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 身体の至る部分が熱を孕み、ずきずきと痛む。
 けれども意識ばかりは泥沼に落ちたように沈んでいた。
 ふ、とその時。
 眠りから覚めたのが何故だったのかは解らない。だがその時志牙の意識は突然浮上した。ぼんやりとしたのは一瞬で、次の瞬間志牙は硬直する。
「っ……!」
 視界が暗い。息が苦しい。
 まるで顔に何かが張りついたような息苦しさにもがき、顔を掻き毟るように手をやるとそれは呆気なく外れた。というより、剥がれた、という表現の方が正しいかもしれない。
「っ、ごほ…?」
 掠れた喉でどうにか呼吸を繰り返し酸素を取り込んだ所で漸く手の中の物に目を向ければ、それは濡れた手拭いだった。
 これが顔に乗っていたのかと、納得するなり次には誰がそんな事をしたのかという思考に至る。
 かと思えば周囲へと走った視線に、見覚えのない和室の中、これまた見覚えの…ある男が座っていて、志牙はまたも身体を硬直させた。
「やっと起きたのかね。もう夜だよ」
「な…な……っ…」
 よく眠っていたねと微笑む男には嫌という程覚えがある。
「……」
「……」
「……」
「王狼番長?」
 そうして、あぁそういえばと状況の把握に至る頃には痺れを切らした男、伊崎剣司が志牙の異名を呼んだ。
 呆然としている志牙を見直し、伊崎はにんまりと笑う。
「なかなか起きないからつい悪戯心が出てしまったのだけど…君、寝起きが激しいのだねぇ」
「誰の所為だ誰のっ!」
 身を焼くような痛みと息苦しさによって半ば強制的に浮上した意識は決して爽快とは言い難い。そもそも眠っている者の顔に濡れた手拭いを被せるなどとんでもない悪意を感じる。
 いいや、悪意ではなく殺意だ。息も荒く怒鳴る志牙を鼻にもかけず、そもそも聞いているのかすら怪しい体で伊崎は「まぁそれはともかく」と一方的に話を進めようとしていた。激しい脱力感は怒りを通り越して湧き上がった呆れからやってくるのだろうか。
血が足りない状態で怒鳴った所為でクラクラする。
 何でこんな奴とまともに話そうとしたのかと、自らの神経を疑いたくなった。
「夕餉の支度が整ったから早々に起きたまえ」
「……は?」
 神経の次は耳がおかしくなったのだろうか、いや根本的には神経だろうか、何にせよ一体この男は何を言っているのだ。
 夕食を共にと誘っているのなら度量の広さはもはや無限大だろう、度量というよりは、ただの馬鹿か何も考えていないといった方が正しいかもしれないが。
 不覚にもマヌケな声をあげた志牙に、伊崎はぱちぱちと目を瞬かせると次には憐みの眼差しを志牙へ向けた。
「もしや覚えていないのかい。君は昨日から」
「そんな事は解ってる、俺が言いたいのは」
「やれやれ。一体いつ頭を打ったんだね?それとも、血を流し過ぎて馬鹿になってしまったのかな」
「誰が馬鹿だと?馬鹿に馬鹿呼ばわりされる筋合いは」
「元々酷かった頭を更に悪くするだなんて可哀相に」
「だから人の話を…おい今なんて言っっ〜…!」
 先程と同様、血が足りていない状態で怒鳴れば、その報いはすぐに目眩となって現れる。あぁ全く、踏んだり蹴ったりとは正にこの事だ。盛大に顰めた面のまま額、へ手をやる志牙に、全くしょうがないと伊崎が溜息を吐いた。
 それは鬱陶しい程によくも聴覚を伝い志牙を苛立たせたが、いくらか学習した為に今度は怒鳴りつける事もせず、けれどもむっすりと口を真一文字に結んで不満を訴える。
 それが伊崎に通じるかどうかはまた別の話だが。












あきゅろす。
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