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sequela……後遺症


長身に眼鏡、気だるそうな猫背の少年は、ふと会計を済ませたカゴの中に、果物ガムが入っていないことに気がついた。
また店の奥まで戻ってガムひとつを買ってくるか。それを待ち焦がれているであろう少年の小言を聞くか。しばらく考えていたが、そのまますぐに買った物を袋に詰めて店を出た。

この気の緩みは、急激な生活環境の変化によるものだろうか。そしてこれはいい傾向なのか、それとも……


「あ、千種」

「……奏」

すると偶然、下校中の奏と会った。
奏が手伝うと言って手を出してきたので、千種は3つの袋のうち一番軽い袋を奏に渡す。

「……ありがと」

「いえいえ」

千種と奏、そして犬はともに骸に従っている仲間だ。
しかし今は訳あって奏は並盛中、千種と犬と骸が黒曜中に生徒として潜伏している。


「どう? そっちは」

「ん? あ、そうだな……」

千種の言葉に奏は少し考えるような素振りのあとで、苦笑しながら答えた。彼女は言葉少なな千種の話し方でも、意味をちゃんと理解できる数少ない人物なのだ。
この場合、並盛での奏の役目、つまりボンゴレ十代目の特定はうまくいっているかを尋ねている。


「当たりはついてるんだけど、確証がなくて……そっちは?」

「骸様が、こっちの生徒会長を気に入ったらしくて」

「ふーん」

言葉は素っ気なかったが、奏は眉を少し引きつらせた。彼女のわりと整った顔立ちが、かすかに歪む。

「スケープゴートだって」

「それってたしか『贖罪の山羊』とか言う聖書の?」

「多分それ」

「そっか」

そう言って奏が眉を寄せたまま笑顔を見せると、彼女の淡い翡翠の瞳がひどく揺らいだ。


「そうだ、今日はご飯なにするの?」

奏は、どうしてそんな風に笑えるのだろうか。
そこに水滴を落として泣いていると言えば、誰も疑わないような苦しそうな顔で。

「……シチュー、犬の独断で」

今までの奏の人生も、決して明るく幸せなものではなかったはずなのに。
人を傷つけ傷つけられ、自分達と一緒にそんなものばかり目にしてきたのに。

千種に比べればとても小さな彼女の、いったい何がそこまで彼女自身を奮い立たせているのだろうか。





「あ、柿ピーと奏ら! おっかえりー」

アジトに帰ってすぐ、千種が出かける前に貼ったはずのガーゼをもう取り去って、頬の傷を剥き出しにした犬が奏たちに気付いた。

「ただいま」

めんどいと思いながらも、もう一度手当てをするために千種が犬の方へ足を進める。犬は嫌そうな顔を向けてきたが、ふいに、千種の後方を見つめながらきょとんとした顔をした。

「……奏?」

犬が首をかしげながら奏に視線を向けている。その仕草が気になり、千種も奏の方に振り返った。

「……っ」

奏は口元を手で押さえながら、無言で空中を見つめていた。
しかし、どこか様子がおかしい。

「奏、どうかした?」

「っは、はぁ……」

犬に向いていた足先を戻して奏に近寄る。奏は荒々しい呼吸に肩が揺れ、苦しそうに目を閉じていた。

「奏?!」

苦しげな奏の肩を無理やり両手で掴み、少し大げさに揺する。


「……ち、くさ?」

「……平気?」

幸いにもそれは一時的なものだったようで、すぐに奏は正気に戻ったようだ。しかしまだ顔色は蒼白く、千種は自分で聞いておきながらも、決して平気そうだとは思えなかった。


「ん……ごめん、ちょっと外の空気吸ってくる」


奏は千種の腕をやんわりとはずし、先ほど通った道をふらふらとよろめきながら歩いて行った。

あきらかに様子がおかしい。アジトへ帰ってくるまでは、どうもなかったはずだ。犬に会ってから、この部屋に入ってからだろう。
千種は部屋を見渡したがそれはいつもと変わりない、瓦礫とほこりだらけの部屋だった。

しかしふと目に入った犬の服が、赤黒く汚れていることにはっとした。それはうっすらとだが自分たちを包むように部屋に充満している。


「血の香りにあてられたんでしょうね」


声の方に顔を向けると、奏が出て行った場所に骸が腕を組んで立っていた。
すらりと長い身体を壁にもたれかけ、楽しげな声音で骸は続ける。


「奏は犬とは違う意味で、血に敏感ですからね」


奏は血が嫌い、苦手などという訳ではない。
ただ幼い頃を過ごした、千種たちにとってもトラウマでしかない、あの忌々しい人体実験により、奏は血というものに無意識に拒絶反応を起こすような身体になってしまったのだ。


「少し、可哀想なことをしてしまいましたね」


千種にとって骸の言葉は絶対であり、命令は必ず遂行する。何を犠牲にしてでも。しかしその真意がはかれたことは、少ない。

奏の体のことは前からわかっていたことだ。しかしそれに配慮せずこの場所で、常に生活をしているこの部屋で、連中を倒せと指示したのは骸だ。
それに、可哀想と言う言葉に反して、骸からは悪かったという気がまったく感じられない。むしろ楽しんでいるようだと、千種は感じていた。


「……見てきます」

千種は今自分が抱いている不審感を骸に悟られないように、視線をわざとずらしながら、骸の横を通り過ぎた。
奏が心配なのも本当だが、今は少しだけ骸と同じ空間にいることに不安をおぼえたのだ。



「もっと、――――のに……」


すれ違いざまに骸が何か言っていたような気がしたが、千種は聞こえていないフリをした。









***
全てを理解できるなどとは思っていないけれど

20110227


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