刀傷

ヒロは右手に持った刀を体の前に構え、左手の鞘を後ろに引いた。


その瞬間、目の前からアルヴァが消える。

「っ!」
アルヴァが速すぎるのだ。
咄嗟にヒロは、体を空間の力でアルヴァがいた場所に飛ばす。

アルヴァは先ほどヒロがたっていた位置で刀を振り切ったまま静止していた。

(見えなかった…)
今まで、ヒロが考えてきた不安がさらに積もる。

(俺はまだ)
勝てない。

しかし、諦めてしまえば死ぬ。
逃げてしまえば、また母を失うかもしれない。

母親。

今のヒロの背中を支えるのに十分な存在だった。

目の前の刀、病室の母。
どちらもヒロにとって本当の母親。

「守ってみせる。」

ヒロは霞を顔の前に構え、そのままアルヴァへと走った。

アルヴァはヒロの気配に振り返ると、心刀をヒロの方へと向ける。

ヒロは左の鞘を逆手に持ち、体の左側に添えながら、そのまま手首の力だけで刀を振った。

アルヴァにはそんな攻撃が当たるわけもなく、バックでひょいと避けられてしまう。

ヒロはそのまま、アルヴァに突っ込む。
「はあぁ!」

アルヴァの無表情な顔つきが変わった。
「まだそんなレベルなのか?能力を使うまでもないな。」
アルヴァはヒロの目の前から消える。

次は先ほどのように距離はなかったから一瞬だった。
ヒロの体の右側を何かが通ったことはなんとかわかった。
その瞬間、ヒロを体が捻られたような激しい痛みが襲う。

「うっ!」
パッと痛みの原因に目をやると、真っ白なシャツの腰のあたりが真っ赤だった。

初めての刀傷。
今までの怪我とは違う。焼けるように熱い。

「どうだ。お前の母親だ。」
アルヴァの声に振り返ると、アルヴァは血がついているのかもわからない真っ赤な刀を目の前でブンブン振った。

「"お前を倒す"」
ヒロは紫の刀をアルヴァに向ける。

アルヴァはその様子を見て、一瞬驚いたような顔をすると、ふっと笑った。
「馬鹿だなあ。」

そういって笑うアルヴァのメガネの奥の目が恐ろしく感じた。目が笑っていない。

以前は静かなことなんかなかったグラウンド。
今は時間が動いていないのかと思うほどに何も聞こえない。

ヒロは大きく息を吸った。

(今までの練習を思い出せ。)


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