った声に、トラファルガーは怯まない。
 不自然だと笑う男の言葉に、島民は些か不快になったようだ。本心から困っているとしたら、確かにトラファルガーの反応は不愉快以外の何ものでもないだろう。
 全く、言わずに心に秘めておけばいいものを、どうしてわざわざ口にして火種を作ろうとするのか。この年頃の男は尖っているものだが、とはいえそれにも限度がある。
 仕方ない、些か気は進まないが、ドレークはある策を講じる事にした。
「……トラファルガー」
「あぁ?」
「…頼むから、この件に関わる気がないのなら、それ以上何も言わないでくれ」
 言うな、と命じるのは簡単だが、俺に命令するなと返されるのが関の山だったので敢えて下手に出た言い回しで告げれば、トラファルガーは拍子抜けしたのか、呆れたと言わんばかりに溜息を吐いて「りょーかい」と気のない声をあげた。
 何かあったらすぐに俺を呼べよ、などという余計な一言は、全力で聞かなかった事にする。











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