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 初めて互いを知ったのは、士官学校への入学式典だった。とはいえ、当時から真面目でなかった自分は初日から式典を欠席すべく人の波から外れ早々に宿舎へ向かうつもりだったのだが。更にいうのであれば、昇降口に着いた所で後ろから腕を引かれたのが最初であって、式典の最中ではないのだが。
「何処へ行くんだ?会場はそっちじゃないだろう」
 声変わりしたばかりで、未だ少し甘いテノールの声に嫌々ながら振り返る。見覚えのない顔である上に、服装からして同じ士官候補生である事が解った。正直に告げた所で問題はなかろうと、サボりだ、と端的に告げる。暫し考えた風な顔つきでいた男は一転してにこりと表情を緩めてみせた。
「初日からそんな事をしたら後が酷いんじゃないか」
「初日から正義感にいきり立つたぁ、気が早い奴だ」
「正義感からじゃなくて自分の為に言っているんだ」
「あぁ?」
「実は、会場までの道が解らない」
「…………あぁ?」
 いっそ清々しい程の潔さでそう言い切った男は、遅刻してしまったので案内して貰えると助かる、と悪びれずに告げてくるものだから、どのような反応をすべきか一瞬の躊躇いがあった。
 知るか、とそこで打ち切ってしまう事はできたのだろうが、それをしなかったのは男の動向を考えたが故か。昇降口から入ってきた訳ではないのは後ろから腕を引かれた事で解っている、もし今着いたばかりならば自身とは対面に出くわした筈だ。だというのに後ろから…という事は、男は暫く迷っていた事になる。一体どれだけの時間をさ迷ったのか、自身が通るまでに他の人間を見かけなかったのか。もしくは此方と同じように服装で同年代の者だと認識して話しかけやすいと思ったのやもしれないが、この年頃から既に子供に泣かれる強面をしていたものだからそれも怪しいと疑問に思ったのだ。
「…おい、てめぇ名前は」
「人の名前を訊く前に何かないのか?」
「…ッチ。スモーカーだ」
「舌打ちは失礼だぞ。X・ドレークだ」
 何処ぞの教育ママかと問いたくなるチクチクとした咎めに眉を顰めると、ドレークと名乗った男は右手を差し出した。握手だと認識して反射的に手を握った途端、相手が目を丸くさせる。そういえば、と己も思い至ってドレークを見れば、何事かに気づいた調子でいや、と笑みを浮かべた。
「東の海の出身か?」
「…………悪いかよ」
 握手という習慣があるのは東の海だけだと、故郷にやってきた船乗りから聞いていたが、まさか本当だったとは。
ドレークも、そして己も、互いの手を握った事で察したのだろう、自然と話題は出自に関してのものになった。
東の海は最弱の海と評されているが故に、そういった事で笑われる覚悟はあったが実際そういった反応をされてみるとむかっ腹が立つものなのだなと思う。だが喧嘩腰の此方とは違い、ドレークは涼しい顔をしていいや何もと言った。
むしろ東の海の何がどういけないのかと心底真面目ぶって訊いてくる始末。
 その目に嘘偽りの色はなく、あぁこれはこの男の素なのかと妙に合点がいった。しかし態度を改めるつもりはないのでドレークの問いには答えを与えずにそのまま話を続ける。
「そういうてめぇは何で握手なんざ知ってやがる」
「祖父が東の海の出身だ。あちらでは手と手を握り合う事が友好の証と聞いていた」
「出身は東の海じゃねぇのか」
「残念ながら北の海だ。だからかな、此処は随分と暑い」
「そりゃそうだろう」
 ドレークの言った事は至極尤もな事で、マリンフォードの天候は基本的に暖かい部類であり、むしろ東の海出身であるスモーカーでさえもやや暑さを感じる位のものなのだから、もしかしたら噂に聞く南の海に近しいのかもしれない。
生まれてこの方、東の海より他に足を向けた事はないが、北の海は寒々しい場所だとは聞く。そんな所から来れば暑く感じるに違いない。
 額に浮いた汗を拭った所で、ドレークは思い出したように道案内を求めてくるので、仕方ねぇな、とあてつけがましい言葉を吐き捨て道を教えてやった。だというのにドレークの表情は不満げで、まだ何かあんのかとぶっきら棒に問えば、今度は言いづらそうに口をもごつかせる。
忙しい奴だな、と先行きを見守っていればドレークは一言。
 方向音痴なんだ、と呟いた。













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