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 必要以上に鋭い目つきは一見すると睨みつけているようにしか見えず、ふんぞり返る訳でもないが畏まる意志が欠片も感じられない態度には反感を買ったとしても仕方ないと思える程の不遜さがあり。
 実力的なものを考えればなんら心配は必要ないが、何分処世術には長けていない部下、もとい恋人を見つめて、ドレークは細く息を吐いた。
 自身の邸宅の玄関先、屋内といえどそこまでは暖炉に灯した温もりも行き渡ってはおらず、また深夜に近い時間帯の空気は冷えていて吐き出したものが一瞬目に見える形となって現れたかと思えばすぐに空気に溶けて消えてしまう。
それに何気なく目をやり、些か無駄な気がしないでもないがもう一度、ドレークは目前の相手を見上げた。
「失礼のないようにな」
「あぁ」
 言わなくとも解っているといわんばかりの表情には、内心でのみ解っていても行動にしないから言っているのだと反論する。
不安だ、心から不安だ。
別に信用していない訳ではないが、だからといってもやはりこの男の人となりを知っているからこそ、ドレークは手放しで送り出せなかった。
とはいえ、もはや送り出さない訳にはいかないのだが。
 スモーカーが海軍本部を出て、とある支部に出張へ行く事が決まったのは数日前の事だった。
別に此方から送った書類に不備があったとか、スモーカーが問題を起こしたなどという事ではなく、一言で言ってしまえば「怖いもの見たさ」である。といった所ですぐさま仔細を理解してくれる者は早々居ないので説明をすると、スモーカーのみならずドレーク自身も関わってくるのだから世の中解らないものだ。
 X・ドレーク大佐が野犬を飼い慣らした。
そんな噂が流れるようになってからこういった話は方々からやってきている。
野犬とは言わずもがなスモーカーの事なのだが実はこの男、士官学校に居た頃から教官に対して反抗的な態度をとり危うく前代未聞の入学取消を宣告される寸前だった曰く付きの問題児であり、海軍入隊後まで至っては上官の命令を無視した上での単独行動が度重なること数えるのも馬鹿らしい程であり流れに流れた末ドレークの隊に配属されてきたのである。
勿論スモーカーは、何度上官から叱責されようが何度異動を重ねようがその性格を改める事はなかったのだが、ドレークの隊に配属されてからは野犬の牙が多少は丸くなったらしいとは専らの噂だった。
単独行動は時折顔を出すが、概ねはドレークの意向を汲んだ上で行動し、着々と功績を納めている、デスクワークも不機嫌そうにではあるがきちんとこなし、しかも近頃ではドレークの副官の如く付き従っているそうだ、と。
上層部の、特に入隊時にスモーカーを己の傘下に受け入れたクザンは安堵の息を吐いた事だろう。
 とはいえ周りが思うような「簡単に野犬を手懐ける方法」がドレークにあった訳ではない。加えて言ってしまうのならば、スモーカーは当時ドレークに出会う前から彼を毛嫌いしていたのだ。
 X・ドレークという男の評判は、例え野犬と称され敬遠されがちだったスモーカーの耳にまで届く程、賞賛に満ちていた。
清廉潔白で実直、職務に忠実で任務遂行能力も高い人格者。上からの覚えも厚く下への気配りも忘れない海軍という集団に相応しいクリーンな男だと。
 それら諸々の話を、スモーカーはそんなできた話があるかと一蹴した。
大体からしてスモーカーがこれまで出会ってきた上官が問題だったのだ。体面や面子を優先するクセに判断力は低い、その上自尊心ばかり高い小者、もっと悪い例を挙げれば裏で海賊と手を組んでいたなどという上官も居た。
ちなみにその軍人は免職となり、スモーカーは軍内の規律を守ったのは良いが海賊共々捕まえた上官の状態が見るも無惨なものだった為やりすぎだと叱咤を受け謹慎処分、あまり妥当と思えないが、スモーカーにはどうでもいい過去となっている。
 海軍の人間でも腐った奴は居る、それも中堅と思わしき佐官クラスに。
スモーカーは決して長くもない軍人生活で、早くも軍内部に見切りをつけていた訳だ。そんな所へ舞い込んできたドレークの好評ぶりは嘘くさいというか疑心の対象でしかなかった。
自分より年が上であっても大佐となるには若すぎるであろうドレークという男を思い描けば、所詮裏で汚い事でもしたのだろうと邪推するのは仕方がない結果と言わざるを得ない。
とにかく、スモーカーはどうせすぐ化けの皮が剥がれて異動なり何なりさせられるに違いないと思っていたのだ。
それが良い意味で裏切られるとは露ほども思わずに。
 対するドレークは当時の事を振り返ると苦笑しか浮かばないらしかった。
まるで手負いの獣を相手にしているようだったと、これもまた苦笑でドレークは言うのだ。それ位にはスモーカーの態度は悪かったしそれが改まるまでが長かったように思う。
野犬の噂は、勿論ドレークも聞いていた、軍という集団にはとても不釣り合いで相貌はまるで海賊の如き厳しさ、上のいう事は全くの無視で態度も不遜、就いた上官が下す評価は一様に最低ランクで毎年の特別給与は下の下だとか。
そんな男が何故海軍に入隊したのかは単純な疑問であったが、ドレークにしてみればそこから先の興味を抱く事はなかった。ただ、変わった男も居るものだ、程度の認識で日々を過ごしていたのだ。それがまさか、自身の隊に異動してくる旨を上から通達された時にはどうしたものかと苦笑した。
恐らくはそこで初めてスモーカーという男に本格的な興味を持ったのだろう。過去にスモーカーが配属された隊歴を含め、問題とされている単独行動時の状況報告書類、その全てに目を通したドレークは、単純に人との巡り合わせが不運だったのだなぁと若干の同情を含ませたものだ。
しかしそれよりもドレークの目を引いたのは、スモーカーの出身地だった。
東の海、始まりと終わりの町、ローグタウン。
成程、と、緩んだ唇をドレークは堪えなかった。








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