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人が人を愛するのは、人が人に愛されたいからだ。
断定的な物言いは、ややもすれば世界の定理であるような印象を与えるかもしれないが、それでもドレークにとって、それは真理のように思えてならなかった。
愛した人に愛されたい、そう思うのは人として当然の事と。
けれどその「当然の事」が、罷り通らない場合だってあると、ドレークは知っていた。
伸ばされた手のひらを従順に受け入れると、自分より幾分大きなそれはゆっくり胸元を撫で上げる。
触って楽しいものだろうかとはいつも思う疑問だが、口にした事はなかった。
肌の上を撫でていたそれが胸の尖りに標的を移そうとした所で、そういえば、とドレークは声をあげる。それは相手を制するつもりのものではなかったが、相手にとってはそうであったらしく、ぴたり動きを止めた男は若干呆れがちの眼を向けてくるから心外だ。
「……この状況で、この態勢で、わざわざ言うべき事かな?ドレーク大佐」
「貴方に押し倒されて、抱かれかけている今、わざわざ言うべき事かどうかは解りませんが、クザン大将」
直属の上官には生真面目な返答を寄越してやった。
白けるならそれでもいい。夏虫が声をあげるこの暑い最中ではこの上官に触れるのは確かに涼しくて助かるが、今夜はそこまで犯されたい気分でもなかったから構わない。
それならそれで最初から受け入れなければいい話なのだがそうもいかないのが男というものだ。
気持ち良い事が好きだと思う事に関しては、男も女も関係ない事だろうけれど。
それまで覆い被さって来ていたクザンは、一度息を吐いてから身を起こした。何だかんだ言っておきながら、それで?と促してくるあたりこの人はお人よしだなとドレークは思う。そういったお人よしな彼が、海賊に向ける冷徹な目も知っているから余計にそう思うのかもしれない。
「貴方には相談にも乗って頂いているので、言っておくべきかと」
もう今夜は行為に至る事もあるまい、そう思い肌蹴られたシャツを整える。
几帳面にも全て外された釦は、いつもだらだらとしている相手には相応しくない印象を受けた。
それまで興味もなさそうに、むしろ行為の中断で不満げな目を向けていたクザンが、あららら、と声をあげる。それは喜色を帯び、それよりも尚好奇の色が強かったがドレークは然して気にしなかった。元から、その「相談」自体が相手の好奇心に依るものが大きかったのだから、それに依り気分を害するなどというのはあんまりにも今更である。
「何、進展でもあった?」
「はぁ、というか、」
何と言えばいいのか、解りかねるのですが。
若干堅い口調になるのは、無意識だった。
緊張しているのだろうか、口に出す事に。
言葉にしてしまえばそれが全て夢だと、クザンに諭されるのではないかと危惧しているのか。
「好きだと、言われました」
厳密にいえば、好きだと先に言ったのは自分の方だったのだが、結論からいうと、最終的には好きだと言われたので、そう述べた。付け加えるようにして多分と小さく呟いたのは一番現実を肯定したくないのが自分であるからかもしれない。
すると、未だ対面に座していたクザンは、は?とやや間の抜けた声をあげた後此方の言葉を待たずして尚も口を開いた。
「何、え、何、どういう事?」
「……言うだけ言うならタダだと貴方が仰るから、実践してみたのですが」
事態は思いもよらない方向へ進んでしまった、それはもう、ドレークの予想の遥か斜め上を目下爆走中である。どうやらそれはクザンにとっても同じであったらしく、あららららら、といつもよりもずっと長い口癖が動揺を物語っていた。




ドレークは昔から、女性を好きになった試しがなかった。
それは別に男が好きだからという訳ではなく、単純に彼が色恋に関するものを面倒くさがったからでしかないのだが、海軍という男所帯に入った事によりその傾向は更に強くなり、結果としてドレークをそういった眼で見る者が多い事を本人が知り得ない訳がなかった。
規律を重んじるドレークではあるが、先述の経緯から性に対してはやや奔放な節があり、求められ、そしてその相手に自身もそれなりの好意を抱いてさえいれば従順に応じる事の方が多い。
それでも、人とは人を愛すものである。
色恋など面倒なだけでいい事はないと思っていたドレークがそのような事を思うようになったのは、ある一人の男との出会いが起因している。
白猟やら野犬やらと呼ばれ、周囲からは問題視されているその男の名はスモーカーといった。海軍に入隊した頃からの付き合いでこそあるものの、互いの初対面は酷いものだった。まともに会話が成立するようになったのは入隊してから数年経った頃で、それまでは顔を合わせる度喧嘩をしていた気がする。
ドレークが優等生ならスモーカーは問題児、それが周囲の評価として大多数を占めていた。
決して気が合う事はない、そんな風に思っていた互いを、戦友として認めたのはいつだったか。
そして、ドレークがスモーカーに恋愛感情に等しい想いを抱き始めたのはいつの事だったか。月日は、この際問題ではなかった。
問題はドレークがスモーカーにただならない想いを抱いてしまった事だ。
馬鹿馬鹿しい。
スモーカーへの想いを自覚した時、ドレークが考えついたのはその一言だった。
叶わぬ恋、なんて美しいのは字面だけで、小説などの物語ならともかく現実の叶わない恋など誰が嬉しいものか。
同性という壁は、ドレークにしてみれば然したる障害ではない、だがスモーカーの立場になればそうはいかない事など知れていた。
世間一般的にいえば男は女を好きになるもので、同性への愛情は禁忌に等しく、個にして考えれば不快になり嫌悪する者も居るのだと、解りきったこの世界の常識が、ドレークの口を重くさせるのは当然だった。







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