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触れる手のぬくもりと微かな記憶










宍戸side




俺は未胡に連れられて茂みに座った。
少し不安なところがあるが、案外未胡もやる気だったから何も言えなかった。
心なしか……少し楽しそうな、そんな感じ。


「……また、随分と思いきったことをしたよね」
「こうでもしないと…俺の本気が伝わらねえと思ったし、ある意味俺のケジメだ」
「ケジメ?」
「ああ。今までのガキっぽい俺じゃなく、新しい俺で頑張るっていうな……」
「へぇ……」


ふわりと穏やかな笑みを残して、未胡は俺の背後に立った。


「でも……よく鋏なんて持ってたね」
「ああ、覚悟はしてたからな。滝に勝ったからって、正レギュに戻れるほど監督は甘くはないってな」
「そうだよね………。ねぇ、亮くん」
「ん?」
「ごめんね」
「へ?なんで謝るんだよ」


俺は後ろを振り向いた。


「テニスコートで、榊先生と亮くんが話している時…」


すると未胡は少し悲しそうな顔を俺に見せた。
俺が首を傾げると、言いづらそうに、


「少し、諦めていたかもしれない」
「諦め……?」
「うん。あの時すぐに榊先生が日吉くんをレギュラーにしようとしてたから……もうだめだって……」
「………」
「本当にごめんなさい。私、あなたのことを信じてたのに……それなのに、」
「いーんだよ。俺はそんなこと気にしねえし、あそこで大丈夫って言える方がおかしいぜ」
「……亮くん、」
「だから未胡は気にするな。ま、結果オーライってやつだ」


そう言って笑うと、未胡もまだ眉が下がっているけど笑みを作った。


「ほら、じゃあ頼むぜ」
「わかった」


未胡の表情が元に戻ったと思い、俺は前を向いた。
そして未胡も鋏を構える。


「……綺麗な、髪だったのに…」
「はは、なんで未胡がそんな悲しそうに言うんだよ」
「………」


未胡は黙ったかと思うと、俺の髪にそっと触れた。
俺は心臓が飛び跳ねた。
今、未胡の手が……細い指が俺の髪に触れていると。
そう思うだけでどきどきする。
ああ、やばい。
俺……本格的にやばいかも。


「…………はあー…」
「亮くん?どうしたの?」
「い、いやっ…なんでもねえ」


だめだ……うまく呼吸ができねえ…!
静まれよ俺の心臓……っ。


「ふふ、肩の力を抜いて。せっかく気持ちいい風も吹いているんだから」
「っえ……」


そんな俺の様子に気付いたのか、未胡はそんな優しい言葉をかけてくれた。
俺は言われた通り力を抜いて、息を大きく吐く。
すると……風が俺の頬を撫でていくのに気付いた。
未胡の言ってた通り、心地良い……。


「……ほんとだ。今の時期にしては珍しいな」
「そうだね。きっと、亮くんを応援してるんだよ」
「はは、そうかぁ?」


少々わざとらしい未胡の言葉に俺は笑ってみせる。
そうすると未胡も笑う……この一時が落ち着く。


「それにしても…亮くんの髪、さらさらしててなんだか楽しい」
「おい、楽しいって……。本当に大丈夫なのかよ」
「大丈夫よ。でも、あとでちゃんと美容室に行ってね?」


言いながら、チョキチョキと鋏の音が聞こえる。
再び不安になったが、今は未胡を信じることしかできない。
せっかくやってくれているんだからな。

「あはは、楽しい」

ん……?
今、なんだか幼い声が俺の頭の中で響いた。


「………あ、」
「え?どうしたの?」


俺が小さく声を漏らすと、未胡は気になったのか手を止めた。


「いや……なんでもねえ」
「うーん、気になる。……あっ、もしかして時間がないとか?」
「時間なんか気にしてねえよ。ただちょっと……昔を思い出しただけだ」


そう言うと、未胡は少し静かな声音で、


「………どんな、思い出?」
「え?いやでも…本当にガキの頃だし…」
「ね、教えて」
「………?あ、ああ…いいけど」


その声があまりに真剣だったから。
思わずそう言って、俺は話しだした。


「……小さい頃、ある公園で遊んでたら……」







「うおっ!」
「どうしたのどうしたのー?」



幼馴染のジローと遊んでた時だっけ。
あの頃から髪が長かった俺は、髪ゴムで髪を結んでいた。
そしてはしゃいでいる時にその髪ゴムがプツンと切れて……


「やべえ!ゴム切れちまった!」
「あははー!亮、女の子みたいだC〜」
「てめっ!あほなこと言うな!」
「あの……」



そうして俺が困っている時だった。
俺の目の前に髪ゴムが手渡された。
そいつは、俺とジローが公園に行くといつものように居て、遊ぶようになった女の子。


「どうしたんだよ、――=v
「わたしの、いっこあげる」
「わー!――≠ソゃんの可愛い!」
「でも……いいのかよ」



何故だか名前がいくら考えても思い出せない。
記憶の中では、妙なノイズが邪魔をする…。
でも確か、その時そいつはピンク色の髪ゴムを渡してきた。
その時の俺は、長い髪を結べるものがあれば何でもよかった。


「うん。わたし、たくさん持ってるから」
「そっか、ありがとな!」
「えへへ…」
「ちょっと待てよ……う、うまくむすべねえな…」
「あ、わたしがむすんであげる!」



いつも親に結んでもらっていた俺は一人で結べなくて。
困っているところ、そいつは少し嬉しそうにそう言った。
そうして頼むと、そいつはまたにっこりと笑って……といっても、顔はあんまり覚えてないけど。
楽しそうに俺の髪を結んでいた。


「あはは、楽しい」


その時の言葉だ――――







「……ってことがあってな。ただそれだけ、思い出したんだよ」
「……そっ、か」
「ん?」
「あ…何でもないの。ごめんね、手を止めちゃって」
「いいぜ、別に」


未胡はまた手を動かして俺の髪を切った。
未胡の表情は見えないけど、微かに元気がなくなったような……そんな感じがした。
俺の思い込みかもしれないけどな。


「ねぇ、亮くん」
「んー?」
「その女の子のこと……他には覚えてないの?」
「?どうして未胡がそんなこと気にするんだよ」
「あ、別に……。その、やっぱり何でもない……」


未胡の言動を少し不思議だと思ったが、俺が気にしても仕方ない。
ただ昔話に興味があっただけかもしれないし…深く問うようなことじゃないだろう。


「あ、そういえば未胡、ジローと幼馴染って言ってたよな」
「うん」
「ジローも水臭えよな。未胡のこと俺に教えてくれたったよかったのに」
「………。幼馴染って言っても、小さい頃の短い期間、会ってただけだから……」
「あ、そうだったのか」
「うん。その関係が幼馴染って呼べるものか分からないけど、私は大事にしたくて……」


未胡は優しく柔らかな声で言った。


「だからね、私……小さい頃の思い出は、全部大切に残してあるの」
「へえ…」
「全部、私の記憶に鮮明に残ってる……」


俺の気のせいか?
なんだか……この未胡の声が、少し切なそうに聞こえるのは。


「………亮くん」
「な、なんだ?」
「終わったよ」


そう言って未胡は立ち上がり、俺の目の前に来た。
可愛らしい笑顔と共に。
俺はその表情を見て、先程のことなんてすぐに頭の中から消えた。
きっと俺の気のせいだ。
俺の髪を整えて、少し疲れただけかもしれないしな。


「はい、鏡」
「お、さんきゅ。………うわ、すげえ綺麗に揃ってる」
「本当?よかった…」
「未胡、うまいんだな、こういうの」
「ふふ……小さい頃、友達の髪とかいじってたからかな」


少し無邪気に笑う未胡。
それを見ると、俺も笑顔になれる。


「ほんとう、ありがとな。……未胡にはいろいろと世話になった」
「そんなこと言わないでよ。まだまだこれからなのに」
「はは、そうだな。……よし、じゃあコートに戻るか?」
「あ、ごめんなさい……私、今日はこれから帰らないといけないの」


残念そうに言う未胡。
そうか……それなら仕方ないよな。


「それに、帰りは少し先生のところに寄らないといけないから……亮くんも、もう部活終わる時間でしょ?」
「あー…それもそうだな」
「今日はお疲れさま。それと、また明日」
「ああ。またな」


そう言って俺に背を向け校舎へと戻る未胡を見送る。
俺はしばらく未胡の姿を見つめてから、部室に戻った。










触れる手のぬくもりと微かな記憶
(その関係性に、俺はまだ微塵にも気付くことができていないが)








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