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『……は……だな。待て、ネズミが居る』
 ノイズが消える。
 ピエロが低い声を出した。
 何か嫌な予感がする。
 瞬間的に背筋に悪寒が走るような圧迫感にキタムラは身を震わせた。
『組織を悪から守るのだ。消せ』
 悪はお前等だ、と悪態を付く暇はなかった。
 やはり気付かれていた。
 声を合図にイノウエとトウドウが椅子からスッと立ち上がる。二人は歩調を合わせて三体のピエロから離れると、部屋を出たのか画面から消えた。
「よりによってイノウエと接触とは。厄介なことになりそうだね」
 パソコンを後ろで眺めていたウエダが、細長い手を顎に当て、眉を寄せた。いつもの飄々とした雰囲気は消えている。
「オオサキ、戦う準備して」
 頭をガシガシと掻いてキタムラが静かに言った。


 ふと部屋の中に、血生臭いにおいが広がった。腰の銃に添えていた手を、反射的に勢い良く抜き、部屋の入口に向ける。廊下の光を背に浴びた何者かが黙ってそこに立っている。暗い部屋の中からは逆光を受けて顔を確認することは難しい。こちらがそれ以上動かなければ、相手が動くこともない。
 ただ一方的に張り詰めた空気がその場を取り持っている。
 黙って息を呑み銃を握り直した、その時、
「物騒なもん向けてんじゃねぇよバカ」
非常に気怠そうで、舌足らずな声がした。ウエダはハッとし目を凝らす。
「シシド君!?」
 その跳ねるような声に、キタムラとオオサキは「は?」と素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
 スパイ組織太白の諜報第一部隊隊長であろう人物が、まさかこんなにも無気力そうな男だとは。
「大丈夫? 取り敢えず早く中に入って」
 呆然とする二人に銃を下ろすよう指示したウエダは、シシドの左腕を引っ張って部屋の中へ招き入れる。
「怪我してんだ、手荒に扱うな」
シシドは苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せた。応急的に止血しただけの左上腕は少しの衝撃にも敏感に反応する。
 心配そうに傷を見て謝るウエダ。
「なんっつうか、蚊帳の外」
「拍子抜けって言うか」
 その様子を遠巻きに見ていたキタムラたちは目を細めて呟いた。


 キタムラとオオサキに改めて向き直ったシシドは、「どうも」と小さく会釈する。
「状況は?」
「多分、説明してる暇はないかと。自己紹介も後でになりそうですね。シシドさん、すぐに戦えますか」
 キタムラは銃を構えて言った。
「イノウエが来ますよ」

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