sample











 前門の虎後門の狼、というのは確かワノ国の言葉だったか。
 意味はどういうものだったろう、しかしこのタイミングで出てくるのだから絶対にいいものではないのだ。
 そんな風に、思考を彼方へと飛ばしていたドレークの肩を、大きな手のひらが力強く掴んだ。それは逃がさないと言わんばかりの強さであり、さりげなく後退して距離を取ろうとしていたドレークは思わずひっと喉を鳴らす。
それだけならばまだ逃れようもあったのかもしれないが、逆の肩を後ろから押さえた腕によって退路は見事に断たれてしまった。
「とりあえず、ベッドに行こうか?ドレーク君」
 あくまでも笑みを浮かべたその目は、一切笑っていなくて。
 両肩を掴んだその手に、あぁそういえばあの言葉の意味は絶体絶命に等しいものだったなと今更ながらに思い出された。












 海軍本部では、重要機密に分類される会議が行われる場合、通常使用されている会議室ではなく特別棟の部屋を使用する事が許可される。
何がどう特別なのか、滅多にそこへ入る事のない海兵達は揃って首を傾げていた。一切の音声を遮断する防音の壁に、監視用の映像電伝虫の撤去、というように機密情報の漏洩を防ぐ為全ての知覚を塞ぐのが特別棟そのものである。
ドレークは将官に昇進してから何度か入った事があるその場所に脚を踏み入れていた。というのも、上官であるクザンから大事な話をしたいという旨を受けたのである。
それも個人の電伝虫を通しての申し出であり、何か海軍にとって緊急の事態でも起きたのかと、ドレークの足取りは常よりずっと荒くなっていた。
 特別棟の最下層、そのフロアでも、更に最奥の部屋の前で立ち止まったドレークは一度己の身形を確認するように下を見下ろす。ネクタイをきっちり締め、襟元も乱れてはいない。
クザンがわざわざ自身を呼んでくれた事を信頼として受け取る事で、一度落ち着きを取り戻したドレークは、ふぅ、と浅く息を吐いた所で漸く目の前の重厚な扉に付属された呼び鈴を押した。
 押した時点では音は聞こえないが、恐らく室内では独特の音が響いた筈だ。
 防音なのは壁だけでなく、当然扉にも同じ措置が取られている為室内の物音は全くドレークの耳には届かない。それ故前触れもなく扉が開かれてもドレークは平静を保たなければならなかった。
「待ってたよ」
「お待たせ致しました」
 扉を開けたのは、勿論ドレークを呼び出したクザンその人である。待っていたと言われ、途端顔に緊張の色を浮かべたドレークは形式張った敬礼をしてみせた。クザンは緩く笑うと、まぁそうガッチガチになんなくてもいいから入って、とドレークを室内に招き入れる。軽く引かれた扉はその重量の所為でありがちな軋む音も立てず、ドレークは一度、咽喉を鳴らすと改めて失礼致しますと述べた上で脚を踏み入れた。
 実を言うと、特別棟の最下層自体、ドレークには初めての訪問である。機密事項を取り扱う会議の際に使用されるのは一階である頻度が多く、地下に降りる形となる最下層に立ち入る事はなかった。
「……は?」
 進むにつれて徐々に目を見開き、次いで眉間に皺を刻んだドレークの目に映り込んだものは、上層の会議室とは違った趣の室内である。
テーブルが一つあるのは当然なのだがそれは然程大きくはなく個人の私室に置かれるに相応しいサイズであり、その横にはたった二脚しか椅子が置かれておらず、そもそもそれ等が存在しているのは部屋の隅だった。
そして、部屋の中央にはキングサイズと言ってもまだ甘い大きさのベッド、恐らく特注だろう、此処までの規模の物は目にした事がない。一体どれだけ大きな人間が眠る事を想定して作られたのか、巨人族用にしては随分と小さすぎるが、普通の人間用にしては随分と大き過ぎる。
何よりドレークを驚かせたのは、設置された二脚の椅子に腰を落ち着けている二人の人物の存在だった。
「サカズキ大将に、ボルサリーノ大将まで…?」
 海軍の最高戦力と目されている人物が勢揃いとなっているこの現状に、ドレークは思わずその疑念を口に出してしまう。
優雅にティータイムに入っていたのか、二人揃って小さなティーカップを手にしていた。
「お疲れ様ぁ〜、ドレーク准将」
「随分遅かったようじゃのう」
「……は、はぁ…」
 辛うじて頷く事に成功したもののドレークには状況を把握する事すら難しく、ドレークがそうやって混乱している間も先行して室内に踏み入ったクザンが振り返ると、まぁそこにでも腰掛けてよ、と部屋の中央に置かれているベッドを指示した。佇んでいても失礼にあたるように思ったドレークは、違和感に内心居心地を悪くしながら会釈をした上でベッドに腰掛ける。材質は上等なもので、沈み込まないようについた手のひらへ力を込めるのに苦心した。
 さて、とやけに勿体ぶった仕切りはやはりクザンのものであり、ついと目を向けたドレークに嫌に明るい笑みを向ける。
「まずはあれだ…えー…何で呼ばれたか解る?」
「…申し訳ありませんが、解りかねます」
「ま、そうだろうね。まぁぶっちゃけちゃうとあれだ、あれ。告白タイムってやつ」
「………………は?」
 告白?何を告白するというんだ。
 あっさりと言い放たれた言葉の内容を理解するも、真意が解らないものだからドレークはどう反応したものか困惑してしまった。もしや告白とは従軍に関しての異動辞令か何かかと、明後日の方向に思考が行ってしまったのは無理もない、今後は誰の下に動くのかと、思ったままを訊ねたドレークに思考回路を察しているらしいクザンが苦笑してそういう意味ではないと首を振った。
「俺達ね、ドレーク君が好きなの」
「……は、あの…恐縮です」
「いやいやいや、上司部下じゃなくてね、性欲の対象って事なんだなこれが」
「……………………」
 ねぇ?と椅子に座っていた二人を振り返ったクザンにぼんやりと倣って目を向けた事を、ドレークは後悔した。
 そこにはにこにこといつもの笑みを浮かべたまま頷くボルサリーノに、もう少し言い方っちゅうもんがあるじゃろうと言いながらも否定はしないサカズキの姿があったのである。
 鼓膜を震わせた言葉の数々、告白タイムに始まり、性欲の対象とまでなれば、いくらドレークが鈍感であろうと嫌でも理解できてしまった。つまり、つまりは、異性へ感じるべき好意を、恐れ多くも海軍の最大戦力が揃いも揃ってドレークへ抱いているという事だ。








あきゅろす。
無料HPエムペ!